鉄道事故(読み)てつどうじこ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「鉄道事故」の意味・わかりやすい解説

鉄道事故
てつどうじこ

鉄道運営時に起こった事故。鉄道事業者側の問題によるものや、地震など外部要因によるものなど、さまざまな原因により発生する。

鉄道事故の定義と分類

1日に6600万人以上の人々が利用する鉄道(2015年度時点)は、日本のもっとも重要な公共交通手段である。今日の日本の繁栄を支えているのは、新幹線や大都市圏、都市間の旅客輸送を担う鉄道であるといっても過言ではない。一方、鉄道は高速度で走行する人工物のシステムである。そのため、鉄道の内と外からの要因が引き金となって、人的・物的損害を伴う事故や災害にみまわれることがある。

 たとえば、2005年(平成17)4月に、107名が犠牲となったJR福知山(ふくちやま)線脱線事故が起こった。ほかのことに気を取られていたために運転士のブレーキ操作が遅れ、スピードを出し過ぎた電車がカーブを曲がり切れずに脱線に至った事故である。つまりこれは、運転士のヒューマン・エラー(人的なミス)という鉄道事業者部内の要因によって起こった事故であった。また1923年(大正12)9月の関東地震の際、国鉄熱海(あたみ)線(現、JR東海道本線)根府川(ねぶかわ)駅で、停車しようとしていた旅客列車が、地震で発生した土石流によって乗客を乗せたまま、ホームや駅施設もろとも海側に押し流され、機関車と6両の客車が海中に沈んだ。これにより、112人もの人が亡くなった。つまりこれは、地震という外部要因が引き金となって発生した鉄道災害であった。

 日本の鉄道は、1872年(明治5)以来の歴史を有する。その間、鉄道事故の定義と分類は所管官庁によって何回か変更された。直近の変更は1968年(昭和43)に行われたもので、もっとも大きな変更点は、それまでの運転事故を運転事故と運転阻害とに分けたことである。運転阻害とは、列車の脱線や衝突、踏切障害などの運転事故以外の、鉄道の運行に支障が生じたものをいう(運転阻害は、2001年以降は輸送障害とよばれている)。

 鉄道事業法第19条は、鉄道の事故等が発生した場合、鉄道事業者は国土交通大臣にそれを届け出なければならないと定めている。この場合の事故等とは、(1)列車・車両の衝突、火災、その他の運転中の事故(運転事故)、(2)鉄道による輸送に障害を生じた事態(輸送障害)、(3)鉄道に関係する電気事故または国土交通省令に定める災害、(4)列車・車両の運転中における事故が発生するおそれがあると認められる事態(インシデント)の四つである。

 (1)の運転事故には、列車衝突、列車脱線、列車火災、踏切障害、鉄道人身障害、道路障害および鉄道物損の7種類がある。(2)の輸送障害は、列車を運休した事態、または旅客列車の場合は30分以上、旅客列車以外の場合は1時間以上の遅延が生じた事態をいう。(3)の国土交通省令に定める災害とは、地震や津波など外部要因に起因する災害などのことをいう。(4)のインシデントとは、2001年より用いられるようになった、運転事故や輸送障害以外の、運転事故が発生するおそれのある事象をさす。たとえば、閉塞(へいそく)違反(ある区間を1列車の運転に専有させることを閉塞といい、この区間に進入すること)や信号違反、信号冒進(信号に従わずに進むこと)といった事象をいう。インシデントのうちとくに重大なものは、後述するように運輸安全委員会が事故調査の対象としている。

[安部誠治 2018年4月18日]

