避暑山荘(読み)ひしょさんそう(英語表記)Bì shǔ shān zhūang

改訂新版 世界大百科事典 「避暑山荘」の意味・わかりやすい解説

避暑山荘 (ひしょさんそう)
Bì shǔ shān zhūang

中国,河北省承徳市にある清朝離宮。〈へきしょさんそう〉ともいう。かつては熱河行宮とも呼んだ。清の1701年(康煕40)に創建,乾隆年間に大規模な拡張工事が行われ,90年(乾隆55)に完成した。清朝皇帝の避暑の離宮と同時に政治執務の行宮でもあった。宮殿苑囿の二つの部分からなり,総面積56万m2,周囲10kmを石積み宮牆で囲む。澹泊敬誠殿を正殿とする宮殿が南端にあり,東南には湖池が多く,金山,煙雨楼,水心榭など江南の風景を再現した殿閣が立ち並ぶ。宮牆外の東と北側には11のラマ廟が環立し,現存する外八廟の建築は有名。
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世界大百科事典(旧版)内の避暑山荘の言及

【避暑山荘】より

…中国,河北省承徳市にある清朝の離宮。〈へきしょさんそう〉ともいう。かつては熱河行宮とも呼んだ。清の1701年(康熙40)に創建,乾隆年間に大規模な拡張工事が行われ,90年(乾隆55)に完成した。清朝皇帝の避暑の離宮と同時に政治執務の行宮でもあった。宮殿と苑囿の二つの部分からなり,総面積56万m2,周囲10kmを石積みの宮牆で囲む。澹泊敬誠殿を正殿とする宮殿が南端にあり,東南には湖池が多く,金山,煙雨楼,水心榭など江南の風景を再現した殿閣が立ち並ぶ。…

【苑囿】より

…この種の苑囿としては,秦始皇帝が咸陽に造営した離宮にすでに人工的な築山をもった造園の例があり,前漢武帝の上林苑や太液池,隋煬帝(ようだい)の西苑,唐の長安にあった曲江,北宋の汴梁(べんりよう)(河南省開封)にあった金明池,元の大都の太液池などが歴史上著名。現存するものとしては,元の大都の太液池をうけついだ明・清時代の北京の西苑(三海)や清朝の北京北西郊に設けられた頤和(いわ)園,円明園などの三山五園,同じく河北省承徳(旧,熱河)の避暑山荘などがあり,いずれも広大な領域を占め,大規模な人工的造園や豪華な建築装飾を特色としている。【田中 淡】。…

※「避暑山荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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