(読み)い(英語表記)stomach
Magen[ドイツ]
estomac[フランス]

精選版 日本国語大辞典 「胃」の意味・読み・例文・類語

【胃】

[1] 〘名〙 脊椎(せきつい)動物の消化管のうち、食道と腸の間の部分をさす。食道との境界を噴門、腸との境界を幽門という。食物は一定時間ここにとどまり、消化作用をうける。普通、一室であるが、前胃と砂嚢との二室に分かれた鳥類や、四室に分かれた反芻(はんすう)類などがある。無脊椎動物では、中腸であり、食物の一時的貯蔵場所となる袋状の部分をさすことが多い。いぶくろ。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
※養生訓(1713)七「棗(なつめ)は元気を補ひ胃(ヰ)をます」 〔黄帝内経素問‐五蔵別論〕
[2] 二十八宿の一つ。距星はおひつじ座の一部。胃宿。
教行信証(1224)六「彼天仙七宿者、虚・危・室・壁・奎・婁・胃」 〔史記‐天官書〕

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デジタル大辞泉 「胃」の意味・読み・例文・類語

い【胃】[漢字項目]

[音](ヰ)(呉)(漢)
学習漢字]6年
内臓器の名。六腑ろっぷの一。胃袋。「胃癌いがん胃酸胃弱胃腸胃痛

い〔ヰ〕【胃】

消化管の一。袋状で、上は食道に、下は十二指腸に連絡し、胃液を分泌して食物を消化する。胃袋。
二十八宿の一。西方の第三宿。牡羊おひつじ座東部の三つの星をさす。えきえぼし。胃宿。

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改訂新版 世界大百科事典 「胃」の意味・わかりやすい解説

胃 (い)
stomach
Magen[ドイツ]
estomac[フランス]

食道と腸の間で消化管が膨大した部分で,食物の一時的貯留の場として形成され,のちに消化・吸収の機能をもつようになった器官。

無脊椎動物では消化管の部域分化は一般に著しくないが,外胚葉性の前腸域の膨大部である咽頭と内胚葉性の中腸域の膨大部である胃は多くのもので形成されており,いずれも発達した筋肉で包まれるようになっている。胃の表皮には分泌細胞があり諸種の消化腺も開口し,繊毛やクチクラ質突起を生じていることもある。また,膨出して食物を貯留する盲囊を形成することもあり,頭足類では盲囊のほうが著しく大きくなっている。扁形動物・環形動物・節足動物・棘皮(きよくひ)動物などでは一般に胃と腸の分化は顕著でないので,中腸域は胃腸あるいは単に腸とよばれる。蛛形(ちゆけい)類の吸胃や甲殻類の咀嚼(そしやく)胃は前腸域が分化したもので,内面は薄いクチクラ層で覆われ,歯状の硬い突起を形成することもある。
執筆者:

魚類の胃は管状で,食道との区別が明りょうではない。一部の魚類ではV字形に屈曲し,あるいは盲端を形成して多量の食物の貯留を可能としている。両生類と爬虫類では食道との境界(噴門)が明確になるが,胃はなお直線的である。カメ類では胃がU字形に屈曲し,大彎,小彎の区別を生ずる。ワニ類と鳥類ではこのU字形胃の前部に腺胃が形成されて消化液を分泌する。後部には筋胃(砂囊)が形成され,厚い筋壁をそなえて硬い食物の破砕を行う。哺乳類の胃はU字形胃の噴門側が発達して前胃を形成し,単一の後胃の胃底部および幽門部はそれぞれ腺胃と筋胃に相当する。哺乳類で前胃と後胃の区別が明らかな場合はこれを複胃とよび,明らかでない場合は単胃とよぶ。前胃は反芻(はんすう)類のような進歩した草食性哺乳類では採食したセルロースの微生物発酵槽(反芻胃)となる。主要発酵産物である揮発性脂肪酸は前胃粘膜より直接吸収・代謝され,体の主要エネルギー源となっている。胃粘膜は単層円柱上皮に覆われ,胃液を分泌する腺細胞は1種類であるが,哺乳類のみ2種の胃腺細胞が分化して消化に直接関与している。また,草食性の進化に伴い胃粘膜が重層扁平上皮に覆われるようになるが,その意義はなお明らかではない。
執筆者:

