職業紹介(読み)しょくぎょうしょうかい

改訂新版 世界大百科事典 「職業紹介」の意味・わかりやすい解説

職業紹介 (しょくぎょうしょうかい)

対価を支払って自己のために他人の労働力の提供を求めようとする者(求人者)と対価を得るために自己の労働力を提供して職業に就こうとする者(求職者)との間をとりもって,両者の間に雇用関係が成立するのをあっせんすることをいう。この場合,労働力は肉体的なものであると精神的なものであるとを問わないが,求人と求職との間に雇用関係が成立することが必要である。したがって,労働力の提供を労働者供給,請負等によって求めようとするものは求人ではないし,自営業,内職等に就こうとするものは求職ではない。

 職業安定法(1947公布)は国が無料の職業紹介事業を行うことを規定し,その実施機関として全国に公共職業安定所が設置されている。職業紹介事業は国が行うのが原則であるが,それよりも効果的であり,かつ弊害がないと判断される次のような場合に特例が認められている。(1)芸能家,看護師家政婦配膳人,モデル,調理人,マネキン等特定の24職種に限り,労働大臣の許可を得て有料職業紹介事業を行う場合(職業安定法32条)。(2)高齢者無料職業紹介所のように,公共的団体,公益法人または団体が労働大臣の許可を得て無料の職業紹介事業を行う場合(同法33条)。(3)大学,高校など学校教育法1条に規定される学校が,労働大臣に届け出て無料の職業紹介事業を行う場合(同法33条の2)。なおこの場合の対象はその学校の学生・生徒,卒業生に限定される。また学校の場合は,公共職業安定所の業務の一部を分担するという形で職業紹介を行うことができるようになっている(同法25条の3)。

日本の職業紹介事業は江戸時代から,肝煎(きもいり),口入屋,桂庵などと呼ばれる民間の営利事業として発達してきた。明治以降もこれらは存続したが,ややもすれば中間搾取強制労働人身売買等の弊害を伴っていた。職業紹介が公益的な事業として行われたのは,1906年(明治39)救世軍が東京の本営内に無料宿泊および職業紹介施設を設置したのが最初である。これに続いて公益的な団体による紹介所が設立されるようになったが,これらはすべて私設で,救貧的,慈恵的な性格をもつものであった。

 公的な職業紹介所は1911年に東京市が芝および浅草に設置したのが最初である。そうした動きのなかで21年に職業紹介法が制定され,職業紹介事業が法制的に整備された。この法律では,職業紹介事業は原則として市町村が運営し,国がその経費の一部を補助するという形をとっている。また,営利職業紹介事業は原則として禁止された。37年の日華事変,41年の太平洋戦争戦時体制が強化されるなかで,それに必要とする労働力の確保といった面から,職業紹介制度はしだいに労務統制の色彩を濃くしていった。すなわち,38年に労働力の質量両面の不足に対処するため職業紹介法の改正が行われ,職業紹介事業は国営に移管された。職業紹介所はその後,国民職業指導所(1941),国民勤労動員署(1944)と名称を変え,戦時労務対策の実施機関の役割を果たした。終戦後,勤労署と呼ばれた期間を経て47年に公共職業安定所が誕生した。同年に厚生省から分離して労働省が設置されるにともない,職業紹介事業は同省職業安定局の所管となり,現在に至っている。また同じ年,従前の職業紹介法に代わって職業安定法が制定され,ここに新しい民主的な職業紹介事業の基盤が確立した。公共職業安定所は,労働者の基本的人権と自由な意思とを尊重する職業紹介を行うにとどまらず,労働力の需要供給の適正な調整についても力を発揮することが要請されている。

職業紹介は,個人の職業選択の自由と雇用主の雇入れの自由とを前提としつつ,次の原則に基づいて行われる。(1)求職者に対してはその能力に適合する職業を,求人者に対してはその雇用条件に適合する求職者を,紹介するよう努めなければならない(適格紹介の原則)。(2)求人者または求職者の一方の利益に偏することがあってはならない(公益の原則)。(3)求人者や求職者に対し,労働能力以外の理由,すなわち人種,国籍,信条,性別,社会的身分,門地,従前の職業,労働組合の組合員であること等により差別的取扱いをしてはならない(公平の原則)。(4)労働争議の自主的な解決を妨げるような求人申込みに対して求職者を紹介してはならない(中立の原則)。(5)求職者に対し,その従事すべき業務の内容および賃金,労働時間,その他の労働条件を明示しなければならない(労働条件明示の原則)。

 公共職業安定所には,職業相談・職業指導・職業紹介を担当する専門官として職業指導官が配置されている。これらのサービスは,求職者の態様やニーズに応じて大きく三つのコースに分けられる。(1)自主選択部門,(2)職業相談部門,(3)特別援助部門,である。これを態様別職業紹介方式という。たとえば,自分で自主的に求人を探す条件がそろっている人は(1),自分で探すには若干問題があり,相談・助言を必要とする人は(2),そして心身障害者,高年齢者など就職が非常に難しく念入りな指導援助を必要とする人は(3)のコースで,それぞれ異なったサービスを受けることになる。

