解熱鎮痛薬(読み)げねつちんつうやく(英語表記)antipyretic-analgesic

改訂新版 世界大百科事典 「解熱鎮痛薬」の意味・わかりやすい解説

解熱鎮痛薬 (げねつちんつうやく)
antipyretic-analgesic

鎮痛解熱薬analgesic-antipyretic,熱冷ましともいわれ,薬理作用として解熱作用と鎮痛作用とを兼ね備えた薬物群である。

 化学的にはさまざまな系統の化合物があるが,歴史的にみて最も古くから使われた薬物としては,17世紀にヨーロッパに伝えられた南アメリカ産の植物キナの樹皮キナ皮をあげることができる。キナ皮は,アルカロイドに属する化合物キニーネを有効主成分として含有する生薬である。一方,サリチルアルコールの配糖体サリシンを含むヤナギの樹皮もまた,古くから世界各地で使われた歴史的な解熱鎮痛性薬物であった。後者は後にサリチル酸系統の薬物に発展し,なかでも19世紀末に医療の場に導入されたアセチルサリチル酸は,もともとはドイツの一会社の商品名であったアスピリンの名で知られ,最も普及した解熱鎮痛薬として今日でも広く使用されている。医薬の研究に近代科学の手法が導入された19世紀以降,サリチル酸系の薬物のほかにアニリン系,ピラゾロン系などの化合物が有力な解熱鎮痛薬として発見されたが,それらのなかには,その後今日までの間に発生頻度は少ないものの副作用の面で問題があることが注目され,アセトアニリド(アニリン系)やアミノピリン(ピラゾロン系)のように,かつては広く使われたものの今では使用されなくなったものもある。さらに1960年代に入ると抗炎症薬の開発研究が盛んとなり,作用機構からみてアスピリンと同じタイプに属し,そしてアスピリンよりも強力な抗炎症薬が数多く発見されて実用化された。これらの抗炎症薬はアスピリンも含めて解熱・鎮痛・抗炎症の作用をもつ薬物として認識されている。

キニーネは本質的には抗マラリア薬であるが,中枢神経系に作用して,あまり強くはないが解熱・鎮痛の効果を発揮するので,比較的最近まで解熱の目的で実用に供されてきた。しかしキニーネの解熱作用に対する信頼感は,多分に激烈な発熱性疾患であるマラリアに対する特効薬的な効果に由来するものであったし,一方では副作用が比較的に多彩な面もあるので,今日では単純な解熱の目的ではあまり使われなくなっている。

1981年度のノーベル生理・医学賞を受けたイギリスの薬理学者ベインJohn R.Vaneの提唱(1971)に従って,アスピリンおよびアスピリンと同じようなメカニズムにより解熱・鎮痛・抗炎症作用を発揮するとみなされる薬物群をアスピリン様薬物という総称で呼ぶようになってきた。この部類に属する薬物を化学構造からみると実に多彩であるが,これらはすべてシクロオキシゲナーゼという酵素を阻害し,プロスタグランジン・トロンボキサン類の生合成を抑制することにより,本質的に共通の薬理作用を発現するという考えが支配的となっている。解熱作用に関していえば,それは中枢神経系の体温調節中枢に作用するプロスタグランジンの生合成を抑えるためである。すなわち病的な原因のもとに,過剰に生成したプロスタグランジンの作用を受けて高すぎる調節点にセットされていた体温調節中枢のセットポイントを,プロスタグランジン生合成の抑制によって正常レベルに引き戻すことにより,解熱作用を発揮するものと考えられている。一方,鎮痛作用は解熱作用とは異なり中枢性の作用ではなく,末梢の炎症局所でのプロスタグランジン生成の抑制によりもたらされる。すなわち,プロスタグランジンは普通では痛みとは感じないような軽い刺激を痛みとして感ずる状態(痛覚過敏の状態)を引き起こす作用がある。このような作用をもつプロスタグランジンの生合成を抑制すれば,炎症痛を和らげることができる。アスピリンのほか,この系統に属する薬物としては,インドメタシンイブプロフェンなど多数が実用化されている。アスピリン様薬物は,炎症痛を抑えるという意味のほかに,炎症性の浮腫を抑えるという意味から抗炎症薬の定義に適合する薬物である。副作用としては消化管障害が比較的重要である。