五臓六腑の一つ。消化管の一部で,食道に連なり十二指腸までの間の囊状の部分。食道との境を噴門cardia,十二指腸との間を幽門pylorusという。胃の位置は体位や呼吸運動などによって変化し,移動性に富むが,おおざっぱにいえば,上腹部の腹側(前のほう)にある。飲食物はいったん胃に滞留し,ペプシノーゲン,塩酸,粘液などからなる胃液で消化され,蠕動(ぜんどう)によってかくはんされ,糜汁(びじゆう)という粥状の食塊となって十二指腸に送られる。

 胃では,消化酵素のペプシンやその作用を高めたり殺菌作用をもつ塩酸(胃酸ともよばれる)が分泌される。また胃内面表層の上皮からは粘液が,幽門前庭部からは炭酸水素塩(重炭酸塩)が分泌され,消化液が胃粘膜自体を消化することを防御している(これを胃粘膜防御機構という)。さらにビタミンB12の吸収を助けて貧血の予防に役だつ内因子や胃の運動と胃液分泌を刺激し,間接的に膵液の分泌をも刺激して,消化に密接に関与しているガストリンも分泌される。このように,主としてガストリンを介して胃と膵臓が相互にコントロールしあっている現象は胃膵相関ともいわれ,上部消化管の機能調整の主要な役割を果たしている。胃ではこのほか,飲食物の温度を速やかに体温のレベルにまでもっていく作用があり,そのため胃粘膜の血液は激しい変化ができるように調節されている。

 このように,複雑な機構をもつ胃は,ストレスや外傷,手術などによって,つよい影響を受けやすく,心身の状況を反映するバロメーターのような存在となることは,だれもが経験することである。

胃は食道につづいて横隔膜の下に囊状に広がり,噴門,底部,体部,胃角,幽門前庭部,幽門の各部分からなり,噴門より口側は食道,幽門より肛門側は十二指腸である。そのほかに,臨床診断の面での必要性のため,噴門直下,穹窿(きゆうりゆう)部,体上部・中部・下部,角上部,胃角対側大彎などという部分的な呼称も用いられる。また,胃は湾(彎)曲した袋であり,短いほうの湾曲を小彎といい,長いほうの湾曲を大彎という。

(1)胃の血管系 胃を灌流する血管は腹腔動脈から分岐し,脾動脈,総肝動脈,胃十二指腸動脈などを経て左・右胃大網動脈,左・右胃動脈へと分かれ,胃壁内を循環して,それぞれの動脈に対応する静脈へと返る。とくに左胃静脈は噴門で食道静脈に合流するので,門脈圧が高くなっているときには,この経路を通して食道静脈圧が高くなり,食道静脈瘤形成の原因となる。また,胃の背側にある膵尾部の癌が大きくなって脾静脈の血流を障害すると,短胃静脈や左胃大網静脈圧が高くなって,胃静脈瘤形成の原因となる。

(2)胃のリンパ系 胃のリンパ系は各部位から連絡される所属リンパ節を経て流れる。胃から出たリンパ管は,噴門の左側で横隔膜リンパ管に接続し,縦隔リンパ管を通って左鎖骨上窩(じようか)のリンパ節へ至る。胃癌やその他の悪性腫瘍の進行した例で,しばしば左鎖骨上窩のリンパ節が硬く腫大していることがある。この腫大リンパ節は腫瘍細胞の転移によってできたもので,フィルヒョー結節Virchow's nodeといわれる。胃悪性腫瘍のリンパ系を通って表在リンパ節へ転移したものの代表とされている。

(3)胃の神経系 胃の自律神経支配は,交感神経と副交感神経によっている。前者は大内臓神経が腹腔神経叢を経て胃に分布し,後者は迷走神経である。胃の運動や分泌に対し刺激的に作用するのは主として迷走神経であり,これに制御的に働くのは主として交感神経である。迷走神経のうち,小彎側に分布するラタルジェ神経枝とよばれるものは,十二指腸潰瘍治療における迷走神経切断術の対象として重要である。

