都市農業(読み)としのうぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「都市農業」の意味・わかりやすい解説

都市農業
としのうぎょう

都市の市街地が拡大する地域内に孤立・分散して、点在化した状態で営まれている形態の農業のことを、都市の周辺で営まれている近郊農業とはとくに区別して、都市農業という。日本においては高度経済成長期以降、都市化地域では工業やサービス業の急速な発展に伴い、非農業的な土地需要と高地価が引き起こされ、安い土地を求めて大規模で無秩序な都市開発が進み、調和のとれた都市と農村の関係を破壊し、すでに成立していた近郊農業地帯が都市化地域の中に分断された形で取り残されるようになった。このような都市域に孤立した状態で営まれるようになった都市農業は、経営面、農作業面で近郊農業が当面してきた以上の制約を受けることになった。具体的には、農業が必要とする大気が工場から排出される煤煙(ばいえん)や有毒ガスなどで汚染され、付近の建物のために日照や通気が不良となった。灌漑(かんがい)用の水が汚染され、ごみなどの圃場(ほじょう)への投げ捨てによって排水路が十分な機能を発揮できなくなった。農薬、肥料、農機具、施設などの利用が制約され、農道が使いにくくなって、農作業をするうえで障害が起きてきた。さらに農地や施設が破損されたりして、便利なはずの立地条件がかえって妨げになり、また、化学肥料、農薬、ホルモン剤の過度の投入によって生ずる土や水の汚染(農業公害)や、家畜、家禽(かきん)などの飼育と糞尿(ふんにょう)がもたらす悪臭や水の汚濁(畜産公害)などを防止するための施設投資への費用負担が大きくなった。

 都市農業は高度に集約的な農業経営形態をとる。都市域内に存在するという有利な条件を徹底的に追求するという、土地節約的あるいはまた資本集約的な施設投資を行い、高度の販売戦略を駆使して、経営者としての能力を生かした高生産性・高収益農業を徹底して営む。また、農業公害が発生しないよう留意したり、公害防止・除去のための投資をすることが求められる。これらのことから、現在では野菜、花、果樹などの園芸が経営の中心となっている。

 一方、都市の無秩序で急激な膨張はさまざまな形の弊害集積をもたらしてきた。それとともに、このような都市でみられる過密・公害を防止し、都市から排出されるごみや残飯などをリサイクリングによって有効に利用し、快適な景観・緑地用役を与え、保健・レクリエーション・憩いの空間を供給する農業の役割が注目されるようになってきた。貸し農園、市民農園、観光農業などがそれである。また防災空間として、将来の都市施設用の予備地としての効用も認められるようになった。このような都市農業の公益的役割が都市住民によって評価され、しかも農業の本来的な機能である生鮮で安全な農産物の生産と地場供給機能(直売、共同販売なども含む)が見直されるにつれて、都市農業と都市住民、職場、生活協同組合、農業協同組合などとの連携活動が重視されるようになってきている。

[西村博行]

 都市部の土地を計画的に利用するため、日本では1969年(昭和44)に都市計画法が施行され、市街地および優先的・計画的に市街化すべき区域をさす「市街化区域」と、市街化を抑制する「市街化調整区域」に区分した。三大都市圏(首都圏、中部圏、近畿圏)の市街化区域では宅地供給を促すため、農地にみなし課税(いわゆる宅地並み課税)を適用した。一方、防災や環境保全などの公益性にも配慮し、市街化区域内で一定条件を満たす農地は1974年施行の生産緑地法に基づき税の減免が行われた。

 バブル経済期の地価高騰を受け、都市部での宅地供給を促すため、1992年(平成4)に改正生産緑地法が施行され、市街化区域内の農地は、宅地供給する「宅地化農地」と、30年間営農し続ける「生産緑地」に分けられた。宅地化農地は宅地として利用できるが、宅地並み課税を受ける。一方、都市農業を支える生産緑地は、宅地造成できないものの、固定資産税の減免や相続税の支払い猶予などの優遇措置を受けられる。この生産緑地制度の導入で、1993年に三大都市圏の市街化区域内農地は4万6000ヘクタールあったが、2016年(平成28)には2万5000ヘクタールに減少した。このうち生産緑地は1万3000ヘクタールとほぼ横ばいであるが、宅地化農地は宅地化が進み、約3万ヘクタールから1万2000ヘクタールに減った。

