膵がん

EBM 正しい治療がわかる本 「膵がん」の解説

膵がん

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 膵臓(すいぞう)は胃のうしろにある長さ20センチメートルほどの細長い臓器です。消化液である膵液や血糖を調節するホルモンを分泌する働きがあります。膵臓にできるがんのうち90パーセント以上は、膵液が流れる膵管の上皮細胞(じょうひさいぼう)から発生します。これをとくに膵管がんといいます。
 初期にみられる症状は、胃のあたりや背中が重苦しい、おなかの調子がよくない、食欲不振など漠然としたものです。膵がんに特有の症状ではないので、しばしば発見が遅れます。ただし、最近では超音波検査、内視鏡的逆行性胆道膵管造影法(ないしきょうてきぎゃっこうせいたんどうすいかんぞうえいほう)(ERCP)、超音波内視鏡検査、CT、血管造影検査などの各種画像検査で病変を早めに見つけることもあります。
 進行すると上腹部や背部に痛みを感じたり、腹部に腫瘤(しゅりゅう)ができたりします。全身の倦怠感(けんたいかん)、嘔吐(おうと)、体重減少、糖尿病の発症・悪化などがみられることもあります。がんが胆管(たんかん)に浸潤(しんじゅん)すると黄疸(おうだん)がでるので、この時点で発見されることも少なくありません。糖尿病新規発症や悪化例では膵がんを念頭におく必要があります。
 早期発見が困難であるため予後はきわめて不良で、約70パーセントが診断時にがんの切除が不可能であり、切除が可能な例でも5年生存率は約15パーセントです。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 原因はよくわかっていません。膵がんは危険因子として、肉食、喫煙、排気ガス、化学物質などがあげられますが、統計学的に明らかに関係が証明されている因子はありません。人口の高齢化とともに、わが国では急速に増加してきました。最近では人口10万人あたりの罹患率は10~20人に達しています。膵がんのリスクファクターとして、膵がんの家族歴・糖尿病・慢性膵炎・肥満・大量飲酒・膵管内乳頭粘液性腫瘍(すいかんないにゅうとうねんえきせいしゅよう)があげられます。(1)

●病気の特徴
 年間死亡者数は年々増加しており、年間約29,000人が死亡し、がん死亡者数では男性で5位、女性で4位。高齢者に多く、ピークは60歳代です。
 膵がんの約8割はステージⅣのもっとも進んだ状態で見つかり、ステージⅠの状態で診断されるのは1.7パーセントです。胃がん大腸がんではステージⅠなら治癒が期待できますが、膵がんでは、ステージⅠの状態で診断されてもその治療成績は不良です。膵がんの治療成績(5年生存率)をステージ別に示すと、ステージⅠ:58.6パーセント、ステージⅡ:51パーセント、ステージⅢ:25.9パーセント、ステージⅣa:11.9パーセント、ステージⅣb:2.8パーセントとなっています。(1)


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

■膵頭部がんに対して
[治療とケア]膵頭十二指腸切除術(すいとうじゅうにしちょうせつじょじゅつ)を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 膵臓は頭部、体部、尾部に分けられます。膵頭部がんの場合、膵臓の頭部とその周辺にある十二指腸、小腸の一部、胃の一部、胆のうをともに切除する膵頭十二指腸切除術が行われます。この手術による予後は大変厳しいものがあり、5年生存率は10~25パーセント、生存中央値(対象者を生存期間の長さで並べた場合、ちょうどまん中に位置する人の生存期間)は10~20カ月となっています。(2)(3)

■膵体尾部がんに対して
[治療とケア]膵体尾部切除術を行う
[評価]☆☆
[評価のポイント] 膵臓の体部と尾部にがんがある膵体尾部がんの場合、総胆管を巻き込まずにがんが成長するので早期発見はまれです。症状がでにくく、知らないうちに病状が進展するため外科治療も困難なものとなります。膵頭部がんに比べ術後生存率は低く、周術期(手術中や手術前後)の死亡率も高くなります。予後も不良です。(4)~(6)

■局所進行膵がんに対して
[治療とケア]化学療法を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] GEM(ゲムシタビン塩酸塩)やテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、フルオロウラシルなどを用いた化学放射線療法が局所進行切除不能膵がんに対する標準治療と考えられていますが、化学放射線療法と化学療法単独とを比べた研究が多くの施設で行われています。(1)(7)~(15)

