(読み)し

精選版 日本国語大辞典 「贄」の意味・読み・例文・類語

し【贄】

〘名〙
① にえ。神や朝廷に奉るささげもの。特に鳥、魚など。
空華日用工夫略集‐至徳三年(1386)正月一日「山門現職執贄作礼」 〔塩鉄論‐崇礼〕
② 会見や訪問の時、たずさえていく礼物。また、入門に当たって師に贈る礼物。束脩(そくしゅう)。てみやげ。
※文明本節用集(室町中)「謁見贄 ヱッケンノシ」 〔儀礼‐士相見礼〕

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デジタル大辞泉 「贄」の意味・読み・例文・類語

にえ〔にへ〕【×贄/牲】

神に供えるささげ物。また、天子に献上する魚や鳥などの食物。その年の新穀などを奉るのにもいう。
進物。贈り物。会見のときの礼物。
「かの歌女もし我心にかなわば、我はこれを―にせん」〈鴎外訳・即興詩人
あることをするために払われる物や労力。犠牲。いけにえ
「で、まだかまだかと、美しい―のみを迫る」〈鏡花・白鷺〉

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「贄」の意味・わかりやすい解説


にえ

神などに供える神饌(しんせん)をさす場合と、天皇の食膳(しょくぜん)に供されるために諸国から調進される食物をさす場合がある。制度上では後者が重要である。贄の制度は『古事記』『風土記(ふどき)』の伝承のなかに記されており、律令(りつりょう)制度が導入される以前、大和(やまと)朝廷の時代からあった日本独自の制度といわれ、征服された人々が征服者に食物を貢進する服属儀礼の一種と考えられている。律令制度が整備されてゆくと、古い「贄」の制度は再編され、一部は調(ちょう)となり残りは贄となったが、租(そ)・庸(よう)・調などと異なり、令の規定外の制度として存続した。律令制下で贄の制度が残された理由については、調に含めにくいもの、たとえば生鮮食品が残ったという説と、服属儀礼が伝統として、もしくは積極的に支配装置として残ったという説がある。『延喜式(えんぎしき)』の規定によると、贄には「年料」の贄、節句の宴にあてる「節料(せちりょう)」の贄、10日ごとに貢進する「旬料(しゅんりょう)」の贄があり、木簡(もっかん)では、月ごとに貢進される「月料」の贄が確認される。その内容は魚貝類、海藻を中心に動物の肉、果物があり、生鮮食品のみとはいえないが、贄の本質は即応性、季節性にあったとみられる。また、律令に規定されなかったのは、律令を超越した天皇の食物であったためという。そのため収納事務には、大蔵省は関与せず、宮内省が検領の事務にあずかり、収納場所も内膳司(大膳職)ないし、内裏贄殿(にえどの)というように天皇家の家産的色彩を強く帯びていた。荷札としての贄木簡には国・郡・郷名まで記載し、個人名は記していないのが普通で、記す場合も「海部(あまべ)」の集団名が記されており、特定の集団を対象とした制度とみられ、その集団の成員は贄人(にえひと)と称し、平安後期には特権的集団として活動した。やがて贄の制度は消滅するが、中世においても江人(えひと)、網曳(あみひき)、鵜飼(うかい)など(供御人(くごにん))、天皇に結び付く集団が存在した。贄については不明な点が多いが、現在発掘が進行中の平城宮や藤原京および地方官衙(かんが)で出土している木簡によって、しだいに全容が明らかになると考えられる。

[飯沼賢司]

『直木孝次郎著『贄に関する2.3の考察』(『律令国家と貴族社会』所収・1969・吉川弘文館)』『東野治之著『木簡が語る日本の古代史』(岩波新書)』『東野治之著『日本古代木簡の研究』(1983・塙書房)』『勝浦令子「律令制下贄貢納の変遷」(『日本歴史』352号所収・1977・吉川弘文館)』『鬼頭清明著『御贄に関する一考察』(『続律令国家と貴族社会』所収・1978・吉川弘文館)』

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改訂新版 世界大百科事典 「贄」の意味・わかりやすい解説

贄 (にえ)

