起立性低血圧

内科学 第10版 「起立性低血圧」の解説

起立性低血圧(低血圧)

 起立低血圧とは臥位または坐位から起立時3分以内に収縮期血圧で20 mmHg,拡張期血圧で10 mmHg以上低下する場合と定義される.tilt-tableを用いた受動的な起立試験(head up tilt test)を診断に用いる場合もある.起立性低血圧は年齢とともに増加し,65歳以上では約20%,75歳以上では約30%に認められるといわれている.
病態生理・病因
 健常者では起立により300~800 mLの血液が下肢腹部臓器に貯留する.そのため静脈環流および心室充満量は減少し,一過性に心拍出量と血圧が低下する.これに伴い頸動脈洞と大動脈の圧受容体が作動し,交感神経遠心路が活性化され副交感神経遠心路は抑制される.この代償性の圧受容体反射により,心拍数と末梢血管抵抗が増加し,心拍出量と血圧は回復する(図6-4-1).さらにレニンアルドステロンなどの液性因子も起立性耐性を高める.このようにして通常,収縮期血圧はわずかの減少にとどまり(5~10 mmHg),拡張期血圧は若干増加し(5~10 mmHg),心拍数は増加する(10~25/分).しかしながら循環血液量減少や過度の静脈環流の減少のため体位変化による静脈環流の減少を自律神経反射で代償しきれない場合,起立性低血圧の症状が現れる.起立性低血圧の原因疾患を表6-4-2に示す.
 起立性低血圧は高齢者に多くみられるが,これには加齢による①圧受容体反射の低下,②交感神経刺激に対するα1アドレナリン作動性血管収縮反応の低下,③副交感神経機能の低下に伴う起立時の副交感神経離脱反応の低下,④レニン,アンジオテンシン,アルドステロンの低下と利尿ペプチドの増加,および水制限や体液喪失時の腎による塩分・水分保持機能の低下,⑤心臓拡張機能障害による起立時の左室充満量の低下などが考えられている.
 高齢者や自律神経機能不全患者では食事性低血圧もしばしば認められる.一方,多系統萎縮症など自律神経障害を伴う神経疾患では,器質的に中枢神経や圧受容体反射弓に障害が存在する.進行すると坐位でも低血圧,脳虚血症状を呈し,また臥位での高血圧を合併することがある.
 起立性低血圧は慢性透析患者にもよくみられるが,原因としてノルアドレナリンやアンジオテンシンⅡなど血管収縮物質に対する反応性の低下,一酸化窒素やアドレノメジュリンといった血管拡張物質の増加が関与するといわれている.
臨床症状
 起立性低血圧の症状としては脳血流低下に基づく症状(立ちくらみ,脱力めまい,視力障害,失神),筋肉系症状(肩こり,背部痛),循環器系症状(胸痛),腎臓関連症状(乏尿)などがあげられる.
 診断にあたって,一般診察所見とともに神経学的所見としてParkinson症状,自律神経症状(陰萎,膀胱直腸障害,発汗異常,瞳孔異常,消化管機能異常),運動障害,感覚障害,小脳失調の有無などを調べる.血圧と脈は,臥位と立位3分後で繰り返し測定する.立位での血圧測定に加えて,疑わしい症例にはhead up tilt(HUT)テストを行うことが推奨されている.HUTテストは,起立性低血圧と広義の起立性低血圧に属する神経調節性失神との鑑別に有用である.
 慢性の低血圧が疑われれば,薬剤を中止し,血液検査で電解質,血糖,腎機能などを確認し症候性低血圧を除外する.血液検査に異常がなければ,神経原性の疾患を考慮しCT,MRI検査などを施行する.
治療
 急性の起立性低血圧は原因に対する治療を行う.慢性の起立性低血圧は原疾患に対する治療とともに非薬物・薬物療法を行うが,神経原性(自律神経異常)の場合には進行性で治療困難な場合も少なくない.起立性低血圧の治療の目標は①臥位高血圧の合併を回避しつつ起立時の血圧値を上昇させること,②起立時間の延長,③起立時の症状の軽減,④日常生活における起立時活動の改善である.
1)非薬物療法:
すべての患者に以下に示すような非薬物療法をまず試みるべきであり,非薬物療法が無効な場合に薬物療法を試みる.①起立性低血圧を起こす疑いのある薬剤使用がある場合には中止する.頻度の高い薬剤として硝酸剤,三環系抗うつ薬,向精神薬,α遮断薬があげられる.脱水による急性の起立性低血圧では,十分な補液を行う.②起立性低血圧の誘因となる急な姿勢変化,高温環境,動作の少ない長時間の起立を回避する.長期臥床患者では下肢への急激な血液貯留を避けるため,ゆっくり立ち上がり,移動することを指導する.咳,いきみによる胸腔内圧の上昇も避ける.③就寝時に頭部を10~20度挙上すると,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系とバソプレシン分泌が促進され,夜間利尿の軽減と早朝の起立時の急な下半身への血液貯留を回避することができる.④水分や塩分の保持能力低下のある症例では,適度に水分と塩分を摂取する.⑤理学的手技として足の背屈,前かがみ姿勢,脚組み,蹲踞などは静脈環流を増やし血圧低下の予防に有用である.また装備として,弾性ストッキングや腹帯も有用な場合がある.⑥軽い運動は起立耐性を改善し,静脈への血液貯留を減少させ,循環血漿量を増加させる効果がある.
2)薬物療法:
ミドドリンは交感神経興奮性血管作動薬に分類され,αアドレナリン受容体を介して抵抗血管である細動脈と容量血管である静脈に作用し血管を収縮させることにより循環血漿量を相対的に増やす.ミドドリンは神経原性起立性低血圧に対する有効性が無作為二重盲検試験により確認されている唯一の薬剤である.ジヒドロエルゴタミンはαアドレナリン刺激薬として静脈血管を収縮させるとともに脳循環自動能改善作用がある.ノルアドレナリン産性亢進作用のあるドロキシドパは交感神経改善作用,中枢性交感神経出力増加作用がある.ミネラルコルチコイドであるフルドロコルチゾンは保険適応外であるが,Na貯留により循環血漿量を増加させる.使用にあたっては低カリウム血症,臥位高血圧,心不全に注意する.インドメタシンはプロスタグランジンによる血管拡張作用を抑制し,二次的抗利尿作用による循環血漿量増加作用を有する.[佐藤伸之・長谷部直幸]
■文献
稲葉宗通,野口雄一,他:低血圧.日本臨牀,循環器症候群Ⅰ,pp120-123, 2007.
中村由紀夫,大倉誓一郎,他:起立性低血圧.日本臨牀,循環器症候群Ⅰ,pp124-127, 2007.
高橋 昭監修,長谷川康博,古池保雄編:食事性低血圧,南山堂,東京,2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の起立性低血圧の言及