 胃壁内には壁在神経叢があって,輪状筋と縦走筋の間に分布するアウエルバッハ神経叢は胃運動に関与しており,粘膜下層に分布するマイスネル神経叢は胃分泌に関与する。いずれも迷走神経刺激により亢進する。

胃壁の断面は,最外層は漿膜で,順次内側に,漿膜下層,固有筋層,粘膜下層,粘膜筋板と重なり,最内層は粘膜層で胃の内腔に面する。

(1)漿膜 胃の外壁を覆う漿膜は,小彎で合して小網を形成し,対側の大彎で合して大網を形成する。大・小網とも神経系,血管系,リンパ系を包み腹膜の一部として重要な役割を演じている。これらは,腹腔内でゆったりと余裕をもたせ,胃の可動性を保つのにも役だっている。

(2)漿膜下層 血管系,リンパ系,神経系などが,多くこのスペースを走行して固有筋層や粘膜下層を貫いて胃壁内に分布していく。

(3)固有筋層 胃運動を行う固有筋層には3層があり,外側から縦走筋,輪状筋,斜走筋の順に重なっている。縦走筋は,食道の縦走筋からつづいていて主として大彎と小彎を帯状に走って,十二指腸の縦走筋へと連なっている。輪状筋は,胃の筋層の中では最も主要なもので,胃の全域を輪状にとりまいていて,幽門に近づくにしたがって厚くなり,幽門ではとくに厚く幽門括約筋という収縮の比較的つよい筋肉が境界部を形成している。斜走筋は,食道の輪状筋からつづいて噴門より小彎を中心に扇状を呈して下がっている薄い筋層で,胃体部において輪状筋に合してしまう。

(4)粘膜下層 固有筋層と粘膜筋板の間にある結合組織の層であり,血管やリンパ管がたくさん走っている。この層では小さい血管の間に動脈と静脈との連絡があり,胃の血流の動態に即応できるしくみになっている。また,血管やリンパ管に富んでいるこの層は,胃潰瘍の修復のときの血液循環の増加にも役だつが,反面,癌の広がりや転移のときにはその経路となる。粘膜下層の結合組織は粗な構造であるため,胃内容の動きや蠕動による粘膜層の動きに対して,固有筋層と粘膜層の両層が十分ずれて動くことができるようになっている。この構造は激しい動きをする胃の働きをスムーズに進行させるうえで必要なことである。

(5)粘膜筋板 粘膜層と粘膜下層を境する筋繊維の膜である。粘膜の基底部の支持の役を果たしていると同時に,粘膜の病変がそれより深く進むことに対して防御的効果をもっている。

(6)粘膜層 1層の円柱形の細胞が並んで分泌につごうがよいように腺管を形成している膜である。それぞれの腺の開口部は胃小窩に開いている。粘膜は胃内腔に向かってうねりをつくり粘膜のひだを形成している。粘膜の表面部分と腺窩部分は上皮細胞でできていて,その下の部分は粘膜固有層といわれる種々の働きをもった細胞の層である。粘膜固有層の働きや構造のちがいから,胃粘膜は幽門側から噴門側にかけて,幽門腺領域,中間帯,胃底腺領域(体部腺領域ともいう),噴門腺領域に区分されている。

胃液を分泌する胃腺には,胃底腺,幽門腺,噴門腺などがある。

(1)胃底腺 副細胞,壁細胞,主細胞という3種類の細胞で構成されている。副細胞は腺頸部に多く,壁細胞は腺中部に多く,主細胞は腺底部に多く分布している。腺底部にはこのほかに,基底顆粒細胞とよばれる細胞が混在する。壁細胞は塩酸や内因子を分泌し,主細胞はペプシンの前駆物質であるペプシノーゲンを分泌し,基底顆粒細胞はホルモンや活性アミンの分泌をする。

(2)幽門腺 幽門腺は幽門腺細胞からなる腺であるが胃底腺と異なり分岐したり房状になったりしており,基底顆粒細胞が混在している。胃体部に近づくほど壁細胞が混入してくる。

(3)噴門腺 噴門腺は幽門腺と類似の構造をしている。

(4)中間帯 胃底腺と幽門腺の各領域の境界部のことである。両腺が混合している。この領域は個人差が大きく,慢性萎縮性胃炎が進行するにしたがって口側へ上昇し,胃底腺領域はせまくなっていく。

