証明責任(読み)しょうめいせきにん

改訂新版 世界大百科事典 「証明責任」の意味・わかりやすい解説

証明責任 (しょうめいせきにん)

裁判前提となる事実について,証拠調べが行われたが,その事実があったかなかったかがわからない場合(真偽不明という)に,裁判を拒否することはできないので,これを可能にするためのルール,およびそのことによって当事者がうける敗訴の危険・不利益を証明責任という。従来は,この危険を避けるための当事者の立証活動に着目して,挙証責任または立証責任という言葉が使用されていたが,現在では真偽不明という結果に着目した証明責任という言葉が多く使われている。たとえばAがBに金を貸したが返さないのでこれを支払えとBを訴えた場合,金を貸したかどうか明らかでない場合は,この事実がなかったように取り扱われAは敗訴となる。金を貸したことは明らかだが,それを返済したかどうか不明に終わった場合は,返済がなかったように扱われてBの敗訴となる。真偽不明の状態は,裁判の実務ではあまり生じないが,裁判官も人間であり,その認識能力に限度があるし,提出される証拠にも限りがあるので,避けがたい現象である。そこで民事訴訟法学では,当事者のうちのどちらがこの責任を負担するかについて,はげしく争われている。権利根拠事由(たとえば〈金を貸した〉),権利障害事由(たとえば〈錯誤により無効〉),権利滅却事由(たとえば〈返済した〉)を主張する利益と責任(主張責任という)のある者は,その主張事実につき証明責任があるとする説(規範説または法律要件分類説),証拠に近い者,証明しやすい者,異常なことを主張する者こそ証明責任を負担すべきだとする説(新説または反規範説)がある。

 新説はそのように考えないと公平に反するといい,規範説はそれでは法的安定性を害すると反論する。現在では規範説も新説の実質的公平の考え方を取り入れている。さらに,当事者の立証活動に着目した行為責任的な証明責任を考えるべきだとする説も登場している。複雑な事件になると,証明責任の分配いかんが,裁判の勝敗に大きく影響する。

 刑事裁判においても,公訴事実があったかどうか不明な場合がある。たとえば,ある人を被告人が殺したかどうか疑わしい場合には,被告人は無罪とされる。このことは,裁判の前提となる公訴事実につき,公訴を提起した検察官の不利益に判断されたことになり,検察官が証明責任を負っていることを意味する。その理由は,被告人の人権のために,〈疑わしきは被告人の利益に〉という原則が貫かれるべきだからである。

 われわれの日常生活でも,気をつけて観察してみると,真偽不明という事態はかなりある。この薬は癌にきくらしいが確実にきくかどうかわからないとか,ある食品見た目にはきれいだが着色剤が有害らしい,というような場合である。そうした場合の態度決定と証明責任とは似た面をもつ。ともに真偽不明の決着ルールといえるからである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「証明責任」の意味・わかりやすい解説

証明責任
しょうめいせきにん

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