鉄道事故等の現状と推移

鉄道事故

鉄道事故は、正式には鉄道運転事故とよばれる。日本の2016年度の鉄道事故(鉄道運転事故)の総件数は715件で、それによる死者数は308人、また負傷者数は337人であった。事故種類別でみると、人身障害事故が429件(全体の60%)、ついで踏切障害事故が222件(同31%)となっており、鉄道事故の約9割はこれら二つの事故によって占められている。7種類ある鉄道事故のうち、鉄道人身障害や踏切障害、道路障害事故などの原因は、鉄道事業者側にあるよりも、乗客や道路を通行している人・自動車の側にある場合が多い。一方、主として鉄道事業者側に事故原因があり、かつ、いったん発生すると被害規模も大きなものになるのが列車衝突、列車脱線、列車火災の三つの事故である。これらは、列車事故と総称されている。

 かつて1960年代初めごろまで、日本では国鉄八高(はちこう)線の脱線事故(1947年2月)や常磐(じょうばん)線三河島(みかわしま)駅で列車が衝突した三河島事故(1962年5月)、横須賀線の鶴見(つるみ)多重衝突事故(1963年11月)など、100名以上の犠牲者を伴う深刻な列車事故が頻発していた。しかし、ATS装置自動列車停止装置)などの運転保安設備の導入・整備、制御装置の改善などの安全対策が実施されていった結果、信楽高原鐵道(しがらきこうげんてつどう)事故(1991年5月)や、前述の福知山線脱線事故のような事例は別として、1970年代以降は大事故はほとんど発生しなくなった。また、事故の発生件数および死傷者数ともに減少を続けている。すなわち、1975年度には事故件数3794件、死者数928人、負傷者数1669人であったものが、1990年度(平成2)には事故件数1308件、死者数423人、負傷者数606人となり、2016年度には事故件数715件、死者数308人、負傷者数337人へと減少している。

 事故件数、死傷者数ともこの40年間に大きく減少したもっとも大きな要因は、道路との立体交差化による踏切の撤去や踏切保安設備などの整備により踏切障害事故が大きく減少したことにある。すなわち、ピーク時には年間5000件以上も発生していた踏切事故は、1980年度には1233件へ、そして2016年度には222件へと激減している。また、それによる死者数も1980年度の294人から2016年度には96人に減少している(数値は国土交通省鉄道局「鉄軌道輸送の安全に関わる情報」による)。

[安部誠治 2018年4月18日]

輸送障害

輸送障害とは、前述したとおり、鉄道運転事故以外の輸送に障害を生じたトラブルのことをいう。輸送障害を引き起こす原因には、(1)車両や施設、乗務員など鉄道事業者側に起因する部内原因、(2)人の線路内立入りや動物との衝突、踏切の直前横断など部外原因、(3)地震、大雨、強風、積雪など災害原因の三つがある。輸送障害のほとんどは、高架部分が少なく、線路への立入りが容易で施設も古く、かつ列車の運転本数の多いJR在来線や民鉄線(私鉄線)において発生している。

 輸送障害の件数は、国鉄が分割・民営化された1987年度に1842件であったものが、2000年度には3712件、そして2016年には5331件と2.9倍に著増している。さらに、原因別に1987年度と2016年度とを比較すると、部内原因の輸送障害は1.5倍に、部外原因のそれは6.5倍に、そして災害原因のそれは2.8倍に激増している(数値は国土交通省鉄道局「鉄軌道輸送の安全に関わる情報」による)。

[安部誠治 2018年4月18日]

インシデント

インシデントとは、日本では鉄道運転事故が発生するおそれがあると認められる事象のことをいう。ただし、欧米ではインシデントは事故を含む広い概念で、そのうち人の死傷や物的被害が発生したものが事故とされている。2016年度に鉄道事業者から報告されたインシデントは24件で、このうち2件が運輸安全委員会の調査対象となっている(数値は国土交通省鉄道局「鉄軌道輸送の安全に関わる情報」による)。

 重大な鉄道事故は、多くの要因が複合的に重なりあって発生する。鉄道の現場では日々、数多くのヒヤリ・ハット(「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたりして危険を感じた事象)が発生しているが、それらはほとんどの場合、事故に至らずに単なるトラブルとして収束している。ヒヤリ・ハットやインシデントが事故となって発現するのは、悪条件が重なり、いくつかの要因が合成された場合である。したがって、インシデントの段階でそれを解析し、インシデントを引き起こすに至ったシステムの欠陥を是正してやれば、事故の芽を摘み取ることができ、事故の発生を事前に防止することができる。換言すれば、インシデントは事故の予兆ないし警報なのである。インシデント・データの収集と分析が重要なのはこうした理由からである。