飲食されたものの質と量に応じて,胃は相応の緊張を保ち,食物と胃液を混合して消化し,消化された胃内容を十二指腸へ送り出す働きをする。

(1)蠕動 噴門に近い部分は食物が胃に入る直前に弛緩して食塊を受け入れる準備ができる。したがって,食塊が入ってきても急に胃内の圧が高まることはない。この部分はほとんど蠕動がないので食塊の混合はおこらない。蠕動は胃中部から発生し,幽門に向かって2~20秒ぐらいの収縮が最高収縮回数3~5回/分で進む。この収縮は幽門に近い部分ほど活発である。蠕動波の進行は胃内容の進行よりも速いので,蠕動波が胃内容に追いつくと,胃内容の多くの部分は逆推進によって胃体部のほうへ押しもどされる。このようにして胃内容の混合・消化と運搬が行われる。蠕動が数回幽門に達する間に1回幽門は開く。そのときに胃内容の一部が十二指腸へ排出されることになる。これを胃排出という。

(2)胃排出と胃排出の異常 胃の内容が十二指腸へ出ていく速さは,その内容の物理的・化学的性状によって異なる。一般的には,固形物,高い浸透圧,低いpH,多量の脂質含有,高温のものなどは胃排出が遅く,液体,低い浸透圧,高いpH,少ない脂質含有,低温のものでは胃排出は速い。いずれも,人間の体のために合目的的に仕組まれた生理的な適応反応である。たとえば油っこいものを食べると,食物は長時間胃内で混和されてゆっくり十二指腸内へ入って膵液により十分消化されるのが普通であるが,それといっしょに冷たいものを大量に食べると,胃からの排出が不自然に速くなるので消化が不十分となるとともに腸の動きも速くなり,〈おなかをこわす〉ことになる。

 胃排出の調節は自律神経やホルモンによって行われている。一律に一定方向への調節ではなく,胃の状態や摂取物の量や性状,自律神経の刺激の強弱,ホルモン分泌の量やタイミングによって複雑な調節が行われている。これに関与するホルモンは主として消化管ホルモンであり,何種類ものホルモンが相互に影響しあったり,作用する順番が異なっていたりする。

 典型的な胃排出の障害は,胃や十二指腸潰瘍,胃癌などによる幽門狭窄であるが,さほどでなくても胃排出に異常をきたしている病気はたくさんある。ただし,いわゆる胃下垂は一般的には胃排出は遅れない。

(1)水,電解質の分泌 水は血漿や細胞外液から壁細胞の中に入り,壁細胞からは胃内の液体との浸透圧の差によって受動的に胃内腔へ分泌される。ナトリウムイオンやカリウムイオンも分泌されるが,最も特徴的なのは塩酸の分泌である。塩素イオン能動輸送にあずかるエネルギーポンプの力で能動的に粘膜細胞から分泌される。水素イオンは壁細胞の膜においてATPアーゼという酵素が関与する強力なエネルギーポンプの力により積極的に胃内へ分泌される。炭酸水素塩は主として幽門前庭部粘膜から分泌されて主として防御因子として働く。

(2)ペプシン,粘液,内因子の分泌 ペプシンは主として主細胞からペプシノーゲンという前駆物質として分泌される。少量ではあるが,主細胞以外の胃粘膜細胞や十二指腸粘膜細胞から分泌されるものもあるといわれている。ペプシノーゲンはpH5.5以下の酸性においてペプシンとなり,pH3.5以下になると強力なタンパク質分解酵素となり,胃内での消化作用の主要な役割を演ずる。

 粘液は胃粘膜上皮細胞と粘液細胞から分泌され,おもにタンパク質,糖タンパク質,多糖類からなる粘性の物質である。通常では,胃液による胃粘膜の消化損傷を防ぐ胃粘膜防御因子としての働きをしている。胃粘膜が炎症をおこしたり,胃粘膜上皮細胞が過形成をおこしたり,ある種の癌の場合にこの粘液分泌の過多が生ずる。