【頸動脈洞反射】より

…このように,この反射は動脈圧がつねに正常値になるように調節しており,とくに人間では横位から直立位へ姿勢を変えたさい頸動脈洞内圧の低下を防止し,頭部の血流を維持する機構としてきわめて重要である。もし,働かないときは起立性低血圧を起こす。血管運動中枢【二宮 石雄】。…

【失神】より

… 失神そのものは,横になったり,頭を下げてしゃがむことでおさまるが,不整脈等の器質的疾患のある場合はその治療が必要であり,まず原因の精査,鑑別が重要である。起立性低血圧では,下肢や腹部に弾性包帯をしたり昇圧薬やステロイド薬を用いる。頸動脈洞性失神にはアトロピンが用いられるが,効果のみられない場合には頸動脈洞の除神経も行われる。…

【ショック】より

…第4は血管壁の緊張が低下するため,循環血液が多量に末梢血管内にたまり,全体として循環する血液量が減少するもので,たとえば脊髄の損傷,脊椎麻酔のときなどにみられる。そのほか,起立性低血圧(いわゆる立ちくらみ)は,神経循環無力症という体質に基づくショック近縁状態のことがあり,強い恐怖等の精神作用が原因で失神する精神性ショック,上腹部を強打されたときに反射的に意識を消失する神経性ショック等もあるが,これらは生命に直接危険を及ぼすことはまれである。 ショックの程度を表す最も良い基準は,心拍出量,末梢の血管抵抗,心機能の変化であるが,これらを簡単に知る目安としてはまず動脈血圧の低下があり,脈拍は弱く,速く,皮膚は蒼白で冷たく,冷汗をかき,また脳の循環不全の結果意識状態も正常ではなくなって,落着きがなくなり,あるいは失神する。…

【低血圧】より

…正常血圧より低い血圧の状態で,最大血圧が100~110mmHg以下の場合をいう。
[分類]
 低血圧は,本態性低血圧,症候性低血圧,起立性低血圧に分類される。(1)本態性低血圧は原因不明のもので,一般にいわれている低血圧の代表であるが,体質性と考えられ,神経質で自律神経失調をみとめる人に多い。…

※「起立性低血圧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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