貞祥寺(読み)ていしようじ

日本歴史地名大系 「貞祥寺」の解説

貞祥寺
ていしようじ

[現在地名]佐久市大字前山

前山まえやま城跡南方にある。曹洞宗、洞源山と号し、本尊釈迦如来

貞祥寺開山歴代伝文(貞祥寺蔵)によると、大永元年(一五二一)前山城主伴野貞祥が祖父光利と父光信の追善のために荒れ山の西の岡に開基し、武蔵国比企ひき郡の慶徳けいとく寺にいた叔父の節香徳忠禅師を請じて開山とした。徳忠は光利の洞源院殿廓翁了然庵主の院号を山号とし、貞祥の名を寺名とした。貞祥は寺領一〇〇貫文を寄付したという。貞祥の墓は裏山にある。貞祥寺開山歴代伝文の永禄元年(一五五八)四月のくだりに、貞祥寺住持徳忠(節香)が同寺の規式を定めたことがみえる。永禄七年武田信玄は帰依して寺領一〇〇貫文を寄進(「武田信玄安堵状案」貞祥寺文書)し、続いて天正一五年(一五八七)には、松平康国が寺領を安堵し、慶長二年(一五九七)小諸こもろ城主の仙石秀久も一〇〇貫文を寄進した(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「貞祥寺」の意味・わかりやすい解説

貞祥寺
ていしょうじ

長野県佐久(さく)市前山(まえやま)にある曹洞(そうとう)宗の寺。洞源(とうげん)山と号する。本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。1521年(大永1)前山城主伴野佐衛門佐貞祥が、祖父光利と父光信の追善のため、仏光円明(ぶっこうえんみょう)を開山として開創した。山号は光利の法号、寺名は佐衛門佐の名による。武田信玄(しんげん)、小諸(こもろ)城主仙石秀久(せんごくひでひさ)、徳川家光(いえみつ)らの保護を受けて栄えた。現在の堂宇貞享(じょうきょう)年中(1684~88)の建立と伝えられる。寺宝には二十五条袈裟(けさ)、徳川家康像、伴野貞祥像、達磨(だるま)像、五祖像、出山釈迦像、武田信玄朱印状、依田(よだ)氏寄進状などがある。

菅沼 晃]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

事典・日本の観光資源 「貞祥寺」の解説

貞祥寺

(長野県佐久市)
信州の古寺百選指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

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