腎盂腎炎(読み)ジンウジンエン

デジタル大辞泉 「腎盂腎炎」の意味・読み・例文・類語

じんう‐じんえん【腎×盂腎炎】

腎盂炎のこと。また、特に細菌の感染による炎症が腎実質にまで及んだものをいう。

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EBM 正しい治療がわかる本 「腎盂腎炎」の解説

腎盂腎炎

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 腎盂腎炎(じんうじんえん)とは、大腸菌(だいちょうきん)などの細菌が、尿管をさかのぼって腎臓の腎盂(じんう)や腎杯(じんぱい)という部分に侵入して炎症をおこす病気です。
 腎盂や腎杯で炎症がおこると、やがて腎臓全体に炎症がおよびます。片方の腎臓だけが炎症をおこす場合と両方の腎臓が炎症をおこす場合があります。短期間のうちに激しい炎症のおこったものが急性腎盂腎炎、細菌が腎臓に住みついてしまって、炎症が続いているものが慢性腎盂腎炎です。
 急性腎盂腎炎では、激しい炎症のために腎臓が大きく腫(は)れ、それがわき腹や背中、腰の痛みとして感じられることがあります。寒気を伴って、急激に38度以上の高熱がでたり、吐き気や嘔吐(おうと)などの胃腸の症状が現れたりします。
 また、頻繁(ひんぱん)に尿意をもよおし尿の回数が多くなりますが、尿の量は少なく、排尿のときに痛みを感じるといった膀胱炎(ぼうこうえん)のような症状がみられたり、尿に血が混じることもあります。
 ほとんどの場合、適切な抗菌薬によって、比較的短期間で症状はおさまります。ただし、放置すると敗血症をおこす場合もあります。
 慢性腎盂腎炎では、疲労感や食欲不振、微熱などの症状が現れることもありますが、ほとんどが無症状で、診断が難しいとされています。
 進行すると、高血圧を伴うことが多く、症状がかなり進んでから血圧の異常によって発見されることもあります。細菌が住みついてしまって、炎症が悪化したり、おさまったりをくり返していると腎不全に至る場合もあり、注意が必要です。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 原因となる細菌としては肛門の周囲にいる大腸菌が多く、そのほかにブドウ球菌(きゅうきん)、連鎖球菌(れんさきゅうきん)や真菌(しんきん)などがあげられます。
 通常、尿は腎臓から尿管を通り膀胱へと流れます。尿管と膀胱の間には一方通行の弁がありますから、逆流することはありません。しかし、なんらかの原因によってここで逆流がおこったり(膀胱尿管逆流現象)、尿の流れが悪くなったりすると、細菌が膀胱から尿管、さらに腎盂から腎臓全体へと侵入し、炎症がおこります。
 このような状態をおこす引きがねとしては、膀胱炎尿道炎前立腺肥大症(ぜんりつせんひだいしょう)尿路結石(にょうろけっせき)、糖尿病痛風、妊娠などがあげられます。
 また、ほかの臓器に感染源があり、そこから血液の流れを通じて細菌が侵入する場合もあります。
 とくに、腎臓や尿路に結石や狭窄(きょうさく)がある、あるいは尿管と膀胱の間の弁に異常があって逆流現象がある場合などには、急性の炎症が治りきらないことがあり、これが慢性腎盂腎炎に移行します。

●病気の特徴
 腎盂腎炎は、女性に多い病気で、20~40歳代ではそのほとんどが女性です。また、妊婦の0.5~2パーセントに発生するといわれています。女性に多い理由は、女性は男性より尿道が短く、尿道口と肛門が接近しているために、細菌が侵入しやすいからと考えられます。
 男性でも、前立腺肥大症や尿路結石があると尿道が圧迫され尿の流れが悪くなり、細菌感染がおこりやすくなります。50歳を過ぎると、腎盂腎炎のおこる頻度の男女差は小さくなります。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]軽症の急性腎盂腎炎では抗菌薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 急性腎盂腎炎において、抗菌薬使用の有無で効果を比較した臨床研究はありません。しかし、原因から考えても抗菌薬の有効性は広く認識されており、抗菌薬を使用しないというグループをつくっての比較研究は、今後も倫理的に困難です。ただし、抗菌薬の種類や使用方法を変えて、効果を比較した非常に信頼性の高い臨床研究がいくつかあります。(1)(2)

