野球殿堂博物館(読み)ヤキュウデンドウハクブツカン

デジタル大辞泉 「野球殿堂博物館」の意味・読み・例文・類語

やきゅうでんどう‐はくぶつかん〔ヤキウデンダウハクブツクワン〕【野球殿堂博物館】

National Baseball Hall of Fame and Museum》1939年、米国ニューヨーク州クーパースタウンに創設された、野球博物館。野球に関する資料収蔵展示。また、野球の発展に寄与した人物を選定し、その功を顕彰する事業を行っている。アメリカ野球殿堂博物館。野球の殿堂。
昭和34年(1959)米国にならって、東京都文京区の後楽園野球場近くに「野球体育博物館」の名称で創設された、野球の博物館。昭和63年(1988)に東京ドームへ移転。平成25年(2013)現名称に改称。日本の野球に関する資料を収蔵・展示。また、日本の野球の発展に寄与した人物を選定し、その功を顕彰する事業を行っている。野球の殿堂。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「野球殿堂博物館」の意味・わかりやすい解説

野球殿堂博物館
やきゅうでんどうはくぶつかん

プロ・アマチュアを問わず、日本野球の発展に貢献した人々を顕彰する施設。野球殿堂ともいわれる。1959年(昭和34)6月「野球体育博物館」の名称で開館、後楽園野球場の正門前にあったが、1988年3月東京ドーム内の一部に移る。2013年(平成25)4月より現名称。財団法人組織で、アメリカの野球殿堂(後述)に倣って、日本の野球の発達に尽力した人を表彰し、その名誉をたたえる行事を行っている。殿堂入りをする人を選出する委員会には、競技者表彰委員会と特別表彰委員会の2委員会があり、それぞれから選考委員が毎年投票によって被表彰者を選出する。殿堂入りした人は、第1回の正力松太郎(しょうりきまつたろう)、沢村栄治をはじめ、長嶋茂雄別当薫(べっとうかおる)、西本幸雄(ゆきお)(1920―2011)、金田正一(まさいち)、横沢三郎(1904―1995)、野村克也、張本勲、広岡達朗(たつろう)、吉田義男稲尾和久村山実王貞治衣笠祥雄(さちお)、中西太など、2024年(令和6)1月時点で218名を数える。

 アメリカの野球殿堂The National Baseball Hall of Fame and Museumは、野球生誕100年記念祭典の際、発生の地ニューヨーク州クーパーズタウンに1939年の6月に創設された。殿堂のかたわらには最初に野球を行った球場「ダブルデイ・フィールド」がある。100年前の1839年クーパーズタウンで陸軍将校アブナー・ダブルデイAbner Doubleday(1819―1893)が初めて野球をしたとされる広場に、ダブルデイ・フィールドの名の球場がつくられたのである。毎夏クーパーズタウンで行われる野球祭では、この球場でアメリカン、ナショナル両リーグの代表チームによるエキジビション・ゲームが2008年まで行われていた。

[神田順治・編集部 2024年2月16日]

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