神または首長さらに天皇,貴人などへ供する魚鳥獣果実を中心とした食物。〈にえ〉は,共同体の収穫や獲得物を神または首長にささげる初物貢献儀礼の〈には〉〈にへ〉など新嘗(にひなめ)にかかわる語といわれ,共同体において,田からの初穂とともに神や首長にささげる山野河海の獲物の初物という性格をもっていた。さらに共同体間において,征服された共同体の土地からとれた食物を征服者へ貢献することによって服属のあかしとする,服属貢献物の性格もあった。また共同体の首長は,厳しい食物禁忌によって日常的にも神聖な土地からの食物を確保することが必要であった。これらの初物,服属,首長の日常供御物(くごぶつ)として古くから存在していた贄は,ヤマト王権が全国を服属させていく過程で天皇の供御物としての性格を強め,ツキ(ミツギ。繊維品を中心とした貢献物)とともに重要な諸国からの貢納物となった。これは律令制に移行して一部は調,調雑物,副物などに組み込まれたが,藤原宮跡,平城宮跡などから出土した木簡の付け札にみられるように,贄(大贄,御贄)としても前述の性格を内包しながら残存していた。令制下では,品部として大膳職(のち内膳司)に属した雑供戸(贄戸ともいい,江人,鵜飼,網引など)や海部(あまべ)などが貢納するもの,諸国から国,郡,里(郷)単位を中心として貢納するものなど,多様な形態で貢納された。《延喜式》の内膳式では諸国貢進御贄(宮内式の諸国所進御贄にほぼ対応し,節料,旬料など御厨(みくりや)や畿内近国を中心とした貢納),年料(宮内式の諸国例貢御贄とほぼ対応する,大宰府を含む諸国からの貢納)として贄の細かい品目,数量,貢納期日などを指定している。しかし現実には,9世紀ごろから他の租税と同様に諸国からの貢納は停滞する傾向にあり,畿内を中心とする御厨からの貢納に依存する度合が強くなり,品部を解放された贄戸の系譜を引くもの以外の人々も含む贄人が採取貢納の中心となった。902年(延喜2)に内膳司所属の御厨が再編強化され,911年には近江と畿内による6ヵ国日次(ひなみ)御贄制が整備された。その後1069年(延久1)以降になると御厨の荘園化,贄人の供御人化が進み供御人による中世的な贄貢納に移行していった。
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百科事典マイペディア 「贄」の意味・わかりやすい解説

贄【にえ】

神または天皇に供する食料品及びその制度で,魚貝・鳥獣・果実などの生鮮・加工品が中心。語源は神と首長が新穀を共食する新嘗(にいなめ)に関係する。令制下では一部が調(ちょう)の雑物(ぞうもつ)などに組み込まれたが,大膳職(のち内膳司)に属した贄戸などの貢納物(《延喜式》の諸国貢進御贄)と,諸国からの貢納物(《延喜式》の諸国例貢御贄)もあった。→御厨供御人
→関連項目国栖

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「贄」の解説


にえ

神にささげる食べ物。とくに古代では天皇に対する食料品一般の貢納をさし,稲穀の初物貢納もさすが,魚介・海藻・鳥獣など山海の産物が中心。藤原宮跡・平城宮跡から大贄・御贄などと記した貢進物付札木簡が出土し,律令制下に天皇への贄貢納が行われたことが明らかになった。共同体の神や首長に対する初物貢納が起源で,大化前代にも大王に対する服属を示して行われたと推測され,改新の詔(みことのり)にも贄貢納の規定がある。ツキ(調)と贄は元来未分化だったが,律令制で人身賦課の調雑物(ぞうもつ)制にとりこまれ,分離した贄は国郡や地域を主体とする貢納の性格をもち,雑徭(ぞうよう)や交易などで調達したらしい。「延喜式」によれば,こうした服属儀礼的な年料の系統のほかに,畿内近国や御厨(みくりや)からの旬料・節料の系統がある。供御(くご)として贄戸などの集団から貢納され,奈良時代に三河国篠(しの)島・析(さく)島・日莫(ひまか)島の海部(あまべ)が交代で毎月贄を貢上した例も知られている。10~11世紀に内廷経済の再編が進み,御厨の荘園化,贄人の供御人化がおこり,中世的な形態に移行した。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【調】より

…ミツキ(ミは神または天皇に関する接頭語)は本来,朝廷に貢上するものであったと推測される。また大化前代からミツキとともにニヘ((にえ))が貢上されていたが,ミツキが繊維製品を中心とするのに対して,ニヘは海や山の収穫物(食物)を主とした。646年(大化2)の大化改新詔では〈田之調〉(1町につき絹1丈,絁(あしぎぬ)2丈,布4丈)と〈戸別之調〉(1戸につき貲布1丈2尺)を定め,調の副物として塩と贄を貢することとした。…

【天皇】より

…このように天皇は平民の全共同体の首長,オホヤケ(公)として,姓をもつことなく,暦,元号を制定し,時間の支配者の立場に立ちつつ,位階によって支配層を秩序づけていた。 一方,後者は律令の規定からはずれた(にえ)の貢献として制度化された。天皇に直属する江人,網曳などの海民や鵜飼いなどの献ずる贄をはじめ,諸国から徴収される贄も山野河海の産物であり,国ごとに特定された非農業民の集団がそれを貢献したが,贄は本来的には天皇の食膳に供せられる性格のもので,天皇家自体の経済を支えるものであった。…

【御厨】より

…御厨の名称は文献上では8世紀末ごろから見られるが,近江国筑摩(つかま∥ちくま)御厨のように天智天皇時代に建立されたという伝承をもつものもあり,実際にはもっと古くから存在していたと考えられる。古代の律令体制の下で天皇の穀類以外の食料品調達を支えていたのは,大膳職のち内膳司に従属する雑供戸(贄戸(にえこ)とも呼ばれ,江人,網引,鵜飼などからなる)の貢進物や諸国が貢進するなどであった。雑供戸は律令制下の身分は品部(しなべ)であったが,時代が下るに従い一般公民となり,9世紀末にはもともとの品部の系譜を引くもの以外の者も含む贄人として再編成されるようになった。…

※「贄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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