蘇生法(読み)そせいほう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「蘇生法」の意味・わかりやすい解説

蘇生法
そせいほう

心停止、呼吸停止に陥った患者を救命するための手技をいい、正しくは心肺蘇生法cardio-pulmonary resuscitation(略してCPR)という。心肺蘇生法は、なんらの器材も必要としない一次救命処置と、病院等で施行され、種々の器材、薬剤を用いて行われる二次救命処置に分類される。

 一次救命処置には、気道の確保airway、人工呼吸breathing、心マッサージ(心臓マッサージ)cardiac massageがあり、それぞれの頭文字をとって「救命処置のABC」とよばれる。最近ではAED(自動体外式除細動器)の普及により、除細動defibrillationも一次救命処置に含まれるようになり、「ABC+D」とよばれている。以下、一般の人が応用しうるように解説する。

[片岡敏樹]

A・気道の確保

気道とは鼻腔(びくう)、口腔咽喉(いんこう)頭、気管、気管支等の肺までの空気の通り道をさすが、心停止、呼吸停止状態になると、舌の筋緊張が低下して咽頭部に落ち込み、気道の閉塞(へいそく)が発生する。気道の閉塞がおこるのは、心停止、呼吸停止の状態だけに限らず、頭部外傷脳卒中等で意識障害のある場合にもみられることが多い。また、嘔吐(おうと)物、異物等により気道の閉塞がおこってくることもある。気道確保の手技としては、まず口腔内に嘔吐物等の異物がないかどうかを確認し、異物がある場合は以下の四つの方法で除去する。

(1)液状物のときは、側臥位横向き)とし、指で口角を下に引き下げて流出させる。

(2)固形物のときは、指を交差させて口を開き、指先などでかき出す。

(3)右手のこぶしを上腹部に当て、左手は右手を強く握る。この姿勢から手前上方に引き締めて異物を押し出す(患者が座位のときは、しゃがんで同じ動作を行う)。

(4)乳幼児のときは、腕にまたがらせて、背中をたたく。

異物の除去が済んだら、一方の手で首を下から持ち上げ、反対の手を前額に当てて頭を押し下げて頭部を後屈する(頭部後屈法)。この方法で気道の開通がみられない場合は、親指を口腔内に挿入し、下顎(かがく)を持ち上げるようにしたり、下顎を挙上させる方法を試みる(下顎挙上法)。

 このほか、医療機関においては気道確保の方法として、エアウェイ(気道確保用の管)を用いたり、気管内にチューブを挿入する方法がとられる。気道の確保ができれば、呼吸の有無を確認し、呼吸が停止している場合は、次に述べる人工呼吸が必要となる。

[片岡敏樹]

B・人工呼吸

一次救命処置としての人工呼吸法には、「呼気吹き込み法」と「用手人工呼吸法」がある。

(1)呼気吹き込み法 術者の呼気を患者の肺内に吹き込むもので、現在もっとも推奨されている。とりわけよく用いられるのが「口対口人工呼吸法」である。この方法は、まず頭部後屈法にて気道を確保しつつ、前額に置いた手の親指と人差し指で鼻をつまむ。ついで術者は深く吸気を行ったあと、患者の口を覆うように自分の口を当て、患者の胸を見ながら軽く膨らむ程度に呼気を吹き込む。その後、口を離せば、呼気は胸郭の弾性によって自然に行われる。なお、頭部後屈法では気道の確保が不十分で、人工呼吸が思うようにできない場合は、下顎挙上法で気道の確保をしながら人工呼吸を行う。このほか、患者の口を閉じて、鼻より人工呼吸を行う「口対鼻人工呼吸法」や、乳幼児に対して行う「口対口・鼻人工呼吸法」(口も鼻も同時に覆って行う方法)などがある。

(2)用手人工呼吸法 術者が手を用いて患者の胸部等に圧を加え、吸気、呼気をおこさせるものであり、「シルベスター法」「アイブイ法」等、従来から広く行われてきたが、現在では効果が不十分であるということから、顔面外傷、毒物による中毒等で呼気吹き込み法が不可能なときにのみ行われる。

 なお、救急隊や医療機関では、マスクとバッグを使用して行う人工呼吸や、麻酔器、人工呼吸器を使用しての人工呼吸が行われる。

[片岡敏樹]

C・心マッサージ

心マッサージには「胸骨圧迫式心マッサージ」と「開胸式心マッサージ」がある。胸骨圧迫式心マッサージとは、胸骨を脊柱(せきちゅう)に向かって3~5センチメートル押し下げることによって心臓を圧迫し、血液の拍出を得るもので、通常、心マッサージといえばこの方法をさす。開胸式心マッサージは、手術によって心臓を直接両手で挟み込むようにして圧迫する方法で、開胸術等の手術中に心停止が発生したときに行われる。

