鍋島焼(読み)なべしまやき

精選版 日本国語大辞典 「鍋島焼」の意味・読み・例文・類語

なべしま‐やき【鍋島焼】

〘名〙 江戸時代、佐賀藩主鍋島家が肥前国佐賀県)松浦郡大川内伊万里市)の藩窯で製した磁器。色絵付の色鍋島が名高い。大川内焼

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「鍋島焼」の意味・読み・例文・類語

なべしま‐やき【鍋島焼】

江戸前期、肥前鍋島家が藩窯で焼かせた磁器。寛永5年(1628)の始まりと伝えるが、延宝3年(1675)松浦郡大川内に窯を移してから最盛期を迎えた。貴紳への献上品の焼造を主眼として、精巧華麗な作風を展開染め付け青磁もあるが、特に色絵色鍋島として名高い。明治初期に藩窯は廃されたが、その技法民間に受け継がれている。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「鍋島焼」の意味・わかりやすい解説

鍋島焼
なべしまやき

江戸時代の代表的な磁器窯およびその製品。伊万里(いまり)焼を領有していた肥前(ひぜん)国(佐賀県)鍋島藩御用窯(藩窯)。初代藩主勝茂(かつしげ)が1628年(寛永5)に有田(ありた)町の岩屋川内(いわやがわち)窯を藩窯に指定したと伝え、その後61年(寛文1)同町の南川原(なんがわら)に移ったとされるが、いずれも確証はない。窯跡が明らかなのは、一般に第三期の窯とされている伊万里市二本柳大川内(おおかわち)に移ってからであり、窯跡出土陶片から元禄(げんろく)年間(1688~1704)を少しさかのぼる時期には明確にその実像をつかむことができる。

 鍋島窯は、貴紳に献上する優品の焼造を主眼としたため、採算を度外視して、厳格な様式統制のもとに原料を精選し、超絶した技巧を駆使して色絵、染付(そめつけ)、青磁などの多くの皿を焼いたが、とりわけ色絵は色鍋島と称して声価が高い。形は単純な木盃(もくはい)形の円形皿で、径の大きさは一尺、七寸、五寸、三寸と多様である。見込(みこみ)には独創無比な文様を描き込み、純和様磁器の様式美を樹立した。みごとに整った様式規制は藩窯ならではの所産であり、卑俗に染まらぬ唯美主義を貫き、高貴にして典雅を極め、洗練された江戸文化の粋を結集した観がある。元禄年間が黄金時代で、江戸時代を通じて窯は存続したが、1871年(明治4)の廃藩置県により藩の事業は終え、その後は民間に移された。重要文化財に指定されている「色絵菊芙蓉(きくふよう)図皿」「色絵桃(もも)図皿」「色絵松竹梅橘文瓶子(たちばなもんへいし)」などが著名である。

[矢部良明]

『永竹威著『肥前陶磁の系譜』(1974・名著出版)』『矢部良明著『名宝日本の美術26 染付と色絵磁器』(1980・小学館)』


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「鍋島焼」の意味・わかりやすい解説

鍋島焼 (なべしまやき)

佐賀県伊万里市におかれた鍋島藩の御用窯(藩窯),またその製品をいう。有田焼を支配下におさめる鍋島藩は,藩の誇るこの磁器窯をもとに,特別に設けた御用窯で精巧な磁器をつくらせ,将軍,大名,公家などへの献上品とした。明治初年の文献によると,1628年(寛永5)に初代藩主勝茂が岩谷川内(いわやごうち)窯を藩窯に指定したのにはじまり,61年(寛文1)南川良(なんがわら)に移り,75年(延宝3)には現在の伊万里市二本柳にある大川内(おおかわち)山に立地したと伝えている。しかしこの年次および窯の位置については検証されておらず,判然としていない。ただ大川内窯がおよそ17世紀末までに開かれたことは考古学的に確かめられている。製品の式制は厳格で,藩窯技術の秘守につとめた。大半は皿で占められ,径をさだめ,最上質の材料をつかって色絵,染付,青磁など各種の磁器をつくった。とくに色絵は色鍋島とよばれて声価が高い。元禄期(1688-1704)の製品が最も水準が高く,しだいに作風はおとろえてゆき,1871年(明治4)に民間に委譲された。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鍋島焼」の意味・わかりやすい解説

鍋島焼
なべしまやき

鍋島藩の藩窯で焼かれた磁器。寛永5 (1628) 年に鍋島藩が有田の岩谷川内 (いわやがわち) で焼かせたのに始る。その後,窯は南川原を経て大河内 (伊万里市大川内町) に移された (→伊万里焼 ) 。藩はこの藩窯に巨額の資金を出し,優秀な職人と最高の技術で精巧な製品を作らせ,その多くは江戸幕府,諸藩への贈り物とされたほか,藩の財源ともなった。作品には染付と色絵 (色鍋島) があるが,最も洗練されたものは色絵で,日本の製陶術中最高といわれる。明治4 (1871) 年に廃窯となったが,その技法は今日も伝承されている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「鍋島焼」の意味・わかりやすい解説

鍋島焼【なべしまやき】

有田焼の一種で,佐賀藩鍋島家の藩窯の製品。寛永年間,有田の岩谷川内で開窯,その後大川内(現,伊万里市)に移り幕末まで続いた。材料を厳選し,練達の工人を分業制で雇用してすぐれた磁器を焼いた。優美な絵付をした丸皿を代表とする色絵磁器(色鍋島)が有名。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android