組織行動(読み)そしきこうどう(英語表記)organizational behavior

最新 心理学事典 「組織行動」の解説

そしきこうどう
組織行動
organizational behavior

組織organizationにおいて人びとが示す認知・行動・態度を体系的に研究する学問領域を指す。組織行動論ともいう。類似学問領域として組織心理学organizational psychologyがあるが,両者の間に明確な領域的,方法論区別は存在しない。ただ,組織心理学がより伝統的な心理学の学問的ディシプリンに依拠するのに対して,組織行動は,心理学にとどまらず,社会学,文化人類学,経営学,経済学,政治学等の知見や方法論を積極的に活用する点で異なっている。その影響もあって,アメリカでは組織心理学は産業・組織心理学industrial and organizational psychologyとして心理学部で教育・研究される傾向が強く,組織行動はビジネススクール(経営大学院)の必修科目となっている場合が多い。隣接領域としては,組織論organization theory,組織開発organizational development,人的資源管理human resource managementがある。

【組織行動と人的資源管理】 一般に,組織行動と人的資源管理は,人と組織に関する研究のミクロ領域,組織論と組織開発はマクロ領域とよばれており,それぞれの領域において前者が基礎理論を提供し,後者が実践への適用を担っている。

 組織行動は,20世紀初頭に誕生した産業心理学が,作業能率や生産性の向上を追求するあまり,単に人事管理の技法を提供するにとどまっており,組織で働く従業員の思いや,幸福,安寧,福利といった人間性の側面を無視しているという批判を経て成立した。その嚆矢は1920年代から30年代半ばにかけてメイヨーMayo,E.G.たちが行なったホーソン実験にさかのぼることができる。ホーソン実験以降,レスリスバーガーRoethlisberger,F.J.とディクソンDickson,W.J.たちに代表される人間関係論human relations movementの展開,レビンLewin,K.の集団とリーダーシップに関する研究,マズローMaslow,A.H.,マグレガーMcGregor,D.M.,アージリスArgyris,C.などの人間性学派humanistic approachの登場,リッカートLikert,R.の連結ピンモデルlinking pin modelによる集団参画型経営の提唱等を経て,1950年代半ばころには今日の組織行動の萌芽が誕生した。その後アメリカでは,1960年代半ばまでの黎明期,1960年代半ばから1980年代半ばまでの発展期,1980年代半ば以降の成熟期を経て今日に至っている。わが国では,1985年に産業・組織心理学会が,1997年には経営行動科学学会が設立され,日本の経営組織を主たるフィールドとして,研究と実践が積み重ねられている。

 組織行動の研究は,一般に個人レベル(ミクロレベル),集団レベル(メゾレベル),組織レベル(マクロレベル)の三つの分析レベルから俯瞰できる。個人レベル(ミクロレベル)の研究では,組織内成員の個人差および個人が従事する個々の職務の状況的差異に焦点を当てる。具体的には,感情,学習,認知,パーソナリティと傾性,意思決定,など一般的な心理学概念を援用した研究から,仕事への動機づけ職務満足,離・転職行動,組織コミットメント,組織市民行動,非生産的行動,組織公平性,コンピテンシーなど,組織行動の分野で独自に生成された概念を用いた研究が含まれ,これらの概念を個人差の観点と個々の個人がおかれた職務状況の相互作用の観点からとらえる試みがなされている。集団レベル(メゾレベル)の研究では,組織に存在する公式集団,非公式集団の中で個人が示す行動と態度の特徴に焦点を当てる。具体的には,コミュニケーション,リーダーシップ,集団思考,集団意思決定,チーム・プロセス,パワーとポリティクス,交渉と葛藤解決などの観点から,職場内の成員間の相互作用とそこから生じるさまざまな集団現象を探求している。組織レベル(マクロレベル)の研究では,社会的装置である組織そのものの構造と機能に焦点を当て,それらが組織で働く人びとの行動や態度に与える影響について探求する。具体的には,官僚制,組織形態,生産・情報テクノロジー,職務設計,業績評価システム,報酬システム,組織文化,組織変革,情報化・グローバル化と組織といった社会学的構成概念が取り上げられ,より広範な状況を想定したうえでの人びとの行動と態度が探求されている。

【組織行動研究と実践】 組織行動の研究がめざす目的には以下の三つがある。第1に,組織環境・組織における人びとの行動と態度の記述descriptionである。組織や集団という環境のもとで,人びとはいかに行動し,どのような態度を形成するのか。これを正確に記述する。第2に,組織や集団における人びとの行動と態度の解釈interpretationである。なぜ人びとは個々の組織や集団という環境のもとで,その状況に特有な行動をし,個別の態度を形成するのか。心理学や関連諸領域の知見や方法論を用いて,正確で妥当な解釈を行なう。第3に,組織における人間の行動と態度の予測predictionである。組織と環境における行動・態度の記述と解釈を基礎として,人びとが近い未来にどのような態度を形成し,どのような行動を取るかを予測する。これら三つの目的は,社会科学一般がめざす目的と共通している。しかし,組織行動研究の特殊性は,組織マネジメントの実務から離れて研究だけが独立して行なわれることはなく,研究の結果得られた知見が,組織マネジメントを行なううえでなんらかのかたちで役に立つことが求められていることにある。すなわち,組織行動の研究に従事する者には,研究の成果として,証拠に裏打ちされた,個人にとっても組織にとっても望ましい具体的な活動(アクション)と施策を提言することが求められる。このことはとりもなおさず,組織行動の研究に従事する者には,研究者-実務家モデルresearcher-practitioner modelに基づいた心構えと活動が求められていることを意味する。

 組織行動の研究方法はきわめて多様である。そこでは心理学や行動科学の方法論はもとより,社会科学全般に広く用いられているありとあらゆる研究方法が採用されている。それらの研究手法は,今日の科学方法論が依拠している主要な三つの研究パラダイムresearch paradigmのいずれかに包摂される。すなわち,論理実証主義logical positivism,解釈主義interpretivism,実践主義paradigm of praxisである。さらに組織行動研究の方法論は,収集・分析・解釈されるデータの種類によっても分類できる。すなわち,定量的データ,定性的データ,混合データである。さらに,これらのデータが収集される場面をラボラトリー(実験室)とフィールド(仕事の現場)に分類することができる。これら2軸を組み合わせると,組織行動の主たる研究方法はおおむね6種類に分類することができる。 →産業・組織心理学 →集団 →集団意思決定 →職場集団 →職務態度 →組織変革 →ホーソン実験
〔渡辺 直登〕

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