都市災害(読み)としさいがい

改訂新版 世界大百科事典 「都市災害」の意味・わかりやすい解説

都市災害 (としさいがい)

都市災害とは,都市的災害,都市における災害のことであるが,都市活動を支える技術が近代化され,都市空間がますます高度に利用されるようになると,災害の態様が質的変貌を遂げ,都市災害という新しい概念で総括したほうが説明しやすい場合が出はじめている。一般的には災害の被災規模が都市的スケールの場合にも用いられるが,都市のあり方そのものが被災規模を拡大させてしまったような場合や,人口や施設が集中している都市部だから起こってくる多様な災害現象の場合を都市災害と総称している。たとえば台風による災害でも,人口や施設の集中した大都市が襲われた場合と,人口や施設の少ない山岳部の場合では,災害現象や被災規模においてその様相は著しく異なってしまう。とくに都市部の場合,人口や施設が集中しているため,それらが影響しあって二次的,三次的な災害現象を伴うことが多く,多様な現象となるのが特色である。

日本における三大災害は,台風などの大雨による山崩れ洪水などの水害,地震による災害,市街地が木造家屋であるため起こる都市火災である。このうち都市火災は,木造密集市街地をもつ日本の宿命的災害で,その昔から大火災につねに悩まされつづけ,江戸時代には〈火事は江戸の花〉とさえいわれたように,都市災害の歴史は都市大火の歴史であったといっても過言ではない。徳川家康の江戸入府後間もなく,江戸のほとんどを焼き尽くしてしまった1601年(慶長6)の大火以来,江戸幕府300年の歴史のなかで100回に及ぶ大火を経験し,また明治政府になってもつぎつぎと大火災が起こっているが,それは木造建築を許して密集化が進んだ日本の都市の宿命といえよう。近年,消防力の強化や都市の不燃化などによって都市大火はほとんど姿を消したため,木造密集市街地の大火災の危険が忘れられはじめているが,1976年10月29日の酒田市大火の例をみるまでもなく,風が強いとか水圧が足りなくなったとか条件が整えば,都市での火災はいつでも大火災となる可能性をもっている。今日では都市大火は都市災害の座から落ちてしまったかのように考えられているが,悪い条件がそろうとか地震時に多発的に火災が起こり,消防力が不足すれば,再び都市災害として大災害になることは明らかである。とくに地震発生時には同時多発的に火災が起こり,消防自動車を走らそうにも道路が思うように使えない,消火栓も役立たないという状況が考えられ,都市大火が起こり大きな混乱をひき起こすのではないかと恐れられている。そのため今日一般的に都市災害として考えられているのは地震災害の場合で,とくに1923年の関東大震災のイメージが支配的である。これらのことを考えると日本の社会では〈都市災害〉という概念は古くから存在しており,1891年の濃尾地震の際に〈都市の近代化が進むと地震に弱くなる〉と総括していることを考えると,都市災害の概念だけでなく発生機構にさえ着目していることがわかる。しかし,都市災害という言葉が社会的に広く使われはじめたのは,それほど古くない。

都市火災対策の言葉としては都市防火といい,都市災害対策に対しては都市防災という言葉を使っているが,都市防災という言葉の必要性が論じられ使われはじめたのは,1970年4月8日に大阪市北区天六の地下鉄工事現場で起こったガス爆発事故以来である。これは工事現場で漏れはじめた大量のガスが下水管などを通じて周辺の建物にも広がり,避難が始まったが,そこに駆けつけたガス会社のサービスカーが燃えはじめ,工事用の覆工板の下にたまっていたガスが爆発限界になったところで大爆発を起こし,覆工板の上で自動車火災を見物していた人たちを巻き込み,79人の死者と420人を超す負傷者を出し,周辺の民家も火災に巻き込んだ大惨事である。それまでも工事現場でのガス爆発事故は何回も起こっていたが,多くの場合,時間帯がよかったり場所がよかったりして大事に至らず,単なるガス爆発事故として処理され,一般の人たちもそれほど強い関心をもたなかったものであった。

 しかし,この天六のガス爆発事故は繁華街の,しかも夕方のラッシュ時に起こったことから,工事に関係のない,たまたま通りかかった人たちを巻き込んでしまった。これはだれが考えても直観的に都市災害という言葉が想像できる現象で,この事故の後,ようやく都市災害とか都市防災という言葉が社会的に用いられるようになった。天六のガス爆発は,その発生した場所といい発生した時間といい,都市側の条件が大災害となる要件をそろえていたわけで,都市のあり方が災害現象を決めているわけである。それまで都市災害という言葉は,いろいろな条件を付け加えて説明しなければ理解できない言葉であったが,天六のガス爆発はなにも付け加える必要がない都市災害であった。

都市災害の場合,このような都市側の要件が連鎖的に悪く悪く働いていった事例である。一般の災害の場合は,そのような連鎖がどこかで断たれ災害が終息に向かっているが,都市災害と呼んでよい大災害の場合,連鎖を断つチャンスを逃してしまっている。一般の災害の場合,人為対応がよかったり施設相互の関係がよかったりして連鎖が断たれているが,もしそのような災害が地震時に発生したとすると,安易に災害の連鎖が進んでしまう可能性が非常に大きい。地震災害の場合,同時多発的に起こった火災が都市大火に発展する可能性も高いし,ちょっとしたきっかけから大災害へと展開していく,いわゆる都市災害があちこちで発生する可能性をもっており,過密都市域における地震災害は都市災害の極といってよい。

