遊牧(読み)ゆうぼく(英語表記)nomadism

精選版 日本国語大辞典 「遊牧」の意味・読み・例文・類語

ゆう‐ぼく イウ‥【遊牧】

〘名〙 一定の土地に定着せず、水や牧草を追って牛・羊などの家畜を移動させながら飼育すること。また、そういう牧畜の一形態。
万国公法(1868)〈西周訳〉二「其民或は漁猟或は遊牧を以て生となし」
米欧回覧実記(1877)〈久米邦武〉四「古来より此諸族は〈略〉曠野に游牧し」

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デジタル大辞泉 「遊牧」の意味・読み・例文・類語

ゆう‐ぼく〔イウ‐〕【遊牧】

[名](スル)1か所に定住しないで、牛や羊などの家畜とともに水や牧草を求めて、移動しながら牧畜を行うこと。「裾野の草原で遊牧する」
[類語]放牧放し飼い野飼い牧畜牧羊

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改訂新版 世界大百科事典 「遊牧」の意味・わかりやすい解説

遊牧 (ゆうぼく)
nomadism

遊牧とは,定住せずにキャンプ生活をする牧畜を指し,まずそれは,居住地を変えず家畜を飼養する定着的牧畜に形式的に対立している。ここで定着的牧畜といっても,家畜を舎飼いしているもののみを指しているわけではない。毎日,家畜を野に放ち,放牧しながら,居住地を固定しているものもあり,居所を移動しないかぎり定着的牧畜というほかはない。遊牧か否かの判定は家畜の移動の有無ではなく,それを所有管理する牧畜民の居住地の移動の有無によって区別される。

 ところで移動するとはいえ,遊牧とは別に移牧というものがある。移牧とは,季節的な乾燥による牧草の枯死,または寒さと雪による草の欠如によって,同一牧地で牧畜を続行できず,夏は高地に冬は低地にと定期的にキャンプ地をかえて,放牧適地間を季節的に往復運動をする牧畜形式のことである。もちろんこの移動距離は地域によって異なり,長いものは1ヵ月余もかけて長距離移動をしているものから,せいぜい1日行程余の短距離の上下移動の場合もある。季節的な夏営地と冬営地の往復という点では,この長距離移動のものも短距離移動のものも差はなく,ひとしく移牧民というほかない。彼らは季節的に夏営地と冬営地を往復するため,少なくとも一方の住地に定住家屋をもち,他を出先地としてキャンプ住いしているのが一般である。

 これに対し遊牧民というのは一所不定住,草を求めて不定期に移動するものを典型とする。当然彼らはテントなど移動住居をもって生活する。ただ遊牧民といっても,放牧用草地の季節的変化に制約される以上,ある程度の季節的移動傾向はもたざるをえない。だから,遊牧民の季節的移動のルートが移牧民のそれに近い傾向を示すこともある。

 遊牧民は季節的な大移動だけでなく,常時1ヵ月からときには数日でテント地を変えることがある。それはたんなる草地の劣化という物質的条件への配慮からだけでなく,キャンプ地への好悪,そして長期居住による不衛生といった牧畜民のより主観的判断によってなされることもある。また乾燥した砂漠などでのラクダ遊牧民や東アフリカのサバンナでの牛遊牧民の場合,不規則な降雨によって急に緑地が出現したときなど,急きょそれを求めて移動することもある。季節的大移動に加えて,この種の不規則かつ小規模な移動を含むために,一所不定住,まさに遊牧的生活者という形容が生まれるゆえんがある。だからといって移牧民にこういう短期移動がないかというと,必ずしもそうではなく,夏営地内で2~3週間ぐらいで移動する例もある。移牧と遊牧はそういう点で,その境界部分で判然と区別しにくいところがある。ただ遊牧民と移牧民との差として,前者が定住地を定めず,その結果テントなど移動家屋に住み,かつ季節移動に加えて不定期な短期移動をくり返すのに対し,移牧民はそのいずれかを欠き,少なくとも1ヵ所では定住している場合を指すといっておくのが妥当だろう。

