陝西(省)(読み)せんせい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「陝西(省)」の意味・わかりやすい解説

陝西(省)
せんせい / シャンシー

中国中部の省。略称は陝、または秦(しん)。東は大部分が黄河で山西(さんせい)省と接し、一部は河南(かなん)省と接する。北は万里の長城を越えた所で内モンゴル自治区と、南は秦嶺(しんれい)山脈を越えて漢水(かんすい)の上流域を含んで四川(しせん)省、重慶(じゅうけい)市、湖北(こほく)省と接する。西は黄土(こうど)高原上で甘粛(かんしゅく)省(一部は寧夏(ねいか)回族自治区)と接する。面積20.6万平方キロメートル、人口3775万1200(2014)。住民は大部分が漢族であるが、西北異民族地区との接触地帯であり、回族、モンゴル族などの少数民族も約40万人居住する(2015年時点)。省都は西安(せいあん)市で、そのほか銅川(どうせん)、宝鶏(ほうけい)、咸陽(かんよう)など9地級市と1地区(楊凌(ようりょう)農業高新技術産業示範区)があり、それらの中に3県級市と77県、27市轄区を含む(2015年時点)。

[秋山元秀 2016年9月16日]

自然

省の南部を東西に走る秦嶺山脈により、渭河(いが)とその支流の流域と、漢水の流域とに二分される。前者はさらに渭河の沖積平野を中心とした渭河平原(関中(かんちゅう)盆地)と、北部の黄土高原から長城以北の砂漠を含む地域(陝北(せんほく))に分かれる。秦嶺山脈以北は乾燥気候で気温の較差も大きく、とくに陝北では年降水量は400ミリメートル前後で、月平均気温も夏は20℃を超えるが、冬は零下10℃にも下がる。これに対し秦嶺山脈以南は温暖湿潤で年降水量も1000ミリメートルを超える。

[秋山元秀 2016年9月16日]

歴史

渭河平原は中国文明揺籃(ようらん)の地で、周の豊鎬(ほうこう)、秦の咸陽より唐(とう)の長安(ちょうあん)に至るまで歴代王城が置かれ、「関中を制するものは天下を制する」といわれた。しかし揚子江(ようすこう)下流域が発達するとともに相対的に衰えた。陝北は万里の長城が走り、北方異民族との接触地帯として軍事的要地であり、秦嶺山脈以南は内陸において中国北部と南部を結ぶ要衝を占めていた。これらの地区をまとめて陝西という行政区域が設けられたのは宋(そう)代からで、陝西とは陝州(いまの河南省陝県)以西の地という意味である。この歴史を踏まえ、渭河平原には多くの名勝、遺跡があり、中国で有数の観光地となっている。

[秋山元秀 2016年9月16日]

中国共産党とのかかわり

また陝西省は、1930年代から1940年代にかけて中国共産党の根拠地となった歴史がある。とりわけ北部の延安(えんあん)は1937年1月から1947年3月まで党中央委員会が置かれ、毛沢東(もうたくとう)が共産党内における主導権を確立した「革命の聖地」とされる。近年、革命旧跡を巡る「紅色観光」がブームとなっている。

[于 海春 2016年9月16日]

経済・産業

2015年の域内総生産(GDP)は1兆8172億元(約35兆円)で、国内31の省・直轄市・自治区のなかで15位を占めている(1980年は95億元で国内20位)。GDPの産業構成比は1980年と比べて、第一次産業が30.0%から8.8%に、第二次産業が50.3%から51.5%に、第三次産業が19.7%から39.7%に変化し、とりわけ、第三次産業の成長が目だつ。

 改革開放初期の1980年から1989年で、GDPは約3.7倍に伸びた(1989年は358億元)。1992年以降、改革開放が本格化して市場化が進むと、経済成長も加速し、1999年には1593億元に成長した。2000年以降、中国政府がスタートさせた「西部大開発」プロジェクトの重点地域となったことを背景に、2002年から12年連続で二桁(けた)成長を記録。最高値は2008年の16.4%であった。

 また、2013年から中国政府が国家戦略として進める「一帯一路」戦略の中心地域の一つでもあり、さらなる成長が見込まれる。

[于 海春 2016年9月16日]

