豊浦(読み)とようら

精選版 日本国語大辞典 「豊浦」の意味・読み・例文・類語

とようら【豊浦】

[一] 山口県下関市の南東部の地名長門国山口県)の国府が置かれた所。とよら。
[二] 山口県の西端にあった郡。現在の下関市域にあたる。
[三] 奈良県高市郡明日香村の地名。推古天皇豊浦宮(とゆらのみや)の遺跡地。とよら。とゆら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「豊浦」の意味・わかりやすい解説

豊浦
とようら

山口県西部下関市中西部の旧町域。響灘に臨む。 1955年川棚村,黒井村,豊西村の3村と宇賀村の一部が合体して町制。 1956年小串町を編入。 2005年下関市,菊川町,豊田町,豊北町の1市3町と合体して下関市となった。丘陵性の山地と川棚川,犬鳴川流域や響灘沿岸の小平野とからなる。米作のほか,野菜栽培や木材の生産,酪農が発達。沿岸ではイカ,ブリ,ナマコ,ウニなどの漁獲が多く,タイ,ハマチの養殖や水産加工業も行なわれる。ベニヤ板セメント瓦の製造業があり,能木鉱山ではケイ砂を産する。下関市の都市化に伴い住宅地化が進行。前期旧石器時代の磯上遺跡や弥生時代の遺跡と古墳が残り,川棚温泉,茶臼山城址がある。小串のエヒメアヤメ自生南限地帯,川棚のクスの森,大吼谷蝙蝠洞 (おおごうやこうもりどう) は国の天然記念物に指定。

豊浦
とようら

新潟県中部,新潟平野北部に位置し,福島潟沿岸にある地域。旧町名。 1955年本田村と中浦村が合体して福島村となり,同年豊浦村に改称。 1973年町制。 2003年新発田市に編入。西部は福島潟の干拓地であり,新潟平野の穀倉地帯にあって米作が主産業。南部に月岡温泉がある。地域の一部は五頭連峰県立自然公園に属する。 JR羽越本線,国道 290号線,460号線が通る。

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改訂新版 世界大百科事典 「豊浦」の意味・わかりやすい解説

豊浦[町] (とようら)

北海道南西部,胆振(いぶり)支庁虻田(あぶた)郡の町。人口4528(2010)。昆布(こんぶ)岳(1045m)の南斜面に位置し,南は内浦湾に面し,東は洞爺(とうや)村に隣接する。山地が町域の大部分を占め,中心集落は貫気別(ぬつきべつ)川河口の豊浦である。1908-09年に山梨県からの集団入植があり,本格的な開拓が始められた。山地斜面に畑が開かれ,豆類,ジャガイモ,アスパラガスのほか特産品のイチゴを栽培する。近年は養豚,養鶏も盛んである。海岸部ではホタテガイの養殖,カレイの刺網などが行われる。海食崖と奇岩の続く景勝の礼文華(れぶんげ)海岸がある。対馬海流の影響をうけ,冬も比較的暖かい。海岸沿いをJR室蘭本線,国道37号線が通り,道央自動車道のインターチェンジもある。
執筆者:

豊浦(新潟) (とようら)

豊浦(山口) (とようら)

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世界大百科事典(旧版)内の豊浦の言及

【小墾田宮】より

…603年(推古11)10月,推古天皇は,豊浦宮より小墾田宮に移る。そして,628年(推古36)3月に没するまでの間,この小墾田宮が推古朝政治の舞台となった。…

【月岡[温泉]】より

…新潟県北蒲原(きたかんばら)郡豊浦町にある温泉。1917年石油井掘削中に偶然噴湯した。…

※「豊浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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