 内因子とよばれるムコタンパク質は壁細胞から分泌される。内因子は食物中のビタミンB12と結合して回腸から吸収される。内因子が欠如すると,ビタミンB12の吸収障害が生じ,悪性貧血の原因となる。

(3)胃酸分泌の生理 胃酸分泌の機序には,脳相,胃相,腸相がある。

 脳相(頭相ともいう)とは,舌,口腔,鼻腔の受容体から,味やにおいや咀嚼,嚥下(えんげ)などの刺激によって,迷走神経を通して胃酸分泌が刺激される段階のことである。この場合,アセチルコリンという刺激伝達物質が壁細胞を刺激する。

 胃相とは,胃内に入った食物が胃壁を刺激することによって迷走神経経由,またはガストリン細胞刺激を通して胃酸分泌が行われる段階のことである。この際,食物の質と量によって胃酸分泌の量が異なってくる。タンパク質成分の多い食物は胃酸分泌刺激がつよい。

 腸相とは,幽門に近い部分の十二指腸粘膜から食餌刺激によってガストリンが分泌され,胃酸分泌が刺激される段階のことである。微量のガストリン分泌による刺激なので胃酸分泌に及ぼす影響も乏しい。

 普通では脳相,胃相,腸相の順に機序が進むと考えてよい。

 胃酸分泌の抑制機序は,食物が胃から排出されたのち,食物による中和能がなくなり胃液のみになると,胃内のpHは下がって酸性がつよくなるのでガストリン分泌は抑制され,胃相の終りとなるのが自然の経過である。また,相のいずれを問わず,十二指腸内に酸性のものが入ってくると十二指腸粘膜からセクレチンというホルモンが分泌され,このホルモンによってガストリンの分泌が抑制され,胃酸分泌も抑制されるので,この機序も胃酸分泌抑制において重要なものである。

胃は心身のもろもろの状態を反映する臓器で,きわめて敏感にその反応を示す。したがって,軽い症状から重篤な病気まで実にいろいろな病的状態を呈する。

 胃には急性・慢性胃炎,急性・慢性潰瘍(胃潰瘍),胃ポリープ,胃粘膜下腫瘍などの良性疾患や,胃癌,胃肉腫などの悪性疾患がかなりの高頻度でみられ,一般によく見聞することが多いといえる。

 これらの疾患に対する診断法や治療法の進歩によって,しかるべき検診を適度の間隔で受けていれば重篤な結末にならなくてすむ率がひじょうに高くなった。たとえば胃癌でも,早期発見により90%は助かる時代であり,なかには開腹手術をせずに内視鏡を用いた手術で全治するものもある。
胃拡張 →胃下垂 →胃痙攣(いけいれん) →胃穿孔(いせんこう) →幽門狭窄
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「胃」の意味・わかりやすい解説


消化管を通じてもっとも膨らんだ部分で、食道と十二指腸(小腸)との間に位置する。

胃の形状

ヒトの胃の形状や大きさは一定ではないが、上部が大きく広がり、長軸が左上後方から右下前方に向かう嚢(のう)というのが標準的である。内容物が空(から)のときは前後に扁平(へんぺい)な嚢であるが、内容物が充満しているときは、直立位でも坐(ざ)位でも鉤(かぎ)形をしている。死体解剖時での胃の形状は、筋肉の弛緩(しかん)のために嚢状に膨らんでいる。胃の位置は、中等度に内容物が入っている場合には、胃全体の6分の5が体の正中線から左側にあり、胃の細い部分だけが右側にある。胃に内容物がないときは、胃の最下端(大彎(だいわん)底部)は、成人の場合、臍(へそ)より指を横に3本ほど並べた上方となる。胃の各部の名称は、食道から胃に移行する部分を噴門(ふんもん)とよび、噴門口から胃内腔(ないくう)に入る。内腔は急に拡張するが、その大部分が胃体であり、胃体の左側上端の膨らみを胃底とよぶ。胃底の位置は第10肋骨(ろっこつ)前端の高さになる。胃体は出口に向かって細い管状部、すなわち幽門(ゆうもん)部となり、十二指腸に続く境が幽門である。胃を全体的にみると、前壁はやや前上方を向き、後壁は後下方を向く。前壁と後壁との移行部はともに上方に開く弓状をしており、上縁が小彎、下縁が大彎である。日本人では小彎の長さは12~15センチメートル、大彎は42~50センチメートルである。容量平均は、日本人の成人の場合、男性で1407.5cc、女性で1275.0ccである。