農業

耕地面積は405万ヘクタールで、国内18位を占めている(2008)。中国における工業化と都市化の進展に伴い、大量の農耕用地は工業用地に転用され、耕地減少の傾向にある。陝西省の耕地面積は1996年から2008年の12年間で21.2%も減少した。

 伝統農業においてもっとも重要な地位を占めているのは食糧生産である。生産地域はおもに西安、宝鶏、咸陽、渭南(いなん)と陝南(せんなん)の五つの地域に集中しており、省の生産高1位は冬小麦、2位はトウモロコシである。米、ジャガイモサトイモ、大豆なども主要な食糧農作物である。

 商品作物では、楡林(ゆりん)ソバとリンゴの一大産地として知られている。楡林ソバとは高原地域の楡林で栽培されたソバで、高原気候の影響により粒が大きいという特徴があり、独特な食感がする。毎年、日本と韓国に大量に輸出されている。そのほか、綿花、チンゲンサイラッカセイ、漢方薬原料、蚕糸、茶などが主要な商品作物である。

 主要農作物の分布は次の通りである。渭河平原と渭北高原では主として小麦が、秦嶺、巴山(はざん)と陝北の丘陵ではトウモロコシが多くつくられ、陝南の漢水、月河(漢水の支流)流域では主としてイネが栽培される。渭北では質の高いリンゴが生産され、蚕糸と漢方薬材の生産はおもに陝南地区に集中している。

[于 海春 2016年9月16日]

資源

陝西省は大量の上質な鉱産資源を数多く有している。石油は1970年代から探鉱技術が発展し、陝北では長慶油田の開発(現在の陝西延長石油有限責任公司が主導)が本格化した。2004年以降は、開発技術の進展により、生産量が一躍国内2位となった。天然ガス、石炭の生産量もそれぞれ国内1位、3位である(2014)。

 資源分布は、渭北、陝北では石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料、石墨、石灰、岩塩などの非鉄金属を多く産出し、渭河平原には石炭、モリブデンなどが多い。省内には埋蔵量が国内10位以内の資源が60種類以上もあり、岩塩は埋蔵量8855億トンで国内1位、石油は国内3位である(2015)。金属ではマグネシウムが埋蔵量国内1位、亜鉛が国内3位である(2015)。

[于 海春 2016年9月16日]

鉱工業

陝西省は産業機械、航空と宇宙開発、電子情報産業の研究と製造の拠点となっている。特徴を以下にあげる。

(1)中国のエネルギー資源の重要な供給地となっている。豊富な資源を背景に重工業は大きな発展を遂げ、石油の掘削装置、金属を磨く旋盤や鉄道車両、鉱山機械、発電機、各種化学プラントなど、優れた製造技術がある。なお2016年『フォーチュン』誌(アメリカの経済誌)のグローバル500社のランキングには、陝西省の企業として石油開発・生産の陝西延長石油有限責任公司(国有企業、売上高318億ドルで325位)、石炭加工メーカーの陝西煤業化工集団(国有企業、売上高303億ドルで347位)が名を連ねている。そのほか、電力供給も発達しており、西部大開発の一環である「西気東輸(せいきとうゆ)」戦略部署の下、華東地区へガスと電力を供給する計画も進められている。石炭火力発電による電力を送るための大型基地が陝北で建設中である(2014年時点)。

(2)航空、宇宙開発産業における重要な拠点である。西安市には中国最大規模の航空宇宙産業の拠点である国家民用航空宇宙産業基地がある。同基地に入居する中国航天科技集団公司は中国の有人宇宙船「神舟(しんしゅう)」計画のキャリアロケットに動力システムを提供した。また、西安飛機工業集団は国内有数の民用航空機メーカーである。

(3)西安に陝西省のIT企業のほとんどが集中している。韓国・サムスン電子のフラッシュメモリー工場(2014)、中国の通信機器メーカーZTE(中興通訊)のスマートフォン工場(2015)の設立により、陝西省の電子機器製造業における発展が見込まれる。

