観世元忠(読み)かんぜ もとただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「観世元忠」の解説

観世元忠 かんぜ-もとただ

1509-1584* 戦国-織豊時代の能役者シテ方。
永正(えいしょう)6年生まれ。観世元広の3男。大永(たいえい)2年宗家7代をつぐ。後見役の観世長俊の指導をうけた。室町幕府衰退とともに遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松におもむき,徳川家康の保護をうける。永禄(えいろく)9年ごろ隠居し宗節を名のる。世阿弥(ぜあみ)伝書や謡本をおおく書写してつたえた。天正(てんしょう)11年12月5日死去。75歳。通称は左近。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android