運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)(読み)うんどうニューロンしっかん(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)(英語表記)Motor neurone disease (Amyotrophic lateral sclerosis)

六訂版 家庭医学大全科 の解説

運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)
うんどうニューロンしっかん(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)
Motor neurone disease (Amyotrophic lateral sclerosis)
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 運動神経(大脳からの運動の命令を筋肉まで伝える神経)が選択的に障害され、運動神経以外(感覚神経や自律神経、脳の高度な機能)はほとんど障害されない進行性の神経変性疾患を、総合的に運動ニューロン疾患(MND)といいます。

 代表的なのが筋萎縮性側索硬化症ALS)というまれな疾患で、特定疾患に指定されています。多くは孤発性ですが、一部は家族内発症がみられます。

原因は何か

 原因はまだはっきりしていません。アミノ酸代謝の異常や自己免疫が関係するなどいくつかの学説があります。家族内発症の一部では、遺伝子異常が見つかっています。

症状の現れ方

 50代での発症が多く、いつとはなしに手足に力が入らなくなり、筋肉がやせてきます。典型的には片側の手の先に力が入らなくなり、徐々に全身に広がります。口やのどの筋肉が障害されると、ろれつが回らずうまくしゃべれなくなり、食事でむせ込み(嚥下(えんげ)障害)、(せき)が出るようになります。呼吸筋が障害されると呼吸がしにくく、(たん)も出しづらくなります。

検査と診断

 一般的な血液検査や頭部CT、MRI検査では正常です。類似した疾患を除外し、筋電図検査で運動ニューロンの障害を証明することで診断されます。

 似たような病気には、頸椎症(けいついしょう)末梢神経障害多発性筋炎などの筋肉の病気、脊髄空洞症(せきずいくうどうしょう)脊髄腫瘍(しゅよう)など、さまざまなものがあります。

治療の方法

 病気を治す方法は、現在のところまだありません。リルゾール(リルテック)という薬は病気の進行を遅らせる効果が証明され使われていますが、その効果はごく軽微です。そのほか、いくつかの薬の開発・治験が進められています。

 基本的には対症療法となり、嚥下障害に対しては経管栄養、呼吸筋麻痺に対しては鼻マスク気管切開をして、人工呼吸器で呼吸を補助する方法があります。

 この疾患は、やがて全身の筋肉が動かなくなって寝たきりになり、最後は呼吸筋麻痺で死亡します。発症から死亡までの期間は2~4年ですが、なかには10年以上にわたりゆっくり経過する人もいて、進行の速さには個人差があります。

病気に気づいたらどうする

 似たような病気があり、また進行性の疾患なので、専門医(神経内科)の診察を受けてください。

 病気が進行すると飲み込みにくさのため誤嚥性(ごえんせい)肺炎窒息(ちっそく)を起こすので、食べやすい食事の形態の工夫や、痰を除去するための吸引装置の準備、経管栄養や胃瘻(いろう)の造設が必要になります。呼吸筋麻痺については、将来的に気管切開や人工呼吸器を使用することがあります。担当医と本人、家族とで、あらかじめよく相談しておくことが大切です。

関連項目

 脊髄性(進行性)筋萎縮症進行性球麻痺頸椎症ニューロパチー

出井 ふみ, 黒岩 義之

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

改訂新版 世界大百科事典 の解説

運動ニューロン疾患 (うんどうニューロンしっかん)
motor neuron disease

随意運動を営む骨格筋を支配する脊髄前角および脳幹の脳神経運動核の下位運動ニューロン大脳皮質運動野からこれらのニューロンに支配を及ぼす皮質脊髄路錐体路)や皮質核路の起始をなす上位運動ニューロン(ベッツ巨大錐体細胞)が選択的に変性され,しだいにその数を減じていく原因不明の疾患の総称。この中には種々の異なった疾患が含まれるが,そのうち頻度の高いものは筋萎縮性側索硬化症と脊髄性進行性筋萎縮症である。

難病の一つ。上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの双方をおかす原因不明の進行性の病気であり,手足の筋肉の萎縮と筋力の低下のために日常動作の障害が生じ,また顔面筋や舌,口蓋,咽頭,喉頭などの筋肉もおかされるため,発声,発語,咀嚼(そしやく),嚥下なども困難となる。さらに呼吸筋の麻痺によって呼吸障害を生じ,嚥下障害に基づく誤嚥や窒息のため,発症後平均約3~5年ほどで死亡することが多い。全身の筋萎縮と麻痺を生ずるようになっても意識や知能は通常おかされず,またときに痛みやしびれなどの自覚的感覚障害はあるが,感覚が失われることはないのが通常である。また眼球の運動は末期に至るまで正常に保たれ,失禁を生ずるようなこともない。まれに家族性に遺伝的に発症するものもあるが,ほとんどの患者では,家系内に同病の者をみることはない。グアム島や日本の紀伊半島にはこの病気の多発地域があることが知られているが,これらの地域における筋萎縮性側索硬化症は,他の地域にみられる通常のものとは別個の疾患ではないかという考えもある。