 公共職業安定所は,全国的にネットワークを形成し,相互に密接な連携をとりながら職業紹介を行っている。需要地から供給地へ求人を連絡したり,地方の安定所が大都市の安定所に求職者の情報を送ってそれに見合う求人を確保してもらう,といった連携プレーができる仕組みになっている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「職業紹介」の意味・わかりやすい解説

職業紹介
しょくぎょうしょうかい

従業員を募集している企業と職を探している人の両方に登録してもらい、双方を斡旋(あっせん)して新たな雇用関係をとりもつこと。ハローワーク(公共職業安定所)や大学などの無料職業紹介と、民間事業者による有料職業紹介に大別される。バブル経済崩壊後の雇用情勢の悪化や雇用の流動化を受け、近年、職業紹介の規制緩和が進んでいる。

 職業安定法は長く職業紹介を国の独占事業に位置づけ、民間紹介業者は労働大臣の許可を受ける必要があり、対象業種は看護師、家政婦、芸能人、エンジニアなどが中心であった。しかし政府は1997年(平成9)、人材ビジネスの活用を求めた国際労働機関(ILO)181号条約を批准し、1999年には職業紹介の対象業種を原則自由化する改正職業安定法を施行。建設業、港湾運送を除くすべての職種の民間職業紹介が可能になり、民間事業所数は1万6000を超えている。

 政府はその後も職業安定法を改正し、2000年(平成12)には派遣社員が企業で一定期間働いたのち、その企業と本人が合意すれば正社員に切り替える紹介予定派遣の仕組みを導入。2004年からは、地方自治体が届け出だけで無料職業紹介できるようになった。ただ規制緩和にもかかわらず、民間の職業紹介による就職件数は公共職業紹介の10分の1程度にとどまっている。また、求人情報誌のように求人・求職情報の提供だけで斡旋業務をしなければ、職業紹介にはあたらない。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「職業紹介」の意味・わかりやすい解説

職業紹介
しょくぎょうしょうかい
employment agency

求職者と求人者 (多くの場合求人機関) の間に立ってその採用なり就職の斡旋をすること。職業紹介を含む職業安定の問題については日本では職業安定法 (昭和 22年法律 141号) によって秩序づけられているが,同法によると,職業紹介は「求人および求職の申込みを受け求人者と求職者の間における雇用関係の成立を斡旋すること」と定義し,職業紹介を無料職業紹介と有料職業紹介に,さらに有料職業紹介を実費職業紹介と営利職業紹介に分けている。実費職業紹介は,雇用関係成立の斡旋に際して所要費用を受取るので,無料ではないが,営利を目的としない職業紹介をいう。営利職業紹介は,求職者の人権保護,利益擁護などの観点からきわめて制限的に規制されており,原則として私人は有料職業紹介事業を行なってはならないことになっている。しかし,労働大臣の特別の許可を受けた場合には,美術,音楽,演芸,特殊技術などについては営利職業紹介が認められている。政府による職業紹介事業は職業安定法に基づいて公共職業安定所で行われており,また,学生生徒の職業紹介は特に原則を定めて,学校長に公共職業安定所の業務の一部を分担させることができることになっている。また 1986年の人材派遣事業法の施行によって,需要者の求めに応じて自社に登録しているスタッフを派遣することができるようになった。さらに求人情報を有料で紹介する雑誌メディアも数多く登場し,職業の紹介ルートが多元化している。

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百科事典マイペディア 「職業紹介」の意味・わかりやすい解説

職業紹介【しょくぎょうしょうかい】

求人または求職の申込みを受け,求人者と求職者の間に雇用関係の斡旋(あっせん)をすること。日本では1925年口入れ屋等による営利的職業紹介を廃する目的で職業紹介法が制定されたが十分に機能せず,むしろ低賃金で労働力を供給する結果をもたらした。現在の職業安定法では,職業紹介は原則として公共職業安定所のみが行うことと定めているが,労働大臣の許可がある場合は例外的に無料職業紹介事業と有料職業紹介事業が許される。

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世界大百科事典(旧版)内の職業紹介の言及

【職業安定法】より

…雇用保険法や職業能力開発促進法(旧職業訓練法)とあいまって労働者の雇用保障の実現を目ざす。第2次大戦前の職業紹介法(1921公布)は,私的な営利職業紹介や労働者募集に対する警察的取締りが中心であったが,職業安定法(1947)は労働権(憲法27条)や職業選択の自由(憲法22条)を保障する観点から,求職者に適切な就労の機会を与えることを重視している。その後,雇用対策法(1966)が積極的労働力流動化政策の実現のために制定されるにともない,職業安定政策はその一環として位置づけられるようになった。…

※「職業紹介」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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