藤原宗弘(読み)ふじわらのむねひろ

朝日日本歴史人物事典 「藤原宗弘」の解説

藤原宗弘

生年生没年不詳
平安後期の宮廷絵師保延1(1135)年,鳥羽殿地形を図する(『長秋記』)。翌2年供養の奈良内山永久寺真言堂の東西障子絵を描く(『内山之記』『内山置文』)。元暦1(1184)年,後鳥羽天皇大嘗会に当たり,主基方(西方)絵所の作絵の絵師に定められる(『山槐記』)。鳥羽院,後白河院に仕えた当代一流の絵師のひとりとみられる。永久寺東西障子絵「密教両部大経感得図」(藤田美術館蔵)が現存する。<参考文献>柳沢孝「大和永久寺真言堂障子絵と藤田本密教両部大経感得図」(『美術研究』224号)

(長谷川稔子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原宗弘」の解説

藤原宗弘 ふじわらの-むねひろ

?-? 平安時代後期の画家
鳥羽(とば)院,後白河院につかえる。保延(ほうえん)元年(1135)鳥羽殿の地形を図絵にし,翌年大和(奈良県)内山永久寺真言堂の東西障子絵「密教両部大経感得図」(藤田美術館蔵)をえがく。元暦(げんりゃく)元年(1184)後鳥羽天皇の大嘗会(だいじょうえ)には主基(すき)屏風(びょうぶ)の作絵(つくりえ)を担当している。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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