精選版 日本国語大辞典 「花井卓蔵」の意味・読み・例文・類語
はない‐たくぞう【花井卓蔵】
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法学者。弁護士、政治家でもあった。慶応(けいおう)4年広島藩士立原四郎右衛門の四男として三原に生まれ、花井家の養子となる。1888年(明治21)英吉利(イギリス)法律学校(現中央大学)を卒業後、1890年に代言人(弁護士)試験に合格し、星亨(ほしとおる)暗殺事件、足尾銅山争議、大逆事件などで刑事弁護士として活躍した。東京弁護士会会長を務め、1898年には衆議院議員に当選し、同院の副議長にもなり、その後、貴族院議員に勅選された。この間、普通選挙の実現をはじめ、刑法・刑事訴訟法の改正、陪審法制定などにおいて活躍した。著書として、シーメンス事件など重要事件の弁論を集めた『訟廷論草』(1930~1931)のほか、『刑法俗論』(1912)、『自救権論』(1917)などがある。昭和6年自宅でガス中毒により死亡した。
[名和鐵郎]
『大木源二編著『花井卓蔵全伝』上下(1997・大空社)』
弁護士,政治家。広島藩士立原四郎右衛門の四男として生まれ,のち花井家を継ぐ。英吉利法律学校,東京法学院(現,中央大学)を卒業後,代言人試験に合格し開業,とくに星亨暗殺事件(1901),日糖事件(1909),大逆事件(1910),シーメンス事件(1914)など刑事裁判の弁護で名声を博した。1898年以来,代議士に当選7回,憲政本党,猶興会,又新(ゆうしん)会などに所属,院内進歩派として活躍,とくに明治末年には普選運動に尽力した。1915年衆議院副議長に推され,23年には貴族院議員に勅選された。この間,法学博士となり,東京弁護士会の議長,会長を歴任し,1922年脱会し,23年原嘉道らと第一東京弁護士会を結成した。また臨時法制審議会委員,陪審法取調委員として刑法,刑事訴訟法などの起草に当たった。著書は《刑法俗論》《訟廷論草》ほか多数。
執筆者:宇野 俊一
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(長尾龍一)
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