[治療とケア]放射線療法を行う
[評価]☆☆
[評価のポイント] 放射線療法単独ではなく、化学療法と組み合わせて行うことで、生存期間の延長を認めているとの報告も多くみられます。
 高いエビデンスはありませんが、全身状態良好で照射野設定が広くならない(15×15センチメートル以下)局所進行切除不能膵がんに対して、化学放射線療法は標準治療の1つと考えられます。治療法選択の際、おもに生存期間中央値について議論されることが多いのですが、化学放射線療法を行うことにより、2年生存割合などの中長期的な生存割合の向上や局所制御による疼痛緩和が期待できることも利点です。化学療法単独も治療選択肢の1つになり得ますが、治療方針決定の際には患者さんに化学放射線療法も含めて説明する必要があります。(7)~(11)

 



[治療とケア]手術後の補助として化学療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、GEMを用いた術後化学療法が勧められます。
 とくに、GEMを含まない化学療法では除痛効果が得られなかったとの報告があります。(16)
 膵がんに対して、単剤でもっとも高い除痛効果が報告されている薬剤はGEMで、23.8パーセントに症状緩和が得られたとの報告があります。(1)(17)


よく使われている薬をEBMでチェック

抗がん薬
[薬名]GEM:ジェムザール(ゲムシタビン塩酸塩)(1)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ティーエスワン(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)(1)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]GEM:ジェムザール(ゲムシタビン塩酸塩)+タルセバ(エルロチニブ塩酸塩)(1)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]GEM:ジェムザール(ゲムシタビン塩酸塩)+アブラキサン(パクリタキセル)(1)
[評価]☆☆☆☆
[薬用途]FOLFIRINOX療法
[薬名]エルプラット(オキサリプラチン)+カンプト/トポテシン(イリノテカン塩酸塩水和物)+5-FU(フルオロウラシル)+アイソボリン(レボホリナートカルシウム)(1)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 切除不能またはほかの臓器などへの転移がある膵がんでは、抗がん薬による化学療法が行われます。これらの薬を用いた治療には延命効果があることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
膵頭部の部分切除なら、膵臓の機能もある程度残る
 膵がんでは、完全な外科的切除が唯一の効果的な治療です。多くの場合、早期に見つかるのは、がんが小さいときに胆道を閉塞(へいそく)して肝・胆汁(たんじゅう)系統の症状をおこしやすい膵頭部のがんということになります。
 膵頭部の部分切除であれば、手術後、膵臓からの消化酵素などの外分泌機能(がいぶんぴつきのう)、インスリンなどの内分泌機能(ないぶんぴつきのう)もある程度保たれますので、膵臓の全摘術に比べ、ずっと管理が容易になります。

手術以外の効果はいまひとつ
 いろいろな研究的取り組みは行われていますが、放射線療法、化学療法ともに、大きな予後改善は認められていません。

リスクのある人は定期検診を
 喫煙、慢性膵炎、糖尿病、カロリー摂取の増加などが、膵がんの発症を高めることがわかっています。これらの要因をもっている人は、そうでない人に比べて膵がんになる危険性が高いといえますから、膵臓のスクリーニング検査を定期的に受け、禁煙や摂取カロリーの適正化などにも努める必要があります。