[安部誠治 2018年4月18日]

今後の課題

事故防止・安全対策の課題

既述の鉄道事故の発生件数の減少は、鉄道事業者や国などによるATS装置の整備や踏切の改良など、保安対策の着実な推進によるところが大きい。これに甘んじることなく、人身事故が多発しているホームの安全対策の拡充や高齢者の増加を踏まえた踏切のさらなる安全対策、運行の現場におけるヒューマン・エラー対策、組織内における技術の円滑な継承などを進めることで、鉄道の安全をさらに向上させていく必要がある。

 また、首都直下地震南海トラフ巨大地震の発生が危惧(きぐ)されており、これらの巨大地震が発生すると、沿線の鉄道施設は大きな被害を受ける。引き続き、これら二つの巨大地震を含む大規模地震に対する備えを進める必要がある。

 さらに2000年代以降、地球温暖化の影響と考えられるが、降雨の形態が変わり、集中豪雨による線路の寸断など各地で雨による鉄道施設の被害が目だつようになった。今後は、大雨対策を含め、地震以外の自然災害対策もさらに強化する必要がある。なお、日本の鉄道は明治の開業から150年近く経っており、とくにローカル線を中心に施設の老朽化が進んでいる。これへの対応も着実に進める必要がある。

 人口減により輸送市場が縮小するなか、安全投資のための資金の確保は、鉄道事業者にとって切実な問題となっている。国による安全投資にかかる現行の支援制度を充実させるとともに、保安設備の低廉化を実現するために、鉄道事業者間で共同開発や仕様の共通化を図るための仕組みづくりに着手する必要がある。

[安部誠治 2018年4月18日]

事故調査と運輸安全委員会

事故調査は、鉄道の安全性向上にとって有益である。事故が起こった際、徹底的な事故調査を行うことで鉄道の技術やシステム、マネジメントの欠陥を洗い出し、事故原因となった諸要因を改善することで起こりうる事故の芽を事前に摘み取るのである。

 事故調査は、事故の当事者である事業者が行う場合もあれば、死傷者が出た事故の場合は捜査という形で警察が「調査」を行うこともある。そうした事故調査のうちでもっとも重要なのは、責任追及のためではなく、再発防止を目的とする第三者機関によって行われる公的な調査である。2017年12月時点で、日本には事故調査を行う公的な常設機関として、運輸安全委員会、消費者安全調査委員会(消費者生活に関係する製品や施設などの事故を担当)、事業用自動車事故調査委員会(営業用トラック、バス、タクシーの事故を担当)、医療事故調査・支援センター(医療事故を担当)の四つがある。これらのうちで、歴史がもっとも古く、活動内容も大規模なものが運輸安全委員会である。

 運輸安全委員会の前身は1974年に発足した航空事故調査委員会である。2001年10月、これに鉄道部門が加わり航空・鉄道事故調査委員会となった。さらに2008年に、1947年に発足した海難審判庁の事故調査部門が統合されて運輸安全委員会が発足した。

 運輸安全委員会は、国土交通省の外局ではあるが、国家行政組織法上の三条委員会であり、権限行使の独立性が保障されている。同委員会の目的は、事故の再発防止、および事故による被害の軽減のための調査であり、航空、鉄道、船舶の事故および重大インシデントを調査対象としている。調査対象とされる範囲は、航空と船舶の場合は国内で起こったすべての事故ならびに重大インシデント、鉄道の場合は国内で起こったすべての列車事故と、5人以上の死傷者を生じた踏切事故などその他の重大な事故、ならびに重大インシデントである。