[治療とケア]急性腎盂腎炎で中等度以上の症状であれば、入院して抗菌薬を注射する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 抗菌薬のシプロフロキサシンについて、経口薬注射薬で有効性に差がなかったという臨床研究があります。したがって吐き気や食欲不振があったり、経口摂取が困難だったりする症状の重い状態では、注射薬が使われます。(1)(3)

[治療とケア]慢性腎盂腎炎の急性増悪時には抗菌薬を注射する
[評価]☆☆
[評価のポイント] 原因菌として抗菌薬耐性菌の割合が大きくなるので、まずは広い範囲の細菌に有効な抗菌薬を使用し、菌の抗菌薬の効き方(薬剤感受性)を確認しながら、抗菌薬を選択します。このことを確認した臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。

[治療とケア]慢性期の慢性腎盂腎炎では抗菌薬を用いる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 膀胱尿管逆流現象のある子どもでは、スルファメトキサゾール・トリメトプリムを長期使用すると有効であることが、信頼性の高い臨床研究によって示されています。そのほかの原因による慢性腎盂腎炎については、抗菌薬が有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。(4)


よく使われている薬をEBMでチェック

急性腎盂腎炎で軽症の場合
[薬用途]抗菌薬の経口薬
[薬名]クラビット(レボフロキサシン水和物)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]シプロキサン(塩酸シプロフロキサシン)(1)~(3)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] アメリカ感染症学会のガイドラインでは、これらニューキノロン系を第一選択の抗菌薬として推奨しています。塩酸シプロフロキサシンについてはスルファメトキサゾール・トリメトプリムより有効であったという非常に信頼性の高い臨床研究が、レボフロキサシン水和物に対しては塩酸シプロフロキサシンと同等の効果であったという非常に信頼性の高い臨床研究があります。

急性腎盂腎炎で中等度以上の場合
[薬用途]抗菌薬の注射薬
[薬名]ゾシン(タゾバクタムナトリウム・ピペラシリンナトリウム)(5)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ユナシン-S(アンピシリンナトリウム・スルバクタムナトリウム)
[評価]☆☆☆
[薬名]セファメジンα(セファゾリンナトリウム)(6)
[評価]☆☆☆
[薬名]シプロキサン(シプロフロキサシン)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]チエナム(イミペネム水和物・シラスタチンナトリウム)(5)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ロセフィン(セフトリアキソンナトリウム水和物)(6)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] タゾバクタムナトリウム・ピペラシリンナトリウムについては、イミペネム水和物・シラスタチンナトリウムと同等の効果だったという臨床研究があります。セファゾリンナトリウムについては、妊婦において、アンピシリン+ゲンタマイシン硫酸塩、セフトリアキソンと同等の効果であったという臨床研究があります。

慢性腎盂腎炎が急性増悪した場合
[薬用途]抗菌薬の注射薬
[薬名]ゾシン(タゾバクタムナトリウム・ピペラシリンナトリウム)
[評価]☆☆
[薬名]ユナシン-S(アンピシリンナトリウム・スルバクタムナトリウム)
[評価]☆☆
[薬名]モダシン(セフタジジム水和物)
[評価]☆☆
[薬名]チエナム(イミペネム水和物・シラスタチンナトリウム)
[評価]☆☆
[評価のポイント] いずれの薬剤も、慢性腎盂腎炎の急性増悪時にプラセボ(偽薬)を使って比較した臨床研究は見あたりません。しかし専門家の意見や経験から支持されている薬です。

慢性腎盂腎炎の慢性期
[薬用途]抗菌薬の経口薬
[薬名]クラビット(レボフロキサシン水和物)
[評価]☆☆
[薬名]バクタ(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 慢性腎盂腎炎に対して長期使用した場合の有効性を示す臨床研究は見あたりません。しかし、これらの薬は専門家の意見や経験から支持されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まずは抗菌薬で治療を
 腎盂腎炎は、大腸菌などの細菌が尿管をさかのぼって腎臓に侵入し、炎症をおこす腎臓の感染症です。急性腎盂腎炎にしても、慢性腎盂腎炎にしても、炎症をおこす原因となる細菌を退治することが大前提になります。
 現在、急性の腎盂腎炎に対して抗菌薬の使用が中心に行われています。クラビット(レボフロキサシン水和物)、シプロキサン(塩酸シプロフロキサシン)などのニューキノロン系など、臨床研究で有効性が確かめられた抗菌薬もありますし、有効性を検討した臨床研究はないものの、専門家の意見や経験から支持されている薬剤も少なくありません。