(1)膵癌診療ガイドライン改訂委員会編. 膵癌診療ガイドライン2013年版. 日本膵臓学会. 2013.
(2)Benassai G, Mastrorilli M, Quarto G, et al. Survival after pancreaticoduodenectomy for ductal adenocarcinoma of the head of the pancreas. Chir Ital. 2000;52:263-270.
(3)Trede M, Schwall G, Saeger HD. Survival after pancreatoduodenectomy. 118 consecutive resections without an operative mortality. Ann Surg. 1990;211:447-458.
(4)Wade TP, Virgo KS, Johnson FE. Distal pancreatectomy for cancer: results in U.S. Department of Veterans Affairs hospitals, 1987-1991. Pancreas. 1995;11:341-344.
(5)Johnson CD, Schwall G, Flechtenmacher J, et al. Resection for adenocarcinoma of the body and tail of the pancreas. Br J Surg. 1993;80:1177-1179.
(6)Dalton RR, Sarr MG, van Heerden JA, et al. Carcinoma of the body and tail of the pancreas: is curative resection justified? Surgery. 1992;111:489-494.
(7)Gastrointestinal Tumor Study Group. Treatment of locally unresectable carcinoma of the pancreas: comparison of combined-modality therapy (chemotherapy plus radiotherapy) to chemotherapy alone. J Natl Cancer Inst. 1988;80:751-755.
(8)Moertel CG, Childs DS Jr, Reitemeier RJ, et al. Combined 5-fluorouracil and supervoltage radiation therapy of locally unresectable gastrointestinal cancer. Lancet. 1969;2:865-867.
(9)Moertel CG, Frytak S, Hahn RG, et al. Therapy of locally unresectable pancreatic carcinoma:a randomized comparison of high dose (6000 rads) radiation alone, moderate dose radiation (4000rads+5-fluorouracil), and high dose radiation+5-fluorouracil:The Gastrointestinal Tumor Study Group. Cancer. 1981;48:1705-1710.
(10)Shinchi H, Takao S, Noma H, et al. Length and quality of survival after external-beam radiotherapy with concurrent continuous 5-fluorouracil infusion for locally unresectable pancreatic cancer. Int J RadiatOncolBiol Phys. 2002;53:146-150.
(11)Klaassen DJ, MacIntyre JM, Catton GE, et al. Treatment of locally unresectable cancer of the stomach and pancreas:a randomized comparison of 5-fluorouracil alone with radiation plus concurrent and maintenance 5-fluorouracil-an Eastern Cooperative Oncology Group study. J ClinOncol. 1985;3:373-378.
(12)Chauffert B, Mornex F, Bonnetain F, et al. Phase III trial comparing intensive induction chemoradiotherapy(60 Gy, infusional 5-FU and intermittent cisplatin) followed by maintenance gemcitabine with gemcitabine alone for locally advanced unresectable pancreatic cancer. Definitive results of the 2000-01 FFCD/SFRO study. Ann Oncol. 2008;19:1592-1599.
(13)Huguet F, Andr T, Hammel P, et al. Impact of chemoradiotherapy after disease control with chemotherapy in locally advanced pancreatic adenocarcinoma in GERCOR phase II and III studies. J ClinOncol. 2007;25:326-331.
(14)Loehrer PJ, Powell ME, Cardenes HR, et al. A randomized phase III study of gemcitabine in combination with radiation therapy versus gemcitabine alone in patients with localized, unresectable pancreatic cancer:E4201. J ClinOncol. 2008;26:abstr 4506.
(15)Burris HA 3rd, Moore MJ, Andersen J, et al. Improvements in survival and clinical benefit with gemcitabine as first-line therapy for patients with advanced pancreas cancer :a randomized trial. J ClinOncol. 1997;15:2403-2413.
(16)佐伯博行, 杉政征夫, 山田六平, 他. 切除不能(Stage IVb)膵癌に対する術中照射療法 (IORT). 癌と化学療法. 2002;29:2221-2223.
(17)Burris HA 3rd. Improvements in survival and clinical benefit with gemcitabine as first-line therapy for patients with advanced pancreas cancer :a randomized trial.JClin Oncol.1997;15;2403-2413.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「膵がん」の解説

膵がん
すいがん
Pancreatic cancer
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 膵がんは、消化器がんのなかで最も予後不良のがんです。日本のがんにおける死因としては、男性では第5位、女性では第6位(平成18年人口動態統計)で、60歳以上(70代がピーク)の男性にやや多い傾向にあります。

 膵臓(すいぞう)は胃の裏側(背側)に位置し、十二指腸とくっついていて、脾臓(ひぞう)まで横に細長くなっている後腹膜(こうふくまく)の臓器です。ちょうど3等分して、右側(十二指腸側)を頭部、左側(脾臓側)を尾部(びぶ)、中央を体部と呼びます。

 予後不良の原因としては、後腹膜臓器であるために早期発見が困難であり、また極めて悪性度が高く、たとえば2㎝以下の小さながんであっても、すぐに周囲(血管、胆管、神経)への浸潤や、近くのリンパ節への転移、肝臓などへの遠隔転移を伴うことが多いからです。

 膵がんは、十二指腸への膵液の通り道膵管(すいかん))から発生したがんが90%以上を占め、ランゲルハンス島(膵島(すいとう))から発生したがんはまれです。3分の2以上は膵頭部に発生します。

