船場(読み)センバ

デジタル大辞泉 「船場」の意味・読み・例文・類語

せんば【船場】

大阪市中央区の商業地域。商社・銀行・問屋などが多く、大阪経済の中心地豊臣秀吉が大阪城下町経営のため商人を集めて形成。名は運河の船着き場の意から。

ふな‐ば【船場】

船着き場。

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精選版 日本国語大辞典 「船場」の意味・読み・例文・類語

せんば【船場】

[1] 大阪市中央区の地域名。北は土佐堀川、東は東横堀川、南は長堀川(現在は長堀通)、西は西横堀川(現在は阪神高速環状線高架下駐車場)に囲まれる。豊臣秀吉が城下町大坂の建設にさいして堺の商人たちを集めて開いた商業の中心地。大阪市の代表的な問屋街。本町通を境に南北に分かれ、北船場には証券会社の多い北浜、銀行の集まる今橋通、繊維問屋街の丼池(どぶいけ)筋などが含まれ、南船場には化粧品・小間物問屋街の南久宝寺(みなみきゅうほうじ)、心斎橋筋などが含まれる。
料理物語(1643)一二「せんばは 小鳥にても大鳥にても、だしにかげをすこしおとしてよし」

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日本歴史地名大系 「船場」の解説

船場
せんば

北は土佐堀とさぼり川、南は長堀ながほり(旧長堀川)、東は東横堀ひがしよこぼり川、西は阪神高速大阪環状線(旧西横堀川)に区画された地域をいう。江戸時代には、ほぼ北は土佐堀川、南は道頓堀どうとんぼり川、東は東横堀川、西は安治あじ川・木津きづ川に区画された地域を称した。元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では、中船場なかせんば(北は土佐堀川、南は長堀川、東は東横堀川、西は西横堀川)と外船場(西横堀川以西)という区分を用いているが、一般には用いられなかった。比田氏諸留写では北船場きたせんば・南船場・西船場の区分が用いられており、これが当時一般的で、町奉行所の触書にもこの区分が散見する。同書によると北船場は北は土佐堀川、南は北久宝寺きたきゆうほうじ(現東区)まで、東は東横堀川、西は西横堀川の範囲。南船場は北は南久宝寺町(現同上)以南、南はなが町九丁目(現浪速区)、東は東横堀川、西は西横堀川および横堀吉野屋よこぼりよしのや(現西区)から新大黒しんだいこく橋。西船場は北は中之島久保島なかのしまくぼしま(現北区)以南、南は道頓堀さいわい(現浪速区)、東は西横堀川、西は寺島てらじま町・富島とみしま町一―二丁目(現西区)安治川まで。

船場の開発は五次にわたる。第一次の開発は豊臣秀吉の大坂城と城下町(上町)の建設の時期で、天正一一年(一五八三)から慶長二年(一五九七)頃まで。この時期北船場の一部は大坂城下の外町として実質的に町場化しつつあったが、ほとんどの地域は農村地帯であった。第二次は慶長三―四年で、このとき北船場がほぼ開発され、大坂城下の一部になった。ただし、西端は同時期に成立した御堂みどう筋までで、その西側は村・上難波かみなんば(現東区)などの農村地帯。

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改訂新版 世界大百科事典 「船場」の意味・わかりやすい解説

船場 (せんば)

江戸時代の大坂三郷,さらに近・現代の大阪市における商業中心地の地名。北は土佐堀川,東は東横堀川,南は長堀川(現在は長堀通),西は西横堀川(現在は阪神高速環状線道路高架下)に限られた地域で,本町通を境に北船場と南船場に分けられた。北船場は大坂三郷の北組に属し,大阪市東区に含まれ,本町以南の南船場は南組で,南区に含まれていた。しかし現在はともに中央区に含まれている。また西横堀川以西,木津川までの地域を西船場(または下船場,外船場とも称する),東横堀川以東の上町(うえまち)の地域を東船場と呼ぶのに対し,当地域を中船場と呼ぶこともある。船場の名称の由来は大坂城下の船着場であったことに求めるのが一般的であるが,ほかに洗馬,戦場からくるとする説や,当時は海岸線が入り組んでいたことから千波,仙波が転訛したとする説,あるいは交易繁華の地を糶場(せりば)と呼び,せんばに転訛したとする説がある。