[嶋井和世]

胃の構造

胃壁の構造は、外から内に向かって漿膜(しょうまく)、筋層、粘膜に区別される。漿膜は腹膜の連続で、胃の全体を覆い、小彎、大彎でそれぞれ小網(しょうもう)、大網(たいもう)に移行する。筋層は3層の平滑筋層で構成されている。外側から縦走筋、輪走筋、斜線維が配列している。ほぼ食道壁の筋層から続いているが、輪走筋がもっともよく発達し、ほぼ平均した厚さである。斜線維というのは食道輪走筋の一部の続きで、噴門から斜めに分散するが幽門までは届かない。輪走筋は幽門ではとくに厚い幽門括約筋を形成し、幽門口を取り巻いている。粘膜は、胃が空虚で収縮状態のときは多数の縦走ひだをつくり、さらにこのひだを横に連ねる短いひだがある。胃の拡張時には、これらのひだは消失するが、小彎に沿う3~4条のひだは残っていて、胃の内容物を十二指腸に向けて移動させるために役だつ。

 粘膜表面は2~3ミリメートル大の多角形の小区画に分かれ、胃小区という。胃小区の中に無数の胃小窩(いしょうか)という小陥凹(かんおう)があり、その底部に胃腺(いせん)が数個ずつ開口している。胃腺は胃液を分泌するが、粘膜上皮が粘膜固有層の中に進入してできたもので、胃底と胃体には固有胃腺(胃底腺)、幽門部にのみ幽門腺が存在する。固有胃腺を構成する細胞は、主細胞、旁(ぼう)細胞(壁細胞)、副細胞の3種類がある。胃腺の大部分は主細胞が占め、ペプシノゲン(胃液原素)と凝乳酵素を分泌する。副細胞は胃小窩に近い腺頸部(せんけいぶ)に存在し、粘液物質を含む。旁細胞は腺全体にあるが、とくに腺頸部に多く、塩酸分泌をする。一方、幽門腺は1種類の細胞からなり、噴門腺に似ている。噴門腺は噴門を取り巻く少量の腺で、食道噴門腺と同じ粘液性腺である。

 胃と周囲臓器との関係は、胃の大部分が上腹部と左下肋(かろく)部に収まり、小彎、噴門、幽門部は肝臓左葉に覆われている。大彎の一部は横行結腸に覆われ、右側のほぼ三角形部分は直接前腹壁に触れ、胃の後方には左腎臓(じんぞう)、副腎、膵臓(すいぞう)がある。胃底は横隔膜の左下面に接し、脾臓(ひぞう)、肝臓左葉にも接している。

 胃の栄養をつかさどる血管は、腹部大動脈の枝の腹腔動脈から分かれて直接胃へ分布するものと、腹腔動脈から肝臓、脾臓あるいは十二指腸へいく動脈枝から分かれたものとが分布しているが、胃からの静脈血は、脾臓、膵臓、十二指腸からの静脈血とともに、すべて門脈(もんみゃく)に注ぐ。胃周辺のリンパ節は、胃壁を循環するリンパ管を受け入れる。このリンパ節の分布を理解することは、胃腫瘍(しゅよう)の転移や治療などに重要な意義をもっている。

[嶋井和世]