 歴史的にみると,牧畜は,移動習性のある群居性の有蹄類の群れを人づけし,それの搾乳を通じて進行したと思われる。おそらくこの牧畜にたずさわる人々は,少なくとも初期は,季節的移動だけでなく,短期的移動をもくり返す畜群とともに移動していたはずである。牧畜民の原初形態は遊牧的だったにちがいない。中近東の禾本(かほん)科草原や中央アジアの草原にあっては,移動する群れに随伴した牧畜民の姿がみられたにちがいない。ただ中近東では早くより,定着的農耕村が発達した。これら定着農耕的村落や都市民との,畜産物と農産物との交換という,流通上のかかわりを牧畜民がもち始めるとともに,1ヵ所を本拠として定める移牧的,つまりより計画的移動をする牧畜形式が発生したと考えられる。ただしこの地域でも,なお遊牧的生活は残りつづけただけでなく,中央アジアやモンゴル草原に牧畜が展開し,ラクダの家畜化とともに半砂漠が牧畜の適地とみなされ始めると,遊牧民は定着的農耕民と対立し,固有な生活様式,社会組織,支配機構をもつものとして立ち現れてくることになる。

 その社会組織の一つの特徴は,父系的親族組織であり,壮年男性を中心とした一種の戦士的集団の形成である。苛酷な条件のなかで家畜群という動産をもって移動するもの同士の略奪。つねに移動する集団にあってこの略奪は,一つの生業に近いものとなりうる。遊牧民の戦士性は,歴史的にもよく知られており,スキタイや匈奴の事例,また近くはサハラトゥアレグの事例をみても明らかである。

 移牧民の多くは,定期的な定点往復のゆえに,牧地は年々定まっており,放牧地は相互に画定されている。いわば領域性がはっきりしている。ところが遊牧民には,農耕民と対比的に,土地所有観念は薄い。草の豊かな所は,早く見つけて利用すべきであり,氏族ごとのおおむねの牧地占有域の画定はあっても,その外に緑地が見いだされれば,そこは大移動して占拠すべきものとみなされる。さきに述べたスキタイや匈奴の大移動はもちろん,東アフリカのマサイの歴史的大移動はこのことを如実に物語っている。またトルクメンは中央アジアから南はイランアフガニスタンへ,また西へは小アジアまで移動して,そこにトルコ帝国をうちたてている。彼らはこのような移動の際,放牧適地を点々と占拠し,そこに一部を残しては,さらに前進して,新たな牧地を求めるという形式をとるものが少なくない。遊牧民にとっての〈われわれの世界〉とは,移動の始点である故地から線状にのびる点の集合として意識される。支配は,中心から周縁への領域の面的拡大というよりは,これらの拠点網の拡大となる。現代でも,トルコ帝国の栄光の再興を夢みるトルコの保守的グループが,ソ連邦体制の時代にソ連領のかつてのトルクメンの居住地(ソ連崩壊により,トルクメン共和国はトルクメニスタンとして独立),さらには故地を含めて,再統合を求める主張をしてきたのをみるとき,それはいかにも時代離れした主張のようにも思えるが,かつて遊牧的移動の結果として帝国支配を確立したものにとって,このような発想はいかにも自然なものであろう。

 領域的に国境を画定し,中央からの行政的支配を貫徹し,地方をすきまない面的な広がりとして分割支配するという近代的国家支配の原則からみて,遊牧的に,領域をつらぬいて移動する存在は不合理でしかない。行政的地域支配網をすりぬける遊牧民から徴税する方法は,唯一,移動路上の関所で彼らをとらえる以外にない。しかし抜け道はかならず見いだされる。近代国家が,これら遊牧民の定着化を図ったのは,必然であった。東欧社会主義国で,各県ごとの生産ノルマの達成のため,他県から来る移動的牧畜民の放牧のための移入を禁じようとした動きがあったが,これもまた象徴的なできごとであろう。近代的な国家行政の論理からみて,遊牧民的生活様式は排除の対象とみなされる。遊牧的国家はもちろんのこと,遊牧という生活様式自体が,漸次後退していかざるをえない現実がある。