(4)近年、自動車製造、製薬業も陝西省の柱となる産業になりつつある。自動車メーカーの陝西汽車集団が製造した液化天然ガス(LNG)を燃料とする大型トラックとハイブリッド・カーの販売台数が国内1位となった(2015)。製薬業に関しては、陝南において漢方薬原料の栽培基地が建設された。陝西省には知名度の高い漢方薬メーカーが集中しており、西安は漢方薬の生産センター、かつ国家レベルの医薬品輸出の基地の一つとなっている。

[于 海春 2016年9月16日]

賃金水準

都市部に住む非私営企業従業員の平均賃金(年収)は2006年以降大幅に上昇し、2014年時点で5万0535元(約86万9000円)である。それでも全国平均(5万6360元)より低い水準にあるため、省政府は2011年に年間15%上昇をガイドラインとして明記し、平均賃金を全国平均なみに引き上げようとしている。

 2014年の1人当り可処分所得は1万5837元(約22万2000円)で、前年比で10.2%増加した。都市・農村別にみると、都市部は2万4366元(約41万9000円、前年比9.0%増)、農村部は7932元(約13万6000円、同11.8%増)で、所得格差はおよそ3倍である。

[于 海春 2016年9月16日]

対内直接投資

2014年に海外(香港(ホンコン)を含む)から投資された金額は41億7600万ドルで、製造業(58.5%)と不動産業(17.6%)に集中している。国・地域別でみると、1位が香港(56.1%)、2位が韓国(31.8%)である。一方で日本は1%未満にすぎず、存在感が薄い。

[于 海春 2016年9月16日]

交通

陝西省は主要交通網の重要な接点である。なかでも西安は東西(上海(シャンハイ)―ウルムチー中央アジアの「東西大通路」)、南北(北京(ペキン)―成都(せいと)―昆明(こんめい)を連結する「南北大通路」)の2本の鉄道輸送の通路が貫通する要衝である。重要な路線として、2010年開通の鄭州(ていしゅう)西安高速鉄道、2013年開通の西宝旅客専用線(西安―宝鶏)、2017年開通予定の西成高速鉄道(西安―成都)等があげられる。高速鉄道利用で、北京まで約4時間、上海まで約5時間、広州まで約8時間である。

 また西安は、北京に次ぐ高速道路の要衝でもある。省内には福銀高速道路(福州(ふくしゅう)―銀川(ぎんせん))、パオトウ高速道路(パオトウ―茂名(もめい))、京昆高速道路(北京―昆明)など計17本の高速自動車国道がある。

 西安咸陽国際空港は中国西北地方のハブ空港であり、年間旅客数が2900万人を超える(2015)。そのほか、楡林、延安、漢中(かんちゅう)、安康などに空港がある。

[于 海春 2016年9月16日]

文化

世界遺産の登録

1987年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により、西安市にある「秦の始皇陵」(文化遺産)が世界遺産に登録された。また、2014年に世界遺産に登録された「シルク・ロード:長安‐天山(てんざん)回廊の交易路網」(文化遺産)の構成資産には、西安市にある漢長安城未央宮(びおうきゅう)遺跡、唐長安城大明宮(たいめいきゅう)遺跡、大雁(だいがん)塔、小雁塔、興教寺塔、漢中市にある張騫(ちょうけん)墓、咸陽市にある彬(ひん)県大仏寺石窟(せっくつ)の計7件が含まれている。

[于 海春 2016年9月16日]

日本との関係

外務省編『海外在留邦人数調査統計』によると、2014年(平成26)10月時点の在留邦人数は147人で、そのほとんどが西安市に在住している。1983年(昭和58)、唐の時代からの交流と有数の古都という共通点から、京都府と友好提携を結んだ。1994年には唐の時代に留学した空海(くうかい)との縁で彼の出生地である香川県と、2010年には奈良県と友好提携を締結している。

 陝西省に進出している日系企業は約200社で、1985年進出の横河電機、1986年進出の古河電気工業を嚆矢(こうし)に、ブラザー工業、ダイキン工業、三菱電機、東芝、日立製作所などがあげられる。進出分野は電機をはじめとする製造業、IT、アウトソーシングサービスなどである。

[于 海春 2016年9月16日]

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