道々の者(読み)みちみちのもの

改訂新版 世界大百科事典 「道々の者」の意味・わかりやすい解説

道々の者 (みちみちのもの)

さまざまな〈芸能〉に携わる者。〈道々の輩〉〈道々の細工〉などと同様,〈道々〉は専門の方法,方面,技術などを意味する〈道〉の畳語で,〈諸道〉ともいわれ,〈諸職〉〈職人〉〈諸芸〉〈芸能〉などの語と密接な関係にある。

 こうした〈道〉の用例は〈天文・地理之道〉〈鋳銭之道〉のように古代から見いだされるが,平安時代には和歌管絃の道,天文,陰陽(おんみよう),明法(みようぼう),文章(もんじよう),舞人の諸道など,宮廷の世界で,主として学問,芸能に即して用いられ,《源氏物語》の〈桐壺〉にも〈みちみちの才〉のような用法が見られる。武士にかかわる〈兵(つわもの)の道〉〈弓箭(きゆうせん)の道〉もこれに加えることができるので,こうした〈道〉の中で最もすぐれた人を〈天下の一物〉などと呼ぶこともあった。11世紀に入り,多様な職能集団が形成されてくると〈道〉の範囲はさらに広がり,螺鈿道,木工道,漆工道など,工匠の〈道〉も広く成立し,〈道々工〉〈道々細工〉などの用例も現れる。〈九条家本延喜式紙背文書〉寛弘7年(1010)2月,衛門府粮料下用注文に〈道々細工〉とあるのが,その早い例で,院政期に入るとこれは普通の用法になってくる。さらに鎌倉時代になれば〈道々の輩〉は鍛冶,番匠,壁塗,絵師などの工匠だけでなく,車借,獅子舞などを含む語となり,曼殊院本《東北院歌合》の〈みちみちのものども〉の中には,医師・陰陽師,巫・博打海人・賈人が,鍛冶・番匠,刀磨・鋳物師,経師とともにあげられている。実際〈博打之道〉もあったのであり,遊女傀儡子(くぐつ)などの芸能民も,呪術者,勝負師,商人なども〈道々の者〉であった。

 これら〈道々の者〉のおもだったものは課役免除を保証され,給免田を与えられ,天皇家,寺社などの供御人(くごにん),神人(じにん),寄人(よりうど)となるものが多く,その点で在庁,荘官とも共通した性格をもっていた。それゆえ,これらの人々が〈諸地頭,公文(くもん),在庁以下,道の細々外才の輩〉と列記されることもあったのであり,〈三島文書〉建長7年(1255)10月,伊予国田所(たどころ)木工允(もくのじよう)紀某免田注文では,荘官に比べれば少ないとはいえ,給免田を与えられた経師,紙工,轆轤(ろくろ)師,銅細工,白革造,木工,塗師,それに傀儡師などが〈道々外才人等〉と総称されているのである。そしてこの〈外才〉という語も〈道々〉と不可分の言葉であった。しかし鎌倉時代には〈道々の者〉に武士を加えた事例は見当たらず,宮廷の学芸については,〈諸道〉ということはあるが,〈道々〉とはしだいにいわなくなってくる。

 一方,〈極楽寺殿御消息〉に〈けいせいをとめ〉,白拍子を〈道の者〉といい,《諏方大明神画詞》で白拍子,御子,田楽,呪師,猿楽,乞食非人が〈道々の輩〉といわれているように,鎌倉末・南北朝時代に,工匠を除く狭義の芸能民や呪術者などを〈道々の者〉と呼ぶ用例が増えはじめる。そして室町中期に成立した《鶴岡放生会職人歌合》は,遊君,白拍子,猿楽,田楽,相撲,念仏者,持経者などの芸能民,僧侶とともに,銅細工,蒔絵師,絵師,綾織などの工匠も含めて〈道々の輩〉としているが,室町後期の《三十二番職人歌合》は,千秋万歳法師,絵解,猿牽などの芸能民,竹売,地黄煎売などの商人,それに勧進聖を〈諸職,諸道〉とし,工匠はほとんどその中に加えていないのであり,そこには多少とも卑賤視された人々をまとめてとらえようとする志向が働いている。ただ《七十一番職人歌合》は,こうした芸能民,呪術者,僧侶,商人から多様な手工業者までを広く網羅しているが,この場合もその一部を覆面の姿で描くことなどにより,卑賤視された人々を区別して表現するようになっているのである。