原因は何か

 原因は明らかではありませんが、喫煙、慢性膵炎(まんせいすいえん)糖尿病、肥満との関係が報告されています。

症状の現れ方

 食欲不振、体重減少、腹痛(上腹部痛、腰背部痛)などの症状以外に、膵頭部がんでは、閉塞性黄疸(へいそくせいおうだん)、灰白色便(無胆汁性)が特徴のある症状です。

 肝臓で作られた胆汁は、胆管を通って十二指腸へ排出されますが、胆管は膵頭部のなかを走行するため、膵頭部にがんができると胆管を圧迫したり閉塞したりして、胆汁の通過障害を起こし、閉塞性黄疸が現れます。

 また、膵管も胆管と同様に閉塞して二次性膵炎を起こし、耐糖能異常すなわち糖尿病になったり悪化することがあります。さらに進行すると十二指腸や小腸に浸潤し、狭窄(きょうさく)・閉塞を来し通過障害が起こります。

 一方、膵体部や尾部に発生したがんは症状があまり現れず、腹痛が現れるまでにはかなり進行していることが少なくありません。

検査と診断

 早期診断は非常に困難です。血液検査では、閉塞性黄疸に伴う肝機能異常や、アミラーゼ値の異常、血糖異常が認められることが多くあります。

 腫瘍マーカーとしては、CA19­9、DUPAN2、SPAN1、CEAなどが異常(高値)を示します。しかし、ある程度の腫瘍サイズになるまでは産生量が少ないため、それほど高値にはならず、いずれも早期診断にはあまり役立ちません。

 スクリーニング検査(ふるい分け)としては、腹部超音波(エコー)、CT、磁気共鳴画像(MRI、MRCP)、内視鏡的逆行性膵管造影(ERCP)、内視鏡的超音波(EUS)、ポジトロン放射断層撮影(PET)などがあります。とくに閉塞性黄疸がある場合は、黄疸を減らす治療のために経皮経肝胆管ドレナージ(PTBD)、内視鏡的逆行性胆管ドレナージ(ERBD)をすることにより、診断も可能です。

 区別すべき病気としては、粘液産生(ねんえきさんせい)膵腫瘍(すいしゅよう)や黄疸の出現する病気(肝炎、胆石症胆管炎、胆管腫瘍、十二指腸乳頭部がん、腫瘤(しゅりゅう)形成性慢性膵炎自己免疫性膵炎など)があげられます。

治療の方法

 膵がんの根治を目指して、外科的切除術、放射線治療および化学療法(抗がん薬)が実施されています。現在、根治性が最も期待される治療は外科的切除術(膵頭十二指腸切除術や膵体尾部切除術)であり、可能なかぎり積極的に病巣だけでなく、その周囲も取り除く拡大手術が行われています。しかし、発見された時には、すでに進行していることが多く、切除可能なのは40%前後です。

 全切除後の5年生存率は10%ですが、ステージ別(がんの進行度を表す)では、表17のようになっています。いかに早期に発見して診断するかが、予後の改善につながります。

 切除が不能な場合は、放射線・化学療法を行う場合が多いのですが、生存中央値は4~6カ月です。膵がんに対して、2001年に塩酸ゲムシタビン(ジェムザール)、2006年にティーエスワンが保険適応承認されたため、これらの抗がん薬を用いた化学療法が行われています。

病気に気づいたらどうする

 病気に気づいた時には、すでに進行していることが多いので、好発年齢(60歳以上)を過ぎたら定期的な検診をすすめます。

 早期発見が何よりも大切なので、①40歳以上で胃腸や胆道系の病変がなく、上腹部のもたれや痛みがある人、②やせてきて背部痛・腰痛のある人、③中年以後に糖尿病が現れた人や、糖尿病のコントロールが難しくなった人は、できるだけ早期にスクリーニング検査を受けてください。

竹田 伸, 中尾 昭公


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

知恵蔵 「膵がん」の解説

膵がん

膵臓は、消化酵素と血糖調節ホルモン(インスリンなど)分泌の役割を持つ臓器で、膵がんの大部分は消化酵素を排出する管(膵管)にできる。最も治療成績の悪いがんで、危険因子はまだ分かっていない。膵臓の頭の部分にできた場合は、膵臓の中を走る胆管を閉鎖するため、最初に黄疸(おうだん)で異常に気がつくことが多い。尾部にできた膵がんは後ろの神経に浸潤するため、疼痛が初発症状として現れる。一般に、体重減少が著しい。治療としては手術でがんを摘出するが、症状が現れて発見された時には治癒が困難なことが多い。

(黒木登志夫 岐阜大学学長 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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