〘自ラ四〙 (
動詞「まく(任)」に対する
自動詞で、上位者の命によって行く、あるいは、支配者の許しを得て行動するというのが
原義か)
[一]
① 上位者の命によって、また、その許しを得て行動する。その動作を命じ許す主体や、その存在する場所を敬って用いる
謙譲語。
(イ) 官に任ぜられたりなどして地方へ赴く。また、都から、地方へ下る、もどる。
※
万葉(8C後)五・八九四「
勅旨(おほみこと) 戴き持ちて 唐の 遠き境に 遣はされ 麻加利
(マカリ)いませ」
※万葉(8C後)三・三三七「憶良らは今は罷(まから)む子泣くらむそれその母も我を待つらむそ」
(ハ) 特に、おそばを去って、
あの世へ行く。死ぬ。
※
書紀(720)垂仁五年一〇月(北野本訓)「唯
(ただ)し妾死
(マカル)と雖
(いふとも)、敢て天皇の恩
(みうつくしび)を勿忘
(わすれじ)」
② (命令者に対する
敬意が聞き手に移り、「あなたさまのお許しのもとに行動します」というような
気持から、自己側の動作を聞き手に対しへりくだるように変化したもの。中古以降の
用法) 主として、かしこまった気持での
対話や
消息(
勅撰集などの詞書を含む)に用い、自己側の「行く」動作を、へりくだる気持をこめて丁重にいう。まいります。
(イ) 都から地方へ下る、また、貴人の前から、お許しを得て
他所へ行く。⇔
もうでく。
※竹取(9C末‐10C初)「此月の十五日に、かのもとの国より迎へに人々まうで来んず。さらずま
かりぬべければ」
(ロ) 一般的に「行く」の意を、へりくだりかしこまる気持をこめて丁重にいう。
※伊勢物語(10C前)一六「ねむごろに相語らひける友だちのもとに、かうかう今はとてまかるを、
何事もいささかなることもえせで遣はすことと書きて」
(ハ) (特に「みまかる」の形で) 「死ぬ」をへりくだり丁重にいう。→
みまかる。
③ ②を地の文に用いて、「行く」の改まった表現、また、「退去する」の堅苦しい表現とする。
※
平家(13C前)四「浄妙房はふはふかへって〈略〉
平足駄はき、
阿彌陀仏申して、奈良の方へぞまかりける」
④ (「
御免をこうむっておろす」の意からか)
食膳などをさげる、取りかたづける。→
罷り(一)②。〔観智院本名義抄(1241)〕
[二] 他の動詞の上に付いて、
複合動詞の一部として用いる。
① 「行く」をへりくだり丁重にいう意のあるもの。「まかりいたる(罷至)」「まかりかよう(
罷通)」「まかりむかう(
罷向)」など。
② 接頭語的に用いるもの。
(イ) その複合した動詞に、へりくだり丁重にいう気持や、時に、許しを得てその行動をするの意を添えるもの。「まかりいず(
罷出)」「まかりいる(罷入)」「まかりかえる(
罷帰)」「まかりこうむる(罷被)」「まかりこす(罷越)」など。
(ロ) その複合した動詞に、改まった口調で荘重にいう気持や、御免をこうむって勝手に行なうなどの気持を添えて、その意を強めるもの。「まかりいる(罷要)」「まかりとおる(罷通)」「まかりまちがう(罷間違)」など。
[語誌](1)上代においては客体尊敬の語であり、「まかる」と対をなすのはワ行上一段活用の「まゐる(参)」(ワ行上二段活用の「まう(参)」とも)であった(「まゐ」はその連用形)。
(2)中古になると、この種の客体尊敬の語としては「まかづ(罷)」が用いられ、「まかる」は自己卑下の語に転じた。
(3)中世末期になると、「まかる」の単独用法は口頭語の世界から退いたが、「まかり━」は、その後も活発に用いられた。