都市防災という言葉が社会的に使われる以前,日本の社会で都市という言葉のついた防災に関する用語は,都市大火に対する都市防火,第2次大戦時の空襲に対する都市防空であった。都市防災という広い意味をもった言葉が用いられはじめたのは,1959年の伊勢湾台風によって名古屋市を含む都市域が大被害を受けてからである。この災害はあまりにも広域的で壊滅的であったため,個々の施設の対応ではなんら十分な解決とならないため,広域的な解決策の検討が始められ,都市防災という概念が明確となってきた。この伊勢湾台風の惨事は日本の社会に強い衝撃を与え,災害対策基本法の制定(1961)へと進んでいった。この法律によって第2次大戦後の防災対策の歩みが始まったといえる。災害対策基本法は台風など自然災害が起こった後の対応などを決めたものであったが,都市的災害への関心から,東京に再び大地震が起こったらどうなるかという検討も始められ,大都市の地震火災に対する危険が指摘された。

 建築物とかコンビナート施設の防災対策であれば,建物や施設そのものの工学的災害防止技術で一応の安全基準を満たすようにつくることができるが,都市はいろいろな技術レベルの施設で構成されたものであり,それを人間が利用し活用することによって都市全体のシステムが確立するという,きわめて複合的なシステムであり,このようなシステムの安全性の問題は,工学的対応のみで達成できないし人為的対応のみでも解決できない。都市という存在が人間と深いかかわりがあるかぎり,人間の存在も含めた総合的な防災対策を考える必要があり,都市防災という幅広い災害対応策が必要となってくる。災害現象の連鎖を断つためには人間の活動もたいせつだし,人間の活動を支える施設側の対応もたいせつである。都市防災に必要な視点は,どのような施設側の条件をつくっておけば,災害への人為的対応が生かせるかにあり,一般施設の防災対策のように,人間を無能と考えて,施設側でフェール・セーフにしていこうという発想のみでは解決がつかない問題である。人間の存在しない都市が無意味であるように,都市防災においては人間側の要件がきわめてたいせつとなる。都市は人間の存在も含めた複合的なシステムであり,その全システムの安全化を考えるのが都市防災である。

 戦後の都市防災対策の対応が具体的に進められる契機となったのは,1964年6月16日の新潟地震である。この地震は戦後の復興が思ったよりも順調に進み,近代都市へと生まれ変わろうとしていたときに起こり,近代都市の地震に対するもろさを示したものであった。この地震は埋立地など地盤の軟弱な場所の都市に対して一大警告となり,東京の軟弱地盤地帯の地震対策のきっかけとなった。そのときに参考にされたのが1961年7月に東京消防庁火災予防審議会で出された〈東京都の大震火災被害の検討〉という報告書である。これは東京に関東大地震と同程度の地震が起こった場合,冬の夕食時だと約300件の延焼火災が発生し,東京を焼き尽くすというもので(数字は1967年の修正値),今日の都市防災対策の出発点はこの報告書にあるといってよい。さらに,河角広が国会の地震対策委員会で首都の地震対策の必要性を要望したときに,69年周期説を唱えたことが具体的な期限を与えた形となり,その後の地震対策にはずみがついた。

 危険がきわめて高いうえに,すぐくるかもしれないということから,時間の必要な長期的な対策は後回しになり,避難地,避難路の安全確保という形で今日の都市防災対策は進められている。そのために大規模な再開発による防災拠点建設を行い避難地をつくる事業や,既存の避難地の周辺や避難路の両側の建物の不燃化促進により避難地,避難路の安全性を高めようという事業などが都市防災のおもな仕事になっている。現時点で,これらのことと並行して市民防災組織などをつくり,地震による火災の初期消火率を高めることや,防災無線の整備など多面的な防災対策が進められはじめている。都市防災はきわめて幅広い対策を必要とするが,具体的に可能な事業を進めるなかで,より高い統合性を求めていく方向で仕事が進められている。都市防災対策の究極の目標は安全で豊かな都市社会をつくることにあり,そのきっかけを都市災害に求めているものである。日常的に安全で豊かな人間社会が,結果として災害時にも安全となることが望ましいが,人間の体と同じように病気になって初めて健康のたいせつさがわかるように,都市災害は都市が本来あるべき姿を教えてくれているものである。
災害 →防災
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の都市災害の言及

【開発災害】より

…山林を伐採したために山崩れや水害が起こり,無理な宅地造成の結果地震や豪雨で大きな被害をこうむる場合や,山林を切り開いて自動車道路を造ったために起こる災害,ダムの決壊による水害などいろいろある。また,たとえば1970年に大阪の天六の地下鉄工事現場で起こった爆発災害や,大都市の地震によってひき起こされる市街地大火のような都市災害と呼ばれる災害も,その要因は開発行為にあると考えるならば,広義の開発災害と呼ぶことができる。1923年の関東大地震のあと甚大な被害をもたらした大火災なども,都市の造り方に問題があったという認識に立てば,都市の開発災害であったといえよう。…

【防災】より


[対象と社会的背景]
 今日,防災の対象としている災害はきわめて広範である。地震,火山噴火,雷,暴風,洪水,凶冷,干ばつ,豪雪などによる自然災害,工業の発達や近代技術によってもたらされた大気汚染,水質汚濁,地盤沈下,工場災害,交通災害,火災などの人為的災害,さらには都市が高密度でかつ高い有機的関連性をもったために起こる都市災害やシステム災害と呼ばれるものまで含まれている。昔の人間社会は自然との関係も含めて素朴な状態であったが,今日のように高度化された社会になると人体でいえば血管などエネルギー系に当たる水道,電力,ガスなどのライフラインや,神経系に当たる情報通信網などによって支えられているため,それらの中断により機能麻痺を起こし,あたかも高等動物の中枢神経麻痺のような状態を起こすわけで,災害の様子も時代とともに変化している。…

※「都市災害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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