食道裂孔ヘルニア(読み)ショクドウレッコウヘルニア

デジタル大辞泉 「食道裂孔ヘルニア」の意味・読み・例文・類語

しょくどうれっこう‐ヘルニア〔シヨクダウレツコウ‐〕【食道裂孔ヘルニア】

胃の上部が横隔膜を突き抜けて食道側に飛び出る病気。

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六訂版 家庭医学大全科 「食道裂孔ヘルニア」の解説

食道裂孔ヘルニア
しょくどうれっこうヘルニア
Esophageal hiatus hernia
(食道・胃・腸の病気)

どんな病気か

 ヒトには胸部と腹部の間に横隔膜(おうかくまく)という隔壁(かくへき)があって、胸腔と腹腔を分けています。胸腔と腹腔に連続している大動脈、大静脈、食道は、それぞれ横隔膜にある裂孔を通っています。

 食道が通る穴が食道裂孔で、この穴を通って腹腔内にあるべき胃の一部が胸腔側へ脱出している状態を、食道裂孔ヘルニアといいます。

 食道裂孔からの胃の脱出は腹圧のかけ具合によっても変化しますし、立ったり座ったりしている時と横になっている(臥位(がい))時では変化します。呼吸により出たり入ったりもします。重症例では胃の半分以上、時には全体が縦隔(じゅうかく)内に脱出することもあります。

原因は何か

 生まれつき食道裂孔が緩く胃が脱出している先天性の食道裂孔ヘルニアの症例もあります。また、高齢となり