 サハラ砂漠のラクダ遊牧民を定着化させるため,地下水を汲み上げ,灌漑によるクローバー栽培用地を巨大な費用をかけて開いている政府努力をみるとき,そこに国家の遊牧民政策のなみなみならぬ執念をみる思いがする。摂食行動を家畜の移動的摂食習性にまかせるという点で経済的であり,農地に適さない乾燥した草地や高地の荒蕪地の利用という点で,きわめて合理的であった遊牧的生活は,近代的国家機構の世界的拡大,そして定着的畜産の高度化によって,いまや消滅の寸前にある,といってよい。
牧畜文化
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モンゴル人の遊牧の場であるモンゴル高原は,北部山岳地帯の一部に広がるタイガとアルタイ山脈以南の砂漠を除くと,だいたいステップであり,そこには羊と馬が比較的むらなく飼養され,牛は森林ステップ,ラクダは砂漠性ステップと砂漠,ヤギは砂漠性ステップとアルタイにおのおの多い。高山帯を中心にヤクも多い。家畜の大半は羊とヤギであり,とくに羊が多い。馬と牛はほぼ同数である。ハンガイ山脈地方はとくにステップが良好なため家畜が多い。彼らは季節的移動を行うが,冬営地,夏営地は必ず存在するのに対し,春営地,秋営地は地域によって一方または双方が存在しないかその存在が不明瞭である。冬営地は,家畜に厳冬を無事乗り切らせるため,家畜囲いや家畜小屋を設けた暖かなキャンプ地と,草がよく寒暖いずれの日も利用できる牧地から成る必要がある。このような条件を備えた所はどこにでもあるわけでないので,毎冬同じ場所で越冬することが多く,その結果そこが遊牧民の根拠地となる。春ここから出て春営地に入り家畜に出産させ,青草が早く萌える牧地で家畜の体力を回復させ,夏は水草がよく涼しい牧地で太らせ,秋は青草が遅くまで残っている牧地でもっと太らせ,冬営地にもどる。かつては以上の移動の範囲が彼らの縄張を形成した。

 この基本的な季節的移動のほか,夏秋は家畜をよく太らせ,冬春は家畜の体力を保持させ,天災の場合はそれから脱するために,キャンプの一部の者が家畜の一部を連れて水草のよい牧地を求めて転々と移動する,オトルと称される遊牧法がある。これらの移動の間に定期的に塩分を与える。こうした移動の回数,距離は合計して,水草のよい森林ステップで4~10回,10~20km,ゴビの砂漠性ステップで10~15回,50~100km,東部平原や西部山岳地帯で10~30回,100~300kmであり,山岳地帯では夏の牧地は高い所にあることが多い。

 春から秋にかけては遊牧のあい間に搾乳,乳製品製造,剪毛(せんもう),フェルトや綱の製造,去勢,使役用家畜の訓練,燃料用畜糞の採集などの仕事がある。乾草は昔はほとんど刈られなかった。以上のうち家畜の去勢と訓練以外はだいたい女・子どもが行う。男はそのほか家畜の放牧管理,ゲルの解体と組立てなどを行う。羊・ヤギなどの放牧は子どももする。遊牧は,複数の家族(アイル)が結合して行うことが多い。こうして互いの家畜を共同で管理すれば労働力が節減されるのである。食物は夏秋は乳製品を主食し,11月に羊と牛をまとめて殺し,冬春にそれを主食する。とはいえ畜肉は屍肉も含めすべて食用にする。地域によって馬乳酒(クミズ)を多飲し,また毎日乳茶(スーテイ・ツァイ)をよく飲み,穀類もある程度食べる。野菜はネギ類など限られたものをわずかしか食べない。ゲルは細木の骨組みにフェルトを巻いたもので(冬は重ねて巻く),組立て,解体,移動に便利である。すべての家畜の乾燥糞は燃料として用いられるほか,羊・ヤギの乾燥糞は冬春の家畜囲いや小屋に敷いて用いられる。

