葵上(読み)あおいのうえ

精選版 日本国語大辞典 「葵上」の意味・読み・例文・類語

あおい‐の‐うえ あふひのうへ【葵上】

[一] 「源氏物語」に出てくる女性。主人公光源氏の正妻。左大臣の娘、母は大宮。源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊のために苦しめられ、夕霧を産んだ後、急死する。
[二] 謡曲。四番目物。各流。近江系の古作を世阿彌が改作したものか。「源氏物語」による。六条御息所の生霊が、葵上を責めさいなむが、横川(よかわ)の小聖(こひじり)に祈り伏せられる。
[三] 浄瑠璃。宇治加賀掾正本。天和~元祿三年(一六八一‐九〇)ごろ刊か。五段。時代物。近松門左衛門作と推定。謡曲「葵の上」による。
[四] 箏曲。山田流の奥許物。文化年間(一八〇四‐一八)、流祖山田検校の作曲。山田流第一の大曲。謡曲の一節による。生田流にもある。地唄、長唄、河東節、一中節にも同名の作品がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「葵上」の意味・わかりやすい解説

葵上 (あおいのうえ)

(1)能の曲名 四番目物。世阿弥以前の作。シテは六条御息所(ろくじようのみやすどころ)の生き霊。光源氏の正妻葵上は病床にある。病因を知るために巫女みこ)(ツレ)に梓(あずさ)の法を行わせると,梓の弓の音に引かれて貴婦人前ジテ)が現れる。名を尋ねると六条御息所の怨霊(おんりよう)と名のり,恨みごとを述べたてる。御息所は,皇太子妃として花やかな宮廷生活を送った身だったが,夫に先立たれた。その後光源氏と親しくなったが,近ごろでは仲が遠ざかり,顧みる人さえなくなったのが恨めしいとかきくどき,光源氏の愛を奪った葵上をののしる。なおも高まる悔しさに,御息所の霊は葵上の枕元に寄って来て打ちたたきなどするが,のろいを残して姿を消す(〈枕ノ段〉)。呼び迎えた横川小聖(よかわのこひじり)(ワキ)が祈禱を行うと,霊(後ジテ)は恐ろしい形相に変わって再び姿を現し,小聖に立ち向かうが,ついに祈り伏せられる(〈イノリ〉)。枕ノ段とイノリが中心。なお葵上の役は登場せず,舞台に横たえた小袖でその寝姿を象徴する。
執筆者:(2)地歌およびそれを地とする舞 木の本屋巴遊作曲か。三下り歌い物。京都の箏の手付の古いものは河原崎検校による。(1)のクドキから段歌(枕ノ段)までに基づき,途中に三味線歌としてのクドキ風の挿入部分がある。井上流は初世井上八千代振付,2世補作か。山村流は初世山村友五郎振付。着流しと衣装付きとある。(3)山田流箏曲 山田検校作曲。奥歌曲四つものの一つ。(1)のシテの出の一声から段歌までを取る。(4)河東(かとう)節 1858年(安政5)9世十寸見(ますみ)河東,5世山彦河良らによって初演。如童作詞(亀岳代作)。なお,一中節(1894年,3世宇治紫文作曲),長唄(1905年,幸堂得知作詞,4世吉住小三郎・3世杵屋(きねや)六四郎作曲)などがある。また同名の戯曲には榎本虎彦作(1907),岡鬼太郎作(《源氏物語・葵の巻》1930),三島由紀夫作(1955)がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「葵上」の意味・わかりやすい解説

葵上
あおいのうえ

能の曲目。四番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)の伝書『申楽談儀(さるがくだんぎ)』にも記載があり、近江(おうみ)猿楽系の古作を世阿弥が改作した曲。出典は『源氏物語』の「葵」の巻。高貴な女性の心理の深層に潜む嫉妬(しっと)の恐ろしさを、みごとな詞章、作曲と、華麗な演出の妙で見せる名作。物の怪(もののけ)に苦しむ葵上(光源氏の正妻)は、舞台先に延べた1枚の小袖(こそで)で表現する。臣下の者が巫女(みこ)(ツレ)を呼び出して、たたっている者の正体を現す呪法(じゅほう)を命じる。六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊(いきりょう)(前シテ)が登場。昨日の花は今日の夢となった元皇太子妃の華やかな生活との別離、光源氏の愛の衰えを嘆き、興奮に身をゆだねて葵上を打ち据え、賀茂の祭で葵上から屈辱を受けたその破れ車に乗せて連れ去ろうとする。病状の急変に横川小聖(よかわのこひじり)(ワキ)が招かれ、祈り始めると、鬼形(きぎょう)となった生霊(後シテ)が現れ、法力と争い、葵上を取り殺そうとするが、ついに屈服し、恨みの心を捨てて終わる。『葵上』は海外公演も含め上演頻度最高の能で、山田流箏曲(そうきょく)など邦楽や舞踊、戯曲など後世への影響が大きい。三島由紀夫の『近代能楽集』の題材ともなった。

[増田正造]

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百科事典マイペディア 「葵上」の意味・わかりやすい解説

葵上【あおいのうえ】

(1)能の曲目。四番目物。怨霊(おんりょう)物。五流現行。六条の御息所(みやすどころ)の嫉妬(しっと)の生霊(いきりょう)が,ライバルの葵上(光源氏の正妻。1枚の小袖(こそで)で病臥の態を表現)を苦しめ,鬼形と変じて法力と抗争する。人間の潜在意識の恐ろしさを描いた名作。世阿弥の改作。詞章,演出ともにすぐれ,しばしば上演される。(2)(1)に取材した地歌・山田流箏曲・河東節・一中節・長唄の曲名。〈葵の上〉の表記が多い。地歌は,上方舞の舞地にも。箏曲は,1809年以前に山田検校作曲。流祖作品中,最も位の重い奥の四曲(よつもの)の一。その影響下に河東節・一中節が成立。河東節以下は,幕末から明治期の作。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「葵上」の解説

葵上 あおいのうえ

「源氏物語」に登場する女性。
左大臣の長女。母は桐壺帝の妹大宮。4歳年下の光源氏と結婚するが,源氏にうとまれる。26歳のとき男子夕霧を出産直後,源氏の愛人のひとり六条御息所(みやすどころ)の物の怪になやまされ,息をひきとる。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「葵上」の解説

葵上
あおいのうえ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
作者
榎本虎彦
初演
明治40.10(東京・歌舞伎座)

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