豊松(読み)とよまつ

日本歴史地名大系 「豊松」の解説

豊松
とよまつ

現豊松村域および現油木ゆき町の一部を含めた地域をさした広域地名。史料的には享禄五年(一五三二)油木吉備津きびつ神社棟札(油木八幡神社蔵)に「備後神石郡豊松油木両村一宮」とみえるのが早い例だが、開化天皇六世の孫息長日子王が住したという伝えがあり、その子孫と称する翁氏が代々下豊松鶴岡しもとよまつつるがおか八幡宮の社務をつかさどった。また崇神天皇五四年、皇女豊鋤入姫命が神鏡を奉じて今伊勢いまいせ(現福山市の今伊勢神社)から吉備国へ越す途中、この地に至りしばらく神鏡をとどめた。去るにあたり住民が名残を惜しむので、神鏡をとどめた松に姫の名の豊の一字をつけて豊松と命名したという地名説話がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「豊松」の意味・わかりやすい解説

豊松
とよまつ

広島県東部、神石郡(じんせきぐん)にあった村(豊松村(そん))。現在は神石高原町の東部を占める地区。旧豊松村は、吉備(きび)高原の西端神石高原にあり、岡山県に接する。1897年(明治30)上豊松、下豊松、中平(なかひら)、有木(ありき)、笹尾(ささお)の5村が合併して成立。2004年(平成16)、油木(ゆき)町、神石町三和(さんわ)町と合併し、神石高原町となる。JR山陽本線福山駅からバスの便がある。町の大半は山地で、米作のほか、トマト・コンニャク栽培、和牛の飼育などを行う。近郷8か村の総鎮守鶴ヶ岡八幡(つるがおかはちまん)の秋祭の神楽(かぐら)は県指定無形民俗文化財(1990年、村内の神楽を包括し「豊松の神楽」として改めて県の無形民俗文化財に指定)。また、孖山(ふたごやま)公園の豊松文化財収蔵庫には備中(びっちゅう)・備後(びんご)の民間信仰を知るうえで貴重な信仰用具(国指定重要有形民俗文化財)が保存される。隣接する歴史民俗資料館にも民具が数多く展示されている。

[北川建次]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「豊松」の意味・わかりやすい解説

豊松
とよまつ

広島県東部,神石高原町東部の旧村域。吉備高原にあり,東部で岡山県に接する。 1897年上豊松村,下豊松村,中平村,有木村,笹尾村の5村が合体して豊松村が成立。 2004年油木町,神石町,三和町と合体して神石高原町となった。山地が多く,農業が主で,米,タバココンニャクイモの栽培,和牛の飼育も行なう。マツタケを特産。「荒神神楽」など山村の郷土芸能が数多く残り,豊松の信仰用具は国の重要有形民俗文化財に指定されている。

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改訂新版 世界大百科事典 「豊松」の意味・わかりやすい解説

豊松 (とよまつ)

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