アニリン系の化合物に属するフェナセチンアセトアミノフェン,ピラゾロン系の化合物であるアンチピリンなども,作用形式からみて広い意味でのアスピリン様薬物の系列に入るものといえるが,解熱鎮痛作用に比べると抗炎症作用をもたないか,あるいは抗炎症作用が弱い点で異なっている。このような作用形式上の若干の違いの理由としては,組織,器官によってシクロオキシゲナーゼの阻害のされ方が違うためであろうと考えられるような実験結果も報告されている。アンチピリンは,人によっては副作用として,いわゆるピリン疹の名で知られる特有の発疹を皮膚に生ずることがある。アスピリンもピリンという名称をもち,ときに副作用として皮膚症状を引き起こすことがあるが,ピリン疹とは別のものである。
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六訂版 家庭医学大全科 「解熱鎮痛薬」の解説

解熱鎮痛薬
げねつちんつうやく
Antipyretic and analgesic drug
(中毒と環境因子による病気)

 体温を調節する脳の中枢に作用して熱を下げ、同様に多くは痛みを鎮める作用をもっています。アスピリン、非ステロイド性消炎薬、アセトアミノフェンなどの中毒がしばしばみられます。

①アスピリン中毒

 成人の経口最小中毒量は8~10g、致死量は20~30gとされています。低用量では胃腸障害(胃炎、胃腸管出血)、少し量が多いと嘔吐、耳の聞こえが悪くなる、耳鳴り、中毒量ではけいれん腎不全などがみられます(図4)。診断には、血中アスピリン濃度の測定が有用です。治療には胃洗浄、催吐(さいと)、尿のアルカリ化(排泄が容易になります)、血液透析(とうせき)、強制利尿(りにょう)などの方法が用いられます。

 人によっては少量で喘息(ぜんそく)を起こします(アスピリン喘息)。

②非ステロイド性消炎薬

 現在、極めて多くの薬が用いられています。アスピリンとほぼ同様の中毒症状がみられますが、とくに胃腸出血、肝障害、腎障害、けいれんが注目されています。高齢者では胃出血、腎不全を起こすことが多く、要注意です。

③アセトアミノフェン中毒

 よく効く解熱剤として、総合感冒薬に入っています。量が多いと肝臓解毒に用いられるグルタチオン枯渇(こかつ)し、肝臓が壊死を起こして中毒になります。

 まず悪心(おしん)(吐き気)、嘔吐、発汗、全身倦怠感(けんたいかん)が現れ、肝機能検査値が異常になり、やがて黄疸(おうだん)、意識障害が現れます。服用後24~48時間で症状がいったん軽くなることもありますが、やがて悪化するので判断を誤らないように注意します。中毒量は小児で150㎎/㎏程度、大人で200㎎/㎏程度とされています。特殊な解毒薬にN­アセチルシステインがあります。

 自分勝手にかぜ薬(1包または1錠中、アセトアミノフェンが40~480㎎含まれている)を多種類、または多量に、長期間服用するのは極めて危険です。


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

世界大百科事典(旧版)内の解熱鎮痛薬の言及

【風邪薬】より

…抗ヒスタミン薬のほとんどは中枢神経系に作用して眠気や倦怠感などの副作用を現すので,風邪薬服用時の乗物の運転などには注意を要する。
解熱鎮痛薬
 視床下部の体温調節中枢に作用して異常に上昇した体温を下げるほか,鎮痛および抗炎症作用を示す。各種の解熱鎮痛薬が配合可能であるが,発疹その他の副作用を示すものが多い。…

【鎮痛薬】より

…痛みを抑制する薬剤。痛みには,たとえば頭痛,腹痛,筋肉痛あるいは外傷痛などのように,その発生部位や原因によって種々のものがあり,したがって痛みを鎮める薬物も多種のものがある。しかしながら,薬理学的に鎮痛薬といえば,中枢神経系に作用して,通常の用量で特異的に痛みだけを抑制する薬物をいい,たとえば,麻酔薬のように意識全般の消失によって痛みを感受させないものや,消化管の痙攣(けいれん)による痛みに対して,末梢的に作用する鎮痙薬などは含めない。…

※「解熱鎮痛薬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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