質量分析法(読み)しつりょうぶんせきほう(英語表記)mass spectrometry

改訂新版 世界大百科事典 「質量分析法」の意味・わかりやすい解説

質量分析法 (しつりょうぶんせきほう)
mass spectrometry

質量分析器を用いて,質量スペクトル測定することにより,化合物の確認・同定,構造決定,検出等を行う分析法。質量分析法は,物理学,化学,生物学,地学等の基礎科学から,工学,農学,医学,薬学に及ぶきわめて広い分野で利用されている。その理由のおもなものは,(1)1~10ng(1ng=10⁻9g)の試料量で十分な質量スペクトルが得られるほど高感度な手法であること,(2)質量スペクトルが試料分子の特性および構造をいろいろな形で反映するため,化合物の構造決定に有用であること,などによる。

1898年,W.ウィーンは,陽極線磁場の中で偏向されるという事実を見いだしたが,この発見が質量分析法の萌芽になったといえる。その後,J.J.トムソンによるネオン同位元素の分離(1912)を経て,現在の原形となる質量分析器がデンプスターArthur Jeffrey Dempster(1886-1950)(1918),F.W.アストン(1919)らによって考案され,それによる各種元素の同位体発見と,原子質量の測定(1925)等が行われた。第2次大戦までは,質量分析法はもっぱら原子質量の測定,同位体元素の存在比測定,あるいは原子または分子の電子衝撃法によるイオン化ポテンシャル,出現電圧あるいは結合解離エネルギーの測定等に用いられていたが,大戦後は,装置の飛躍的進歩と,高周波電場を利用した走査速度の速い四重極質量分析計が出現し市販されるにいたり,質量分析法は,有力で万能な種々の化合物の測定手法として広い分野で普及するようになった。

原子質量測定においては,高分解能の二重収束質量分析器が使用される。その測定精度は原子質量の10⁻7以上に達し,全元素の2/3以上のものがこの方法で決定された値である。さらにこの高分解能質量分析法は,有機化合物にも応用されるようになった。100μg以下という少量の未知試料から,ミリマス単位(原子の単位質量の10⁻3)で精密質量を測定し,その元素組成を決め,同時に開裂パターンの解析をすることにより,その化合物の分子構造が決定できる。同位元素存在比の測定は,おもに単収束質量分析計で行われ,通常0.01~0.001%くらいまでの存在比が測定されている。また安定同位体元素が比較的容易に入手されるようになった現在,同位元素希釈法による原子核反応生成物の定量,核の半減期測定,地質年代算定に使われる一方,トレーサーとしても広く生化学,医学,薬学等の分野に利用されるが,質量分析法は,この種の研究における唯一の手法となっている。

 質量分析法においては,不安定な遊離基や短寿命の反応中間体の検出が可能なため,燃焼現象,プラズマ現象,爆発現象,光分解過程,放射線化学,触媒化学の研究分野で使われている。またこれらの分野は,イオン-分子反応が重要な役割を果たしているが,その動力学の研究にも質量分析法は深くかかわっている。1959年に出現したガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS法)のその後の発展も目覚ましい。多成分試料の分析,あるいは痕跡分析に威力を発揮するため,大気圏,水圏等の環境メディアあるいは生体中に残留する極微量の化学物質(おもに有機化合物)の確認・同定に用いられ,環境科学に欠かせないものとなっている。
クロマトグラフィー

質量分析法に使用される装置を総称して質量分析器と呼ぶが,これは偏向型(磁場型)のものと非偏向型のものとに分類できる。前者は一様磁場・電場の内でのイオン偏向軌道の差によって質量分離するもので,単収束質量分析計,二重収束質量分析計等があり,後者には四重極質量分析計,飛行時間差型質量分析計が含まれる(図)。質量分析器の発展を概観すると,1913年J.J.トムソンにより質量分析器と呼ばれうる最初のものが考案された。この装置は収束性をもたなかったため,分解能に難点があった。この点を改めたものとして,F.W.アストンは速度収束性をもったもの,A.J.デンプスターは方向収束性をもった180度磁場を分析場とする質量分析計を考案し,同位元素の発見,その存在比の測定を行った。35年にはマッタウフJosef Heinrich Elisabeth Mattauch(1895- )とヘルツォークRichard Franz Karl Herzog(1911- )による二重収束質量分析器が作られ,その分解能は≅10万,質量測定精度は10⁻6~10⁻7に達した。53年にはポールWolfgang Paulが,四重極高周波電場を利用した非偏向型の四重極質量分析計を発明した。小型で高感度・高速走査というユニークな特性のため急激に普及し,現在では磁場型のものを凌駕(りようが)するまでになっている。今後の主流は,2台の質量分析計(MSと略記)を直列に結合したタンデム質量分析計(MS - MS)に移ってこよう。

 質量分析器の主要部は,測定または分析すべき試料をイオン化しそれを加速するイオン源部と,それらイオンをその質量に従って分離分析する分析場と,分離されたイオンを検出測定する検出部との3部分から構成されている。イオン源部における試料のイオン化には電子衝撃,化学イオン化,電界脱離,表面電離,高周波スパークなどの方法が用いられ,分析場としては一様磁場・電場,高周波電場等が用いられる。またイオン検出には,イオン検出器で直接イオン電流を受けて増幅測定する。
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知恵蔵 「質量分析法」の解説

質量分析法

原子や分子の質量を測定する方法。ピコ(10^-12)モル程度の物質の質量は天秤で量れない。原子や分子をイオンとして気化し、イオンを電場や磁場中に導入することで測定が可能となる。電場や磁場中でのイオンの運動は質量によって異なるので、イオンの加速や曲がり方などを測定すれば、その質量がわかる。これが質量分析法。質量分析法では物質をイオン化し、電場や磁場を利用してイオンを区別し、イオンを検出する。分析対象となる物質により、適切なイオン化法は異なる。ばらばらになった分子イオンを量ることで、元の分子の構造解析を行うこともできる。また、試料中に存在する物質を原子にまで壊してしまい、元素分析や同位体分析をすることも可能。プラズマ中で原子にまで分解して質量分析を行う誘導結合プラズマ質量分析法(ICP‐MS)は、生体や環境分析で活用される高感度分析法の1つ。逆に大きな分子を壊さないようにイオン化することも分子量測定の観点から重要。生体高分子をそのままイオン化するマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)を開発した田中耕一は、2002年にノーベル化学賞を受賞した。

(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2007年)

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栄養・生化学辞典 「質量分析法」の解説

質量分析法

 質量分光測定ともいう.原子,分子を質量の違いによって分析する方法.定量,定性ができる.有機化合物については,その構造についても情報を得ることができる.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「質量分析法」の意味・わかりやすい解説

質量分析法
しつりょうぶんせきほう

質量分析」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の質量分析法の言及

【トムソン】より

…1906年には,これら一連の研究によりノーベル物理学賞を受賞。また,彼は陰極線を構成する荷電粒子が物質の普遍的成分であるという考えに基づいて,原子模型の提案も行ったほか,05年末からは,陽極線の研究を開始し,ネオンの同位体を発見する一方,陽極線質量分析の方法を開発して,F.W.アストンらの質量分析法の基礎を築いた。19世紀末から20世紀初頭にかけて,キャベンディシュ研究所を原子物理学の実験的研究の世界的中心地とした功績は大きい。…

※「質量分析法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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