裾野市(読み)スソノシ

デジタル大辞泉 「裾野市」の意味・読み・例文・類語

すその‐し【裾野市】

裾野

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本歴史地名大系 「裾野市」の解説

裾野市
すそのし

面積:一四〇・三七平方キロ(境界未定)

県の東部に位置する。市域は東を箱根はこね外輪山分水嶺、西を愛鷹あしたか山から富士山に至る山嶺で画され、その中央を黄瀬きせ川が南に流れ下っている。東は箱根外輪山を境に神奈川県足柄下あしがらしも郡箱根町、南は三島市・駿東すんとう長泉ながいずみ町と、西は愛鷹山越前えちぜん岳・位牌いはい岳などで富士市と、北は大野おおの原の原野を介し御殿場市と接する。山岳部が富士箱根伊豆国立公園に指定される。市域では晴れた日に西に向かえば、富士山のなだらかな裾野を一望することができ、一方、東方もゆるやかな箱根外輪山の山並が北から南に連なって美しい。富士・愛鷹・箱根の三つの山裾の重なった地域であることが市名の由来である。なお最も低い部分は黄瀬川谷筋の標高七八・五メートルで、最高部は富士山腹の須山すやまで、標高二一六九メートルに達する。黄瀬川には深良ふから川・佐野さの川などが流れ込んでいる。また茶畑ちやばたけから麦塚むぎつかの東の端を流れる大場だいば川は、かつては駿河国と伊豆国の境をなし、さかい川ともよばれている。古代の東海道足柄路(中世には御厨道とも)、近世の御殿場道(甲州道とも)はすべて黄瀬川に沿っていた。現在も黄瀬川の東をJR御殿場線が、西側を国道二四六号が通っている。東名高速道路は裾野インターチェンジ辺りで国道二四六号と離れ、さらに西の山裾を縫って長泉町南一色みなみいしきに抜ける。市域北部に岩波いわなみ駅、中央南寄りに裾野駅と御殿場線の二つの駅があるが、主要商店街は裾野駅とその西側の市役所との間の道路沿いに形成されている。

〔原始〕

縄文時代遺跡は箱根側と愛鷹側合せて三〇ヵ所余りが確認されているが、それぞれ規模も小さく、際だったものはみられない。そのなかで愛鷹山麓側の遺跡から、県内では稀少遺物とされる土偶をはじめ、翡翠のペンダント、手焙形土器、七〇センチにも達する大型土器などが発見されている。とくに大型の土器の中に翡翠の玉が入れられていたようで、願事を託したり、あるいは悪霊からムラを護るために翡翠を土器に封じ込めたとも考えられている。こうした祭祀・信仰にかかわると思える遺跡の存在が市域の縄文時代を特徴付けていると考えられる。ところで黄瀬川の川筋は一万年ほど以前に富士山の溶岩流が流れた跡であり、弥生時代の初期には富士山の噴出物などによる泥流の流れ込んだところでもある。おそらくそれが理由の一つとなって、この地域には弥生時代の遺跡が残されることはきわめて少なかったと考えられる。またそのこととかかわると思えるが、古墳の造られることもきわめてまれであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「裾野市」の意味・わかりやすい解説

裾野〔市〕
すその

静岡県東部,富士山の南東麓にある市。 1971年市制。富士山 (3776m) ,箱根山 (1438m) ,愛鷹山 (1187m) と3方を山に囲まれ,南流する黄瀬川沿いに集落が発達。寛文 10 (1670) 年芦ノ湖の湖水を引く深良用水 (→箱根用水 ) の完成で,灌漑用水に恵まれ米作地域となった。東海道本線が通っていた当時は,物資の集散地として発展したが,1934年丹那トンネルの開通により一時衰微,しかし 64年東駿河湾地区の工業整備特別地域の指定を受けてからは,自動車部品,アルミ製品,金属・機械関連の工場が進出し,工業が発達。富士芝は特産。五竜の滝,旧植松家住宅 (重要文化財) ,十里木高原などがあり,富士サファリパーク,日本ランドなどのレジャーランド,ゴルフ場が多い。黄瀬川に沿って JR御殿場線,国道 246号線が通じ,東名高速道路のインターチェンジがある。面積 138.12km2。人口 5万911(2020)。

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