 心停止の確認は、頸(けい)動脈、股(こ)動脈の拍動が認められないこと、瞳孔(どうこう)が散大していることによってなされる。ただし一般の人の場合は呼吸の有無、咳、体を動かすなどの「循環のサイン」(心臓が動いているかどうか)の確認を行い、いずれの反応もない場合には、ただちに心マッサージを開始する。もし心停止が目の前でおこったような場合には、胸骨中央部を20~30センチメートル上方から握りこぶしでたたいてみる(前胸部叩打(こうだ)法)。心マッサージを行う際には、患者は床の上に寝かすか、背中の下に十分な幅をもった板を敷き込むことが必要で、ふとんや柔らかいマットレスの上では効果が半減する。片手の手のひらを胸骨の下3分の1の部分に当て、もう一方の手はその上に重ねるようにし、直下方向に3~5センチメートルほど圧迫する。圧迫後は、胸壁から手のひらを離すことなく力を抜く。これを1分間に100回くらいの速さで行う。小児では片手で、幼児では2本の指先で毎分100~120回の速さで行う。

 心マッサージを行う際には、可能な限り人工呼吸を併用する。人工呼吸を2回行ったあとに心マッサージを30回行い、これを繰り返す。また、心マッサージは正しく施行しないと肋骨(ろっこつ)骨折、胸骨骨折、肝破裂等の合併症をきたすことがあるので、できうる限り早く医療関係者、救急隊員、および蘇生法の訓練を受けた人に引き継ぐことが望ましい。最近では人工呼吸なしで心マッサージのみを行う蘇生法でも効果はあるとされており、人工呼吸が行えない状況下でも、心マッサージは継続して行うべきとされている。

[片岡敏樹]

D・除細動

心停止とは心臓から血液の拍出のない状態をさすが、この状態には心臓にまったく電気的活動がない心静止とよばれる状態と、心室に不規則な電気的活動のある心室細動とよばれる状態がある。後者の場合は心臓に電気刺激を与えると正常調律に戻ることがあり、この操作を電気的除細動とよぶ。

 最近は自動的に心静止か心室細動かを判断し、除細動を行ってくれるAED(自動体外式除細動器)がいろいろな場所に設置されてきている。AEDは音声で指示を与えるようになっており、医学的知識がなくても使用できるが、できれば講習会を受講しておくことが望ましい。講習会は医師会、日本赤十字社、消防署などで行われている。

 以上の手技が蘇生法のABC+Dとよばれるものであるが、その手順と配慮についてまとめてみる。

(1)気道の確保を行う。119番に連絡を依頼、近くにAEDがあるかどうかを確認する。

(2)呼吸の有無を確認し、呼吸停止の状態であれば呼気吹き込み法によって人工呼吸を行う。

(3)応援を依頼する。時刻を確認する。

(4)頸動脈の拍動、瞳孔の状態を調べる、あるいは「循環のサイン」を確認する。

(5)心停止の状態であれば、人工呼吸を継続しつつ心マッサージを開始する。

(6)AEDが到着すれば装着し、音声指示に従って、必要ならば除細動を行う。

 以上のことを行い、救急隊が到着すれば救急隊員に蘇生法を引き継ぎ、ただちに医療機関へ搬送する。医療機関においては、さらに高度な心肺蘇生法である二次救命処置が行われる。二次救命処置は、気管内挿管、酸素を用いた人工呼吸、心マッサージを行いつつ、各種薬剤の投与、心室細動に対する除細動が行われ、心拍動の再開が得られた場合は厳重な監視のもとに、心停止再発の防止、循環不全・呼吸不全・腎(じん)不全等の防止および治療、脳機能の回復のための治療が行われる。

[片岡敏樹]

『日本救急医療財団・日本救急医療財団編『救急蘇生法の指針 市民用』改訂第3版(2006・へるす出版)』『日本救急医療財団・日本救急医療財団編『救急蘇生法の指針 医療従事者用』(2007・へるす出版)』『村上美好・松月みどり著『写真でわかる急変時の看護 心肺蘇生法を中心に――処置の流れとポイントを徹底理解』改訂第2版(2007・インターメディカ)』『太田祥一編著『スポーツファーストエイドマニュアル――ケガの応急処置から蘇生法の実際』(2007・文光堂)』『小濱啓次著『心肺(救急)蘇生法の実際――心停止、呼吸停止における緊急処置』改訂第6版(2008・へるす出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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