生理作用

食道から運ばれてきた食物は、胃の中に層をなして重積し、胃体部の中央付近から約25秒に1回の割でおこる蠕動(ぜんどう)運動によって、幽門前庭部へと送られる。幽門前庭部では蠕動運動は強大になり、幽門括約筋の方向へ進行するが、普通この括約筋の所は閉鎖されており、内容物はここで反転逆行し攪拌(かくはん)混和される。この間に胃液の作用で胃内容が酸性になり、唾液(だえき)のデンプン分解作用は止まる。また、胃液に含まれるペプシンは酸性で、よく作用し、食物中のタンパク質はペプトンに分解され、半流動性の糜粥(びじゅく)とよばれる、粥(かゆ)状のものになる。この糜粥は幽門前庭部と十二指腸内の圧差によって、少しずつ幽門括約筋を通って十二指腸に送られる。胃から十二指腸へ排出される時間は、食物の種類によって異なるが、脂肪性の食事は胃からの排出を遅らせる。これは、十二指腸に入った脂肪が、エンテロガストロンという一種のホルモンを分泌させ、これが胃の運動を抑制するためである。また、食物の物理的な性質も排出時間に影響する。すなわち、液体は固形のものよりも早く排出され、固形のものは半流動体になるまで胃に停滞し、攪拌されるために、排出が遅れる。またストレスは、胃運動に対して抑制的に働くので、排出を遅らせることになる。胃では、ほとんど食物は吸収されないが、アルコールだけはよく吸収される。

[市河三太]

胃運動の調節

胃壁には、筋層の間にアウエルバッハAuerbach神経叢(そう)と、粘膜下にマイスネルMeissner神経叢とよばれる二つの神経群が存在し、これらは内臓神経(交感神経)と迷走神経(副交感神経)とに連絡する。一般には迷走神経は胃運動を促進し、内臓神経はこれを抑制することが知られるが、迷走神経には抑制線維が、内臓神経には促進線維が認められ、これらが複雑に胃の運動を調節している。延髄(えんずい)には胃運動の中枢があり、この中枢を介して、小腸・胃運動抑制反射がおこる。これは、小腸の化学的刺激または伸展刺激が引き金となっておこる、胃運動の抑制をいうが、迷走神経を切断すると、この反射は減弱するといわれる。このほかにも、小腸・胃運動促進反射、大腸・胃運動抑制反射などがある。胃粘膜から分泌されるホルモンであるガストリンは、おもに胃液の分泌を促進するが、胃運動に対しても促進的に働く。また十二指腸粘膜から分泌されるコレシストキニンも胃運動に対して促進的に働くが、セクレチンやGIP(gastric inhibitory polypeptide)は胃運動を抑制する。このように、消化管の粘膜から分泌されて、その運動や分泌機能を調節する化学物質を消化管ホルモンという。

[市河三太]

胃の病態

胃は、粘膜やそこから分泌される粘液によって胃壁を保護し、また粘膜細胞にある酵素によって自らが消化されるのを防いでいる。この保護作用が弱くなると胃液が作用し、潰瘍(かいよう)が生ずる。これを胃潰瘍または消化性潰瘍といい、自律神経の失調やストレスによっておこる分泌機能の変調が関連するといわれる。症状として胃痛、嘔吐(おうと)、吐血(とけつ)などがある。胃潰瘍のほかに胃炎、胃がんは胃の病態として重要で、胃の三大疾患といわれる。これらのほかにも、胃壁の緊張が低下した胃アトニー症、あるいは中毒などにより反射性または中枢性に迷走神経の緊張が高まり、胃全体の拘縮をもたらす胃けいれんなどもしばしばみられる。

[市河三太]

動物の胃

脊椎(せきつい)動物のうち、大部分の哺乳(ほにゅう)類の胃は1室で、ヒトの胃に似ている。ウシ、シカなど反芻(はんすう)類の反芻胃は例外で、4室(入口から順に瘤胃(こぶい)、蜂巣胃(ほうそうい)、重弁胃、皺胃(しわい))または3室(重弁胃と皺胃の分化がない)である。鳥類の胃は前胃(腺胃(せんい))と砂嚢(さのう)(きわめて厚い筋肉壁よりなる、そしゃく胃)の2室である。大部分の魚類、両生類、爬虫(はちゅう)類の胃は嚢状で、腸管の一拡張部をなす。

 無脊椎動物の胃とよばれる部分の形態的、機能的分化の模様は、動物の種類によってさまざまである。原生動物の食胞は仮性胃ともいう。海綿動物の体の内腔(ないこう)を胃腔、腔腸動物のクラゲ型では口と放射水管との間の拡大部を胃とよぶ。線虫類の食道と腸との間は腺胃という。紐形(ひもがた)動物、環形動物のヒル類、軟体動物の二枚貝類、節足動物の昆虫やクモ類などの胃にはいろいろな形や数の、膨出した盲嚢(胃盲嚢)を伴うものがある。軟体動物の二枚貝類、腹足類、節足動物の甲殻類や昆虫類には、食物をより分けて次の消化器官に送る濾過(ろか)胃を有するものがあり、また、輪虫類、環形動物の貧毛類、節足動物の甲殻類には食物を破砕する機能をもつそしゃく胃を有するものがある。液状で食物をとる昆虫(ハエやカ)には、大量の食物を一時蓄える吸胃がある。