 運輸安全委員会のモデルは、1975年に設立されたアメリカの国家運輸安全委員会(NTSB:National Transportation Safety Board)である。NTSBと同種の事故調査機関は、ほかにもカナダ、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、オランダ、ニュージーランド、オーストラリアなどにも設置されており、運輸の安全向上に大きな役割を果たしている。

[安部誠治 2018年4月18日]

『安部誠治監修、鉄道安全推進会議編『鉄道事故の再発防止を求めて―日米英の事故調査制度の研究』(1998・日本経済評論社)』『久保田博著『鉄道重大事故の歴史』(2000・グランプリ出版)』『安部誠治編著『踏切事故はなぜなくならないか』(2015・高文研)』『山之内秀一郎著『なぜ起こる鉄道事故』(朝日文庫)』

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改訂新版 世界大百科事典 「鉄道事故」の意味・わかりやすい解説

鉄道事故 (てつどうじこ)

鉄道の安全で正確な輸送を阻害する事象が発生した場合を鉄道事故という。鉄道事業法に基づく鉄道事故等報告規則においては,安全を阻害する事象と正確を阻害する事象の二つに大別し,前者を鉄道運転事故,後者を運転阻害事故と定義づけて処理している(ほかに電気事故と災害についても規定している)。

 鉄道運転事故とは,列車または車両の運転により,人の死傷または物の損傷を生じたもので,次のような事象をいう。(1)列車衝突事故列車が他の列車または車両と衝突し,または接触した事故,(2)列車脱線事故列車が脱線した事故,(3)列車火災事故列車に火災が生じた事故,(4)踏切障害事故踏切道において,列車または車両が道路を通行する人または車両等と衝突し,または接触した事故,(5)道路障害事故踏切道以外の道路において,列車または車両が道路を通行する人または車両等と衝突し,または接触した事故,(6)鉄道人身事故前記以外で列車または車両の運転により人の死傷を生じた事故,(7)鉄道物損事故前記以外で列車または車両の運転により500万円以上の物損を生じた事故。鉄道運転事故は以上のように分類されるが,この種の事故が発生した場合は,再発防止の諸対策を重点的に実施することになっている。

 運転阻害事故とは,列車の運転に阻害(列車に遅延等を生じさせるもの)を及ぼしたもののうち,鉄道運転事故に該当しない事象をいい,その原因が鉄道側に起因するものを部内原因,鉄道側に起因しないものを部外原因,災害(風,雨,雪,地震等)に起因するものを災害原因と大別している。部内原因には,車両脱線,車両破損,転てつ器破損,車両逸走,閉塞違反,信号違反,停車駅通過,車両火災,車両故障,線路故障,送電故障,保安装置故障,荷くずれ車解放,運転支障,乗務員疾病,その他がある。部外原因としては,列車妨害,車両障害,線路障害,送電障害,保安装置障害,踏切支障,列車支障,その他がある。

 災害原因には,車両災害,線路災害,送電災害,保安装置災害,災害支障,その他がある。
交通事故
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百科事典マイペディア 「鉄道事故」の意味・わかりやすい解説

鉄道事故【てつどうじこ】

運転事故と運転阻害とがある。前者は列車事故(列車衝突,列車脱線,列車火災),踏切事故,車両などに触れて起きた人身障害など。後者は列車または車両の運転に阻害を及ぼしたもののうち運転事故に該当しないもので,車両脱線,車両破壊,車両逸走,車両火災,信号違反,送電故障,線路故障,乗務員疾病など部内原因によるもの,列車妨害,線路障害,踏切支障など部外原因によるもの,車両災害,線路災害,送電災害など地震,風雨,雪などによる災害原因によるものがある。運転事故発生件数は,2001年度879件,死傷者822人。このうち踏切事故が442件を占める。第2次大戦後の大事故に1947年の八高線事故(死者184),1951年の桜木町事故(死者106),1962年の三河島事故(死者160),1963年の鶴見事故(死者161),2005年の宝塚線(福知山線)事故(死者107)がある。
→関連項目交通事故福知山線

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