精選版 日本国語大辞典 「隠」の意味・読み・例文・類語
かく・れる【隠】
〘自ラ下一〙 かく・る 〘自ラ下二〙
① 物の陰にはいったり、おおわれたりして、しぜんに見えなくなる。かくる。
※万葉(8C後)一四・三三八九「妹が門(かど)いや遠そきぬ筑波山可久礼(カクレ)ぬ程に袖は振りてな」
② 人目につかないような所にひそむ。また、逃げて姿を消す。
※書紀(720)仁徳即位前(前田本訓)「伏(カクレたる)兵(つはもの)、多(さは)に起り」
※枕(10C終)一二五「人の妻(め)のすずろなる物怨(ゑん)じしてかくれたるを」
※書紀(720)崇神一二年三月(北野本訓)「是(ここ)を以て、官(おほむつかさ)癈(すたるる)事無く、下(しも)に逸(カクルル)民無し」
④ 周囲の状況や他の物の影響などで、ある物事の存在が感じられなくなる。
⑤ 比喩的に、大きな力などに守られる。
※源氏(1001‐14頃)関屋「かうぶりなど得しまで、この御徳にかくれたりしを」
⑥ 死ぬ。多く高貴の人についていう。
※書紀(720)神代下(水戸本訓)「矢に中(あた)りて立(たちどころ)に死(カクレぬ)」
※平家(13C前)一「同廿七日、御年卅八にて遂にかくれさせ給ひぬ」
かく・す【隠】
〘他サ五(四)〙
① 物を人目につかないところに置いたり、覆ったりして、見えないようにする。隠れるようにする。
※万葉(8C後)一・一八「三輪山をしかも隠(かくす)か雲だにも情(こころ)あらなも可苦佐布(カクサフ)べしや」
※伊勢物語(10C前)五九「住みわびぬ今はかぎりと山里に身をかくすべき宿求めてん」
② 事柄を人に知られないようにする。秘密にする。
※万葉(8C後)二〇・四四六五「加久左(カクサ)はぬ 明き心を 皇(すめ)らへに 極めつくして 仕へ来る 祖(おや)の司と」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「人けなきはぢをかくしつつまじらひ給ふめりつるを」
③ (真実を人に知られないようにするの意から) いつわる。だます。
※地蔵十輪経元慶七年点(883)四「時に旃荼羅、身命を護らむが為に、弓箭を執持して赤き袈裟を被て、詐(カクシ)て沙門の威儀形相を現して」
④ 死人を葬る。埋葬する。
※書紀(720)神武七七年九月(寛文版訓)「明年(くるつとし)の秋九月乙卯朔丙寅、畝傍山の東北(うしとらのすみ)の陵(みささき)に葬(カクシ)まつる」
かくれ【隠】
※落窪(10C後)二「しかじかの事あるべかなるを、心うくも言はぬにこそ。つひにかくれあるべき事かは」
※宇津保(970‐999頃)楼上下「その車は置かず。南のかたの山のかくれに立てなめたり」
※平家(13C前)六「遂に御かくれありけるとぞきこえし」
④ 尻(しり)。
※書紀(720)神代上(水戸本訓)「尻(カクレ)に在るをば墨雷と曰ひ」
⑤ ⇒かぐれ
かくし【隠】
〘名〙 (動詞「かくす(隠)」の連用形の名詞化)
① 人に知られないようにすること。また、そのためのもの。人目につかない所。
※落窪(10C後)四「『かくしの方にやあらむ』と宣ふ」
※玉塵抄(1563)一三「長い袖をかくしにしてかおをかくいたぞ」
② 外からの守りとなるもの。防御施設。また、伏兵。
※書紀(720)敏達一二年是歳(前田本訓)「国家(みかと)此の時に望みたまひて壱岐対馬に多く伏兵(カクシ)を置きて、至(まういた)らむを候(ま)ちて殺したまへ」
③ 衣服に縫いつけた小さな袋。衣服の内側に作った物入れ。ポケット。
※歌舞伎・夢結蝶鳥追(雪駄直)(1856)序幕「長五郎金を腹掛の隠(カク)しへ入れる」
※西国立志編(1870‐71)〈中村正直訳〉一三「何故に梨子(なし)を取りて、夾袋(ポッケット)(〈注〉カクシ)に蔵(かくさ)ざりしや」
かくろ・う かくろふ【隠】
[1] 〘自ハ四〙 (「かくらう」が変化して一語化したもの) 物陰にはいったりして見えなくなる。また、人に知られないような所にひそむ。
※伊勢物語(10C前)六七「きのふけふ雲のたちまひかくろふは花の林をうしとなりけり」
[2] 〘自ハ下二〙
① 物陰などにひそんで見えなくなる。人に知られないようにする。
※貫之集(945頃)四「しろたへに雪のふれれば小松原色の緑もかくろへにけり」
※風雅(1346‐49頃)春中・一二六「狩人の朝ふむ小野の草わかみかくろへかねてきぎす鳴なり〈俊恵〉」
② (「たり」「てあり」などを伴って) 表立たないでいる。
※源氏(1001‐14頃)末摘花「よめにこそしるきながらも、よろづかくろへたる事多かりけれ」
※評判記・役者評判蚰蜒(1674)序「初瀬のひばらかくろへたるふしぶしまでをまるはだかにして口からさきに生れたる山水のおきながしらみあたまと、かきちらしたれば」
かくら‐・う ‥ふ【隠】
※万葉(8C後)三・三一七「渡る日の 影も隠比(かくらヒ) 照る月の 光も見えず」
[2] 〘自ハ下二〙 =かくろう(隠)(一)
※延喜式(927)一六「穢悪(けがら)はしき疫の鬼の、処処村村に蔵り隠布留(かくらフル)をば」
かくろえ かくろへ【隠】
〘名〙 (下二段動詞「かくろう(隠)」の連用形の名詞化)
① 人に知られないでいられるような物陰。
※源氏(1001‐14頃)総角「年ごろだに、何のたのもしげある、このもとのかくろへも侍らざりき」
② 外から知れない事柄。秘密。
※源氏(1001‐14頃)梅枝「何事のかくろへあるにか、深くかくし給ふとうらみて」
なば・る【隠】
〘自ラ四〙 隠れる。なまる。なぶ。
※石山寺本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「既に惶(おひ)え急ぎ走りて竹林に竄(ナハル)」
[補注]「なばる」の連用形から転成したと思われる地名「なばり」「よなばり」や、「ば」と「ま」の子音交替で生じた「なまる」などの語形で「万葉集」中に見える。ただし、動詞「なばる」の仮名書き例は存在しない。
なばり【隠】
〘名〙 (動詞「なばる(隠)」の連用形の名詞化) 隠れること。伊賀国(三重県)名張の地名にかけて用いられることが多い。
※万葉(8C後)一・六〇「暮(よひ)に逢ひて朝面(あしたおも)無み隠(なばり)にか日(け)長く妹が廬(いほり)せりけむ」
なま・る【隠】
〘自ラ四〙 かくれる。なばる。
※万葉(8C後)一六・三八八六「おし照るや 難波の小江に 廬作り 難麻理(ナマリ)て居る 葦蟹を」
かく・ねる【隠】
〘自ナ下一〙 「かくれる(隠)」の変化した語。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報