 このように〈道々の者〉〈道々の輩〉は,ほぼ南北朝時代を境として,手工業者が〈職人〉と呼ばれるようになるのと並行して,しだいに手工業者,商人を含まない語となる。《日葡辞書》では〈道の者〉を〈演劇(能)とか笑劇(狂言)とかを演ずる人〉としているが,それだけでなく,この言葉は室町時代以降,より広い芸能民を含み,ときには遊女そのものをさす語としても用いられた。また,南北朝末期,山臥について〈当道の衆中〉といわれたように,〈当道〉の語も〈道々の者〉を通じて使われたが,中世末には三昧聖が〈当道之職〉といわれ,近世には〈当道〉はもっぱら盲目の人々の集団をさすようになる。

 もちろん,一方には〈武士道〉あるいは〈商売道〉のような用法に転化した場合もあったが,〈道々の者〉のこうした語義の大きな変化の背後には,一部の芸能民,呪術者を含む被差別民の身分がしだいに固定化されていく社会の動向があったことを考えておく必要がある。江戸時代〈弾左衛門由緒書〉をはじめとする河原巻物の中に,若干の手工業者を含む被差別民が〈道之者〉といわれ,また〈七道之者〉〈一切の諸道師〉〈諸道職人〉などの語が現れるのは,室町時代以後の変化した〈道々の者〉の語義を受け継いだものにほかならない。
外財(げざい) →職人
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百科事典マイペディア 「道々の者」の意味・わかりやすい解説

道々の者【みちみちのもの】

道々とは諸道,さまざまな学問や芸能のことで,〈道々の者〉とは諸道に熟達した専門家たちをいった。〈道々の輩〉ともいい,職人歌合(しょくにんうたあわせ)などによると鋳物師(いもじ)・鍛冶・番匠・医師・陰陽師(おんみょうじ)・巫・念仏者・猿楽・博打・海人(あま)・遊女傀儡(くぐつ)師ほか,商人・職人・芸能民・宗教者・勝負師なども合わせたさまざまな技能者を含む言葉として使われている。しかし,およそ南北朝期を境として,工匠を除き,狭義に芸能者・呪術者などをさす用法が増え,のちに〈道の者〉を遊女と同義に用いることもあった。こうした用法変化の背景には芸能者・呪術者を含む被差別民の身分を固定化する社会動向があったと考えられる。→身分制度
→関連項目服部幸雄

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世界大百科事典(旧版)内の道々の者の言及

【漂泊民】より

…漁労民―海民,狩猟・採集民―山民,さらに芸能民,呪術者,宗教者,商工民等が,山野河海で活動し,道を通り,市で交易活動を展開する限りにおいて,彼らは漂泊民,遍歴民として姿を現すが,その根拠地においては若干の農業に携わる場合が多かった。釣糸を垂れ,網を引く海人(あま)や斧を持つ山人,遊行女婦(うかれめ)や乞食人,山林に入り,道路を遊行する(ひじり),さらに時代を下れば廻船人,塩売薬売から鋳物師(いもじ)にいたる商工民,馬借車借などの交通業者,遊女・傀儡(くぐつ)等の芸能民などは,みなそうした人々であり,11世紀に入れば,これらの人々を〈道々の輩〉(道々の者)として一括する見方も現れてくる。 しかし一方の,主として田畠を基盤に生活する農業民の場合も,その定住性はしだいに安定化の方向に向かっているとはいえ,山野河海の産物,その加工に依存する度合は大きく,定住地の移動もしばしば起こりえたのである。…

※「道々の者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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