[内堀雅行]

『銭場武彦著『胃・腸管運動の基礎と臨床』(1979・真興交易医書出版部)』『問田直幹・内薗耕二・伊藤正男・富田忠雄編『新生理学 下巻』第5版(1982・医学書院)』


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百科事典マイペディア 「胃」の意味・わかりやすい解説

胃【い】

ヒトを含めた脊椎動物の消化管の袋状になった部分で,食道に続く。食物を一時的に貯留し胃液による化学的消化と,胃壁筋肉の伸縮による機械的消化によって,食物をかゆ状として腸へ送る。ヒトの胃は腹腔の上部左寄りに位置し,上は噴門で始まり,下は幽門を経て十二指腸に通ずる。右側の凹縁を小彎(わん),左側の凸縁を大彎という。幽門に近い部分を幽門部,その他を胃体といい,胃体の上端の丸くふくらんだ部分を胃底という。胃壁内面の粘膜には無数の胃腺がある。胃体に分布する固有胃腺(胃底腺ともいう)には3種類の細胞があって消化酵素,塩酸,粘液を分泌する。幽門部の幽門腺は1種類の細胞からなり,粘液を分泌する。粘膜の外にある筋層はよく発達して3層からなり,幽門では肥厚して幽門括約筋となり,粘膜面に突出して幽門弁をつくる。胃における食物の滞留時間は2〜5時間,一般に炭水化物は早く,脂肪は遅い。胃粘膜は一般に吸収を行わないが,アルコール類はよく吸収される。なお,無脊椎動物の消化管でも,食物が一時的に滞留する部位を胃と呼ぶことがある。
→関連項目消化噴門幽門

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「胃」の意味・わかりやすい解説



stomach

脊椎動物の消化管のうち,食道と腸の間にあって,食物がある期間とどまって消化される部分。人間の胃は,食道と十二指腸の間にある袋状の消化器で,左上腹部からへそにかけて斜めに位置し,上方は横隔膜,左方は脾臓,右方は肝臓と十二指腸に接している。胃の各部は上端の入口を噴門,中央部を体部,下端に近い部分を前庭部,出口を幽門と呼ぶ。胃壁は粘膜,筋肉,漿膜の3層から成り,その容量は個人差があるが,1.5~2l程度である。胃粘膜の表面は単層の円柱上皮細胞でおおわれ,その間に多数の胃腺があり,胃液とホルモンを分泌している。胃は,食道から送り込まれる食物の蛋白質を,塩酸とペプシンによってペプトンにまで分解する。前庭部に食物がたまるとガストリン (消化管ホルモン) の分泌が起り,塩酸とペプシンの分泌を促進する。また,胃にはその筋肉の収縮による運動機能がそなわっており,食物は胃液と混和され,半流動体となって十二指腸に送られる。哺乳類の胃の大部分は1室より成るが,鳥類は前胃と砂嚢の2室,哺乳類の反芻類では反芻胃が3~4室に分れる。無脊椎動物の消化器の各部の名称は,形態または機能上の類似から脊椎動物のものをあてはめているので,胃と称する部分は諸種の動物にあるが,脊椎動物の胃とどこまで対比できるかは,いろいろである。

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栄養・生化学辞典 「胃」の解説

 消化管の一部で,食物はここで滞留し,徐々に腸へと送られる.消化液として,胃液を分泌するほか,ホルモンとしてガストリンを分泌する.反すう動物では第一胃(rumen),第二胃(reticulum),第三胃(omasum),第四胃(abomasum)と区別され,第四胃が単胃動物の胃に相当する.第一胃と第二胃をあわせて反すう胃(reticulo-rumen)とよびここに多くの細菌と原生動物が生息して反すう動物特有の消化を行っている.

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