下位運動ニューロンのみがおかされる型の運動ニューロン疾患であり,種々の異なったものが含まれるが遺伝性のものが多い。いずれも随意運動を営む骨格筋の筋萎縮と筋力低下を生ずるものであるが,発症年齢,遺伝様式,おかされる筋肉の分布の違いなどにより,いくつかの疾患に細分されている。ウェルドニヒ=ホフマン病Werdnig-Hoffmann diseaseは,乳幼児に生じ,常染色体劣性遺伝を呈する。急速に進行して四肢麻痺を生じ,数年で死亡する。クーゲルベルク=ウェランダー病Kugelberg-Welander diseaseは,主として肩甲部や腰部など四肢の体幹に近い部位の筋肉の萎縮を生ずる常染色体劣性(まれに優性)の遺伝性運動ニューロン疾患である。普通は小児期から思春期に発症するが,20代,30代になるまで自覚症状のないこともある。進行はゆるやかであり,日常動作の障害はあっても,この病気のために死亡することは少ない。アラン=デュシェレヌ型脊髄性進行性筋萎縮症は,主として手足など四肢の末端部の筋肉に筋萎縮を生ずるものであり,常染色体優性遺伝の形をとったり,または遺伝性ではなく単発性であったりする。後者の場合には,病気の初期には筋萎縮性側索硬化症と区別することは困難であることが多い。しかし脊髄性進行性筋萎縮症では,進行はきわめてゆっくりしており,直接生命に関する危険はない。運動ニューロン疾患全般を通じて,今日までのところ有効な治療法はない。
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日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

運動ニューロン疾患
うんどうにゅーろんしっかん

筋肉の運動を支配する神経系統だけが、選択的に侵される原因不明の変性疾患をいう。慢性に進行し、重篤な運動障害をおこすが、特別な治療法がまだなく、特定疾患(難病)の一つとされている。

 運動機能に関与するニューロンは、大脳皮質から脊髄(せきずい)の前角細胞に至る上位運動ニューロンと、前角細胞から骨格筋の運動終板に至る下位運動ニューロンに分けられる。運動ニューロン疾患に属する代表的な病気は、上位と下位の両運動ニューロンが侵される筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症である。そのほか、上位運動ニューロンの障害による家族性痙性対麻痺(けいせいついまひ)、下位運動ニューロンの障害による進行性脊髄性筋萎縮症や進行性球麻痺などがある。

 家族性痙性対麻痺は小児期、思春期に発病し、両下肢の痙性麻痺を特徴とし、進行は緩徐である。進行性脊髄性筋萎縮症は30~50歳に好発し、四肢末梢(まっしょう)に筋萎縮や筋力低下を認める。進行性球麻痺では延髄の運動神経核が侵され、嚥下(えんげ)障害、構語障害、舌の萎縮などがみられる。この病気は単独でみられることもあるが、筋萎縮性側索硬化症に伴うことが多く、進行が早くて予後はきわめて悪い。

[海老原進一郎]

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家庭医学館 の解説

うんどうにゅーろんしっかん【運動ニューロン疾患 (Motor Neuron Disease)】

◎運動神経が変性する病気
 運動ニューロン疾患とは、筋肉を動かす神経単位(運動ニューロン)が変性・死滅するため、全身の筋肉が徐々に萎縮(いしゅく)し、運動機能が失われてゆく、原因不明の病気の総称です。
 運動ニューロンは、大脳(だいのう)から出て脊髄(せきずい)(または延髄(えんずい))に至るまでの神経単位を上位ニューロン、脊髄(または延髄)から筋肉にまで続いている神経単位を下位ニューロンといいます。
 このうちのどの範囲に変性がおこったかによって、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)、進行性球(しんこうせいきゅう)まひ、脊髄性進行性筋萎縮症(せきずいせいしんこうせいきんいしゅくしょう)の3つに分けられていますが、あとの2つは、筋萎縮性側索硬化症の部分症状とする考え方が最近の主流になっています。発病率は人口10万人に対し2~4人です。原因不明で、確かな治療法がなく、厚労省の特定疾患(とくていしっかん)(難病(なんびょう))に指定されています。

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内科学 第10版 の解説

運動ニューロン疾患(神経変性疾患)

 大脳皮質運動野から錐体路を下行する上位運動ニューロン,および脳幹運動神経核と脊髄前角から骨格筋につながる下位運動ニューロンのいずれか,あるいは両方が障害される変性疾患を運動ニューロン疾患(motor neuron disease:MND)と総称する.変性が運動ニューロンに限局する点が特徴であり,以下の疾患群が含まれる.ただし症候学や各種検査の発展により運動ニューロン以外への障害の広がりが一部で示されている.[祖父江 元]
■文献
平山恵造:若年性一側上肢筋萎縮症—その発見から治療まで. 臨床神経,33: 1235-1243, 1993.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)の言及

【運動麻痺】より

…このような痙性四肢麻痺はまた大脳の広範な病変によっても生ずるが,そのような場合には,単に運動麻痺のみでなく,知能や意識の障害,視覚・聴覚の障害,痙攣(けいれん)発作などを伴うのが普通である。多発性筋炎進行性筋ジストロフィー症のような全身を侵す筋肉疾患,ギラン=バレー症候群のような多発性根神経炎,運動ニューロン疾患などでは,弛緩性の四肢麻痺を呈することが多い。これらの疾患,とくに後2者においては,顔面筋やその他の脳神経系の運動麻痺をきたすことも少なくない。…

【筋萎縮】より

…また多発性神経炎や,ギラン=バレー症候群においては,広い範囲にわたって神経原性筋萎縮が認められる。最も高度の神経原性筋萎縮は,脊髄運動ニューロンの病変によって生ずるが,その代表的なものはポリオ運動ニューロン疾患である。しかしこのほかにも,脊髄腫瘍や脊髄空洞症など,脊髄の病気で神経原性筋萎縮を生ずる原因となるものは少なくない。…

※「運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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