 モンゴルの1921年の革命以後,遊牧は,農工業の発達によって国民経済に占める地位の低下を経験した。そして共同組合設立と家畜私有の厳しい制限によって社会主義化され,同時に乾草の計画的貯蔵,井戸の掘削,家畜小屋の普及,家畜の病気の予防・治療の改善が行われた。そして長期的には牧地利用の効率化による遊牧民の定着化が企てられているが,これは森林ステップの一部である程度進んでいても,他の条件の悪いステップではきわめて困難と思われる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「遊牧」の意味・わかりやすい解説

遊牧
ゆうぼく

自然の草と水を求めて家畜群を伴って各地に移動してゆく原始的な放牧方式をいう。遊牧は、中央アジア、西アジア、アフリカ北部にかけて幅広く帯状に走る砂漠あるいは半砂漠地帯の、農耕に不利な農耕限界地で発達した。これらの地域はわずかなオアシスを除き大部分が不毛に近い乾燥地帯という厳しい環境条件下にあるため、住民の生活は家畜の飼養とその利用に依存せざるをえない。このような砂漠地帯のオアシスやサバナに適応するのは草食家畜であり、そのなかでもヒツジとラクダは遊牧民の家畜の象徴である。ラクダの背のこぶやヒツジの尾、臀部などは、それらの局部へ脂肪その他の栄養分を蓄積することによって移動時の飼料欠乏を補い、長い遊牧生活に耐えうる条件を備えるようになったものである。遊牧民は全家族とこれらの家畜とともに水と草を追って移動し、家畜の乳や肉などは食料に、毛や毛皮は衣服やテントに利用するほか、移動の途中でヒツジを沿道の農民の穀物と交換したり、都市の市場で家畜やその製品を売って現金を得る。しかし年々放牧地の生産性が減少しているのとあわせて、国境問題、家畜の防疫などの問題を伴うため、各国政府が遊牧民の定着化に努めていることから、遊牧が困難になりつつある。これとは別にユーラシア北部のステップやツンドラ地帯ではトナカイの遊牧が行われているが、トナカイは家畜化しても野生トナカイの遊牧的生態を有しているため、この場合はトナカイ群の移動に人が追随するような遊牧形態となっている。

[西田恂子]

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百科事典マイペディア 「遊牧」の意味・わかりやすい解説

遊牧【ゆうぼく】

一定地域に定住せず水や牧草を求めてヒツジ,ウシ,ウマ,ラクダ,ヤギ,トナカイなどの家畜を牧養する牧畜および生活形態。遊牧生活では住居は木材や皮革,フェルトなどで作った移動・組立ての可能な簡易なものを用い,衣料,食料,燃料も畜産物が主。このため,家畜は最も貴重な財産とされる。原始時代より世界各地に行われ,文化の伝搬や融合に大きな役割を果たした。今日ではモンゴル〜西アジア,アフリカの乾燥気候地帯,北アジアのツンドラ地帯などに残存するが,遊牧民の定着化に伴い,少なくなりつつある。
→関連項目牧畜

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「遊牧」の意味・わかりやすい解説

遊牧
ゆうぼく
nomadic herding; nomadism

天然の水,草を求めて定期的,周期的に移動しながら家畜を飼育する粗放的な牧畜形態。一般に放牧形式がとられ,一定期間定住して牧草が乏しくなると新しい土地へ移動する。移動方向は,ツンドラや乾燥地域では水平移動が行われるが,高山地域では山と谷の間の垂直移動がみられる。家畜は地方によってさまざまであるが,牛,羊,やぎなどが多い。 (→遊牧民 )  

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普及版 字通 「遊牧」の読み・字形・画数・意味

【遊牧】ゆうぼく

放牧。

字通「遊」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の遊牧の言及

【新石器時代】より

…西アジアが青銅器時代に入るのは6000年前である。なお,遊牧という生活様式は,農耕社会が成立した後,そこから分岐するとみられる。ヨーロッパでは7000~5000年前に農耕(小麦),家畜飼育(牛,豚,ヤギ,羊)の生活が始まり,土器を使い始めた。…

※「遊牧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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