鎮魂祭(読み)ちんこんさい

精選版 日本国語大辞典 「鎮魂祭」の意味・読み・例文・類語

ちんこん‐さい【鎮魂祭】

〘名〙
① 魂をしずめるための祭祀宮中で、一一月中の寅の日には天皇皇后の御魂を、中の巳の日には皇太子の御魂をしずめ、延命を祈る神祭。鎮魂の祭。たましずめのまつり。鎮魂。《季・冬》
※令義解(718)神祇「仲冬〈略〉寅日鎮魂祭」
② 転じて、神葬死者の魂をしずめるための祭祀。
[語誌](1)①の祭祀は天の岩戸での天鈿女命(あまのうずめのみこと)の「わざおぎ」や歌舞によって魂をゆすり動かした伝説の流れを受けるものといわれ、神楽も天鈿女命の子孫であると称する猿女(さるめ)御巫(みかんなぎ)となってつかさどる。天皇を守護する八神(はっしん)と大直日神をまつり、鎮魂歌が、琴、笛にあわせて歌われ、御巫が舞う。御巫が誓槽(うけぶね)の上に立ち、槽を鉾でつくたびに、神祇伯が、玉の緒と呼ぶ木綿(ゆう)を結び、天皇の衣箱のふたを開いてゆり動かす。結ぶのは魂の遊離、すなわち死を防ぐためで、「たまよばい」であるが、同時に、魂に活力をつける「みたまふり」でもある。
(2)この祭には霊魂をゆすり力を強め、外来の魂を招く儀礼と、遊離する魂を身体の中にしずめる儀礼との二つの要素が混じている。

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デジタル大辞泉 「鎮魂祭」の意味・読み・例文・類語

ちんこん‐さい【鎮魂祭】

たましずめのまつり」に同じ。
神葬で、死者の魂をしずめる祭祀。

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改訂新版 世界大百科事典 「鎮魂祭」の意味・わかりやすい解説

鎮魂祭 (ちんこんさい)

〈たましずめのまつり〉〈たまふりのまつり〉ともいう。身体から遊離する魂(たましい)を体内に鎮める神事。身体から遊離した魂を体内に鎮めるのを〈たましずめ〉,体内で静止した魂を振りおこして活動させようとする作用を〈たまふり〉という。宮中においては天皇・中宮(皇后)の鎮魂祭が行われ,祭日は大嘗祭新嘗祭の前日。起源は《旧事紀》によると,神武天皇の代にウマシマジノミコトによってはじめられたという。日本固有の信仰によるもので,神秘な神事である。《延喜式》その他の上代の文献によると,神魂(かんむすび),高御魂(たかみむすび),生魂(いくむすび),足魂(たるむすび),魂留魂(たまるむすび),大宮女(おおみやのめ),御膳魂(みけつたま),辞代主(ことしろぬし)の神祇官斎院にまつる八神殿の神と大直(おおなおび)神をまつる。その次第は,まず八代物(やつしろのもの)(刀,弓など8種)と神饌(しんせん)を供え,次に琴をひき,歌をうたい,次に御巫(みかんこ)が宇気槽(うけふね)の上に立って,桙(ほこ)を持って槽をつくこと10回,つくたびに筥(はこ)の鬘木綿(かづらゆう)をむすび(玉の緒の糸結び),また,御服をおさめた筥を開いて,御衣を振り動かす儀礼(御衣振動)がある。次に倭舞(やまとまい)を舞い,酒肴を賜って本儀が終わる。つまり,糸結びと御衣振動が本儀の中心で,現行の宮中鎮魂祭儀も神座を設けて同様の儀礼が行われている。もと宮内庁で行われたが,現在は宮中三殿内の綾綺殿(りようきでん)で行う。宮中のほか,奈良県の石上(いそのかみ)神宮,新潟県の弥彦神社,島根県の物部神社などでも,鎮魂祭が行われている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「鎮魂祭」の意味・わかりやすい解説

鎮魂祭
ちんこんさい

「鎮魂祭(たましずめのまつり)」「鎮魂祭(たまふりのまつり)」ともいう。大嘗祭(だいじょうさい)・新嘗祭(にいなめさい)の前日にあたる11月下の寅日(または中の寅日)、宮内省正庁において行われた宮廷の呪術的祭祀(さいし)。『延喜式(えんぎしき)』四時祭(しじさい)によれば祭神は神祇官(じんぎかん)八神殿(はっしんでん)の神々および大直日神(おおなおびのかみ)。祭祀の意義は『令義解(りょうのぎげ)』職員令(しきいんりょう)に詳しく、大嘗祭・新嘗祭に先だち天皇の魂を体内に安鎮させるためであるという。この神事では、御巫(みかんなぎ)・猿女(さるめ)と呼ばれた神祇官に所属する巫女(みこ)が神祇伯に率いられて行事に参加し、神事行為を行うのが特徴である。史料上の初見は『日本書紀』天武天皇14年(685)11月24日条で、『古語拾遺』ではこの行事の起源を天照大神の天岩戸隠れと天鈿女命(あめのうずめのみこと)の神話に求めているが、これを否定する説もある。