使用の仕方は症状の状態に応じて
 軽症の急性腎盂腎炎、慢性期の慢性腎盂腎炎では経口薬を使用し、中等度以上の急性腎盂腎炎や慢性腎盂腎炎が急性増悪した場合は、静脈注射で治療を行います。
 とくに結石や腎・泌尿器(ひにょうき)の病気をもつ人、免疫機能が低下していたり、糖尿病を基礎にもっている人などにみられる腎盂腎炎では、抗菌薬に耐性のある細菌が原因となることが少なくありません。そのような患者さんでは入院のうえ、抗菌薬は静脈注射で、しかも比較的長期間(10~21日間)使用されます。

安静と水分補給は理にかなった対処法
 腎盂腎炎の急性期には、安静にすること、水分を十分に補うことが必要になります。このことは臨床研究によって示されているわけではありませんが、病気の成り立ちからいって、十分、理にかなった対応でしょう。

(1)Gupta K, Hooton TM, et al. International clinical practice guidelines for the treatment of acute uncomplicated acute cystitis and pyelonephritis in women. A 2010 update by Infectious Diseases Society of America and the European Sciety for Microbiology and Infextious Disease. Clin Infect Dis. 2011;52:103-120.
(2)Peterson J, Kaul S, et al. A double-blind, randomized comparison of levofloxacin 750 mg once-daily for five days with ciprofloxacin 400/500 mg twice-daily for 10 days for the treatment of complicated urinary tract infections and acute pyelonephritis. Urology 2008;71:17-22.
(3)Talan DA, Stamm WE, Hooton TM, et al. Comparison of ciprofloxacin (7 days) and trimethoprim-sulfamethoxazole (14 days) for acute uncomplicated pyelonephritis pyelonephritis in women: a randomized trial. JAMA. 2000;283:1583-1590.
(4)Holland NH, Kazee M, Duff D, et al. Antimicrobial prophylaxis in children with urinary tract infection and vesicoureteral reflux. Rev Infect Dis. 1982;4:467-474.
(5)Naber KG, Savov O, Salmen HC. Piperacillin 2 g/tazobactam 0.5 g is as effective as imipenem 0.5 g/cilastatin 0.5 g for the treatment of acute uncomplicated pyelonephritis and complicated urinary tract infections. Int J Antimicrob Agents. 2002;19:95-103.
(6)Wing DA, Hendershott CM, Debuque L, et al. A randomized trial of three antibiotic regimens for the treatment of pyelonephritis in pregnancy. Obstet Gynecol. 1998;92:249-253.

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改訂新版 世界大百科事典 「腎盂腎炎」の意味・わかりやすい解説

腎盂腎炎 (じんうじんえん)
pyelonephritis

尿路感染症の一つ。かつては腎盂炎ともいわれ,炎症が腎盂に原発して,腎臓の実質に及んだものを指したが,その後,腎臓の実質の炎症が腎盂に及んだものをも含めて,腎臓の感染性炎症を腎盂腎炎と総称するようになった。病原菌としては,大腸菌やクレブシエラKlebsiellaなどの腸内細菌が最も多く,緑膿菌,変形菌がこれに次ぐ。これらの細菌は,血行を介して(血行感染),あるいはリンパ管を通じて(リンパ行感染)も腎臓に到達するが,最も主要な感染経路は,下部尿路から尿管を通しての逆行性感染である。とりわけ,膀胱などの下部尿路に感染がある場合や,尿路結石や尿管狭窄などによる尿の通過障害があると,発症しやすくなる。発症の頻度は,40歳まででは圧倒的に女子に多いが,それ以上では男女差は小さい。