 しかし生産緑地の約8割は、制度発足から30年が経つ2022年に相続税の支払い猶予などの優遇措置が切れ、農業を続ける後継者不足もあって、一斉に宅地化する可能性がある(生産緑地の2022年問題)。このため2017年には改正生産緑地法が施行され、生産緑地の面積要件を500平方メートルから300平方メートルにするなどの緩和策がとられた。また2018年には、生産緑地を企業や非営利団体(NPO)に貸与した場合でも、相続税の優遇措置が受けられる税制改正が決まった。

[矢野 武 2018年8月21日]

『神戸賀寿朗著『都市農業――展開と戦略』(1975・明文書房)』『都市近郊農業研究会編『都市化と農業をめぐる課題』(1977・農林統計協会)』『南清彦他編『現代都市農業論』(1978・富民協会)』『西村博行編著『都市化地域における農村の変貌』(1990・多賀出版)』

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改訂新版 世界大百科事典 「都市農業」の意味・わかりやすい解説

都市農業 (としのうぎょう)

都市の中で都市と調和しつつ存在する農業を,都市の周辺の近郊農業ととくに区別して,都市農業という。ここでいう都市とは市街化区域が主であるが,都市的開発が進行しつつある市街化調整区域も含む。従来の都市計画では都市内では原則として農地は残さないという考え方であり,市街化区域内農地に固定資産税を宅地なみに課税することによって転用を進めようとしてきたが,現実には市街化区域にかなりの農地が生産緑地などとして存続している。そして最近では,むしろ都市と調和した農業生産の存在が都市にとっても有益であり,都市と農地の一定程度の共存を図るべきだとされつつある。

 都市農業は生鮮農産物の供給といった面だけでなく,観光やレクリエーション,緑地,オープン・スペースなどの機能をもち,さらには学童教育や市民農園などにおいて教育文化活動関連の機能をも果たしうるといったように,都市にとっての多面的な機能をもっている。しかし一般の都市農業は農家の個人的努力による存続に任されており,直販その他の販売面での有利性を生かして高収益をあげている農業経営もあるが,高地価,高労賃などの都市化圧力のなかでしだいに減少しつつあるものが多く,都市農業は都市化の進行のなかで経過的にしか存在しえないのではないかという見方もある。それに対して横浜市の港北ニュータウンでは農業を続けたい農家の農地を市街地の周囲に集めて農業専用地区を作り,都市農業を計画的に振興しようとしている。今後はこういった計画的に維持される都市農業の必要性が高まることと思われる。都市農業経営の内容は,土地の集約的利用が可能なこと,農業公害が少ないこと,販売に有利なことなどの理由から,野菜,花,果樹などの園芸が中心であり,畜産はかつては都市内の専業的搾乳業という形がみられたが,畜産公害が問題となり現在では立地しにくくなっている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「都市農業」の意味・わかりやすい解説

都市農業
としのうぎょう

大都市の市街化区域内に存在する農地での生産活動。市街化区域内の生産緑地指定を受けた農地は,固定資産税都市計画税の負担が軽減され,相続税の納税猶予制度が適用される。かつて都市の宅地供給を促進するため,市街化区域内農地に宅地並みの固定資産税を課することで農地の宅地転用を推進した。ところが,都市化の進展とともに大都市で不足する緑地空間として位置づけられ,都市と農地の共存がはかられるようになった。都市住民に対して新鮮で安全な農産物を提供するだけでなく,市民農園の開設,農作業体験,農業研修など地域住民との交流やレクリエーションの場として展開することにより,生活に密着した産業となってきた。また,ヒート・アイランド現象の緩和,地下水涵養,資源循環などの都市環境保全機能や防災機能,景観形成機能も担っている。

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