[佐多芳彦]

『肥後和男著「鎮魂の儀について」(『千家尊宣先生還暦記念 神道論文集』所収・1958・神道学会)』『松前健著『古代伝承と宮廷祭祀』(1974・塙書房)』『利光三津夫著『律令制の研究』(1981・慶応通信)』『谷省吾著「鎮御魂斎戸祭に関する一考察」(『神道史研究』28-1)』

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百科事典マイペディア 「鎮魂祭」の意味・わかりやすい解説

鎮魂祭【ちんこんさい】

〈たましずめのまつり〉とも。魂をしずめ長寿を祈る神事。天皇(または皇后,皇太子)のために新嘗(にいなめ)祭の前日に宮中で行われたものが有名。儀式には遊離しようとする魂を体内におさめる〈みたましずめ〉と魂の活動を強める〈たまふり〉の2要素がみられるが,古くはシャマニズム的色彩の濃い後者が主流を占めた。天の岩屋戸神話における天鈿女(あめのうずめ)命の故事にも,それが反映している。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鎮魂祭」の意味・わかりやすい解説

鎮魂祭
ちんこんさい

新嘗祭の前日旧暦 11月中の寅の日の申の刻に,宮中の綾綺殿で,天皇,皇后,皇太子,皇太子妃らの魂を身体に安鎮せしめ,寿命の長久を祈る神事。「たましずめのまつり」「みたましずめのまつり」ともいう。

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世界大百科事典(旧版)内の鎮魂祭の言及

【天照大神】より

…アマテラスは,天界高天原(たかまがはら)の統治を命じられ天に昇るが,弟神スサノオの乱暴を怒って天の岩屋戸にこもると世は暗闇となり,出てくると光があふれた。この話には宮廷儀礼鎮魂祭の投射がある。この祭りは冬至のころの太陽と天子の魂の賦活を重ねて行おうとしたものである。…

【天の岩屋戸】より

…一方,スサノオは追放されたという。以上は記紀の神代に伝えるところだが,これを日食神話と見るのは俗解で,むしろその下地にあるのは大嘗祭(だいじようさい)につらなる鎮魂祭とするのが正しい。登場する諸神も宮廷祭祀に関係の深い諸氏族の祖とされており,この神々は天孫降臨神話にも登場する。…

【冬祭】より

…祭りは本来季節を先導すべき行事であるから,実際の季節感覚に先行する。古代律令制下の神祇官所祭の四時祭では仲冬つまり旧11月の相嘗祭(あいなめまつり)と鎮魂(たましずめ)(鎮魂祭(ちんこんさい))と新嘗祭(にいなめさい)の三祭,季冬つまり旧12月の月次(つきなみ),鎮火(ほしずめ)(鎮火祭(ちんかさい)),道饗(みちあえ)の三祭が冬祭にあたる。相嘗は諸国の神々へ,新嘗は皇祖神へ新穀を供する収穫感謝の祭りであり,鎮魂は天皇霊を補強する神事であるが,季冬の三祭は季夏旧6月にも執行される社会安泰祈願の祭りである。…

【御神楽】より

…現行御神楽の原形である〈内侍所(ないしどころ)の御神楽〉は,《江家次第》《公事根源》等によれば,一条天皇の時代(986‐1011)に始まり,最初は隔年,白河天皇の承保年間(1074‐77)からは毎年行われるようになったという。これより古くから宮中で行われていた鎮魂祭,大嘗祭(だいじようさい)の清暑堂神宴,賀茂臨時祭の還立(かえりだち)の御神楽,平安遷都以前から皇居の地にあった神を祭る園韓神祭(そのからかみさい)等の先行儀礼が融合・整理されて,採物(とりもの),韓神,前張(さいばり),朝倉,其駒(そのこま)という〈内侍所の御神楽〉の基本形式が定まり,以来人長(にんぢよう)作法,神楽歌の曲目の増減等,時代による変遷はあったものの,皇室祭儀の最も重要なものとして,よく古式を伝えて今日にいたっている。 御神楽は夕刻から深夜にかけて,神前の庭に幕を張って楽人の座を設け,庭火を焚いて座を清め,これを明りとして行われる。…

【民俗芸能】より

…(1)神楽芸 カグラは神座(かむくら)の音略で,古代祭祀においては,巫者が神座となる榊などの採物(とりもの)を打ち振りながら神霊を迎えて歌舞したことに始まったものとみられる。記紀の天岩戸神話に示された天鈿女(あめのうずめ)命の俳優(わざおぎ)などがそれにあたり,太陽の衰える冬季,巫者が招き迎えた神霊を天皇の御体にいわい込めて,魂の再生をはかる鎮魂祭にこれが行われ,宮廷ではこれが基で御神楽(みかぐら)が生まれた。民間でもこの鎮魂の神楽は陰陽道,修験道,伊勢神道などの信仰や作法を吸収しながら多彩な展開を示す。…

※「鎮魂祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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