 腎盂腎炎は急性のものと慢性のものに大別される。急性腎盂腎炎は,突然,悪寒戦慄を伴う高熱で発症し,腎臓部の圧痛があり,ときに急性腹症を呈し,重篤な場合では菌血症や敗血症を併発することもある。尿は細菌を伴った細菌尿となり,膿尿となることも多い。治療は安静を保ったうえで,強力な化学療法を行う。大量な抗生物質の使用によって,1~2週間で完治するが,治療が不完全だと,全治したかにみえても,慢性化して,治療が非常に困難になるので注意を要する。

 慢性腎盂腎炎は急性腎盂腎炎が慢性化してなる場合が多いが,ときに最初から潜在的に始まって慢性化することもある。急に悪化するときには急性腎盂腎炎の症状を示すが,一般には全身倦怠,微熱,貧血,胃腸症状などの全身症状がみられるだけのことが多い。尿検査では細菌尿や膿尿がみられる。治療は抗生物質などによる化学療法で,6ヵ月から1年の経過観察が必要である。腎臓実質の破壊が進むと,腎不全や萎縮腎を起こすことがある。
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内科学 第10版 「腎盂腎炎」の解説

腎盂腎炎(尿路感染症)

(1)腎盂腎炎(pyelonephritis)
概念・病態
 腎盂腎炎は,細菌感染による腎盂,腎杯および腎実質に及んだ炎症と定義される.急性単純性腎盂腎炎は性的活動期の女性に多い.慢性複雑性腎盂腎炎は高齢者に多い.単純性尿路感染症の起因菌は大腸菌が70~80%を占める.複雑性では大腸菌のみならず,緑膿菌や腸球菌も起因菌となることが多いので注意を要する.
診断
 悪寒・戦慄を伴う高熱,腰背部痛を訴えることが多い.また,先行する頻尿,排尿時痛などの膀胱炎様症状を伴うことが多い.特徴的な身体所見として患側部の肋骨脊柱角叩打痛(costvertebral angle tenderness:CVA tenderness)が認められる.尿所見では膿尿,細菌尿がみられる.尿沈査で膿尿は白血球5個/HPF 以上,細菌尿は細菌104 CFU/mL以上のことが多い.尿培養により起炎菌を決定する.敗血症を疑う場合には血液培養も行う.血液検査では白血球増加,赤沈亢進,CRP上昇などの炎症所見が得られる.複雑性では水腎症を有する場合が多いため,腹部超音波検査などの画像検査が必要である.
 最近抗菌薬に対する多剤耐性菌が増加しているため,起炎菌の薬剤感受性の検査が必須である.
治療
 安静,輸液,抗菌薬投与が重要である.単純性では大腸菌を念頭においた抗菌薬の選択を行う.高齢者,基礎疾患がある複雑性腎盂腎炎では,緑膿菌や腸球菌なども原因菌となるので,感受性の広い薬剤選択を行う.輸液,水分摂取により2 L/日以上の尿量を保つようにする.易感染性がある場合には膿腎症へ進展することがあり,発症早期より速やかに抗菌薬投与を開始することが必要である.再発することが多いため,抗菌薬は2週間程度確実に投与されることが必要である.[久末伸一・堀江重郎]

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「腎盂腎炎」の意味・わかりやすい解説

腎盂腎炎
じんうじんえん

細菌感染による腎盂および腎実質の炎症をいう。感染が腎盂に限局される。腎盂炎の多くは、やがて腎実質も侵され腎機能が障害されるので、腎盂炎と腎盂腎炎は現在ではほぼ同義に扱われることが多い。また、上部尿路感染症も腎盂腎炎に関連した疾患である。

[加藤暎一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「腎盂腎炎」の意味・わかりやすい解説

腎盂腎炎
じんうじんえん
pyelonephritis

細菌感染によって腎盂腎杯系と腎実質に炎症を起す疾患。起炎菌はグラム陰性桿菌が多い。妊娠,糖尿病,尿路結石,痛風,神経因性尿閉,留置カテーテルなどで誘発されやすい。急性症では,悪寒戦慄,発熱,全身倦怠感,頭痛,尿意頻数,排尿痛,腎臓部の疼痛などの症状が出る。慢性症ではこのように激しい症状はない。尿は通常膿尿で,細菌が証明される。治療には抗生物質を投与する。

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