 1583年(天正11)豊臣秀吉は大坂築城と城下町の建設を行ったが,当時は上町台地の城を中心とした地域のみを大坂と称し,94年(文禄3)ごろ開削に着手(一説に1585年ごろ)した東横堀川以西は船場と呼んで区別したという。98年(慶長3)ごろには西横堀川も開削されて当地域が確定され,統一政権の城下町として繁栄した。1614年,15年(元和1)の大坂冬の陣・夏の陣では戦場となり,城方の放火で灰燼に帰した。15年以後,徳川政権の手で市街地の復興と整備がなされ,幕藩体制の全国経済の中央市場〈天下の台所〉大坂の中枢部として発展した。当時は大坂城と西の海港を結ぶ東西の道が基本で〈通り〉と呼ばれ,南北の〈筋〉と呼ばれる道は狭く,町屋は東西の通りに面した両側町であったが,当地域には23本の通り,13本の筋によって,元禄年間(1688-1704)には132町が形成されていた。その北部の北浜,今橋,尼崎町,高麗橋などの町には鴻池,加島屋,天王寺屋,平野屋,三井などの巨大両替商や呉服商が軒を並べ,金相場会所,俵物会所,銅座などもこの地に設けられた。また後には懐徳堂適塾も開かれて学問・文化の中心地でもあった。伏見町には唐物問屋,道修町(どしようまち)には薬種仲買,備後町・安土町には木綿太物問屋など同業問屋の集住する町も多く,全国各地や周辺農村から大坂に集荷される多様な商品を扱う問屋や仲買を中心に商業が発達し,また南船場には小売商人が多く集まるなど,商人の居住区となっていた。職人や雑業層もかなり存在し,大坂の町全体も工業都市的性格を少なからず有するにもかかわらず,商都のイメージが強いのは船場の性格に負うところが大きい。ここでは船場独自の商慣習や商人気質が生まれ,船場ことばが大坂弁の代表となった。

 近代・現代にいたってもビジネス街の性格が強く,北浜には証券取引所が設けられ,保険・金融機関や証券会社,商社などのビルが立ち並び,また本町には繊維関係の会社,丼池(どぶいけ)筋には繊維製品の現金問屋,南久宝寺町には小間物・雑貨の卸問屋が集中するなど,中部・南部は問屋街の性格が強い。1970年には船場の南部を東西に貫く阪神高速道路の高架下に長さ930m,延べ床面積16万7000m2の船場センタービルが設けられ,おもに繊維服飾関係の問屋が収容され,問屋街の近代化がはかられた。地域の交通体系は江戸時代と異なり,御堂筋,堺筋をメーンストリートとして南北の道筋が基本となり,地下鉄が普及したが,一方では職場と家庭の分離が進み,昼間人口の膨大さに比し夜間人口の少ない地域となり,生活の場としての船場の性格は薄れつつある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「船場」の意味・わかりやすい解説

船場
せんば

大阪市中央区の北西部一帯の商業地域。北は土佐堀川、南は長堀(埋立て。国道308号)、東は東横堀、西は埋立てられた西横堀(ともに高速道路高架下)に囲まれた地域。豊臣秀吉(とよとみひでよし)が大坂城下町経営のおり、商人たちを集めて形成した町筋。江戸時代に「天下相場の元方(もとかた)」「諸国の賄所(まかないどころ)」として商業の中心になった。現在もその伝統を継承、両替屋の多かった北浜は証券・商社街、今橋および高麗橋(こうらいばし)通りは銀行街、道修町(どしょうまち)は薬の町、丼池(どぶいけ)・本町・唐物(からもの)町は繊維関係の町、南久宝寺(みなみきゅうほうじ)町は小間物・化粧品店が多い。中央大通りの高架下に整備された船場センタービルなど立体的土地利用から高層ビルの林立をみる。

[樋口節夫]


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百科事典マイペディア 「船場」の意味・わかりやすい解説

船場【せんば】

大阪市中央区北西部にある江戸時代からの商業地。北を土佐堀川,東を東横堀川,西と南を現在は埋め立てられている西横堀川と長堀川に囲まれ,豊臣秀吉が町屋として開発し堺の商人を集めて以後発展。各種問屋街が集中する大阪経済の一中心。証券街の北浜,薬種問屋街の道修(どしょう)町,繊維問屋街の丼池(どぶいけ)筋がある。
→関連項目大阪[市]細雪島之内中央[区]妙知焼横堀川

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「船場」の意味・わかりやすい解説

船場
せんば

大阪市中央区西側にある商業地区。北は土佐堀 (とさぼり) 川,南は長堀 (埋立て) ,東は東横堀,西は西横堀 (埋立て) に囲まれる。近世,大坂城下町の形成に際し開発された町家の地で,伝統的な問屋街が多く,現在も大阪経済の中心地をなす。北浜の証券街,今橋通の銀行街,道修 (どしょう) 町の薬種街,本町,丼池 (どぶいけ) 筋などの繊維街,南久宝寺町の化粧品・小間物街などが知られる。御堂筋,堺筋はオフィス街。近年,船場の再開発が進められ,道路の拡幅,船場センタービルの建設,繊維問屋の一部郊外移転などが行われた。

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日本の企業がわかる事典2014-2015 「船場」の解説

船場

正式社名「株式会社船場」。英文社名「SEMBA CORPORATION」。サービス業。昭和22年(1947)創業。同37年(1962)設立。本社は東京都港区芝浦。商業施設設計・施工会社。ショッピングセンター・百貨店・飲食店など商空間の企画・設計・施工を手がける。業界最大手。アジアを中心に海外現地法人も展開。

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普及版 字通 「船場」の読み・字形・画数・意味

【船場】せんじよう

舟着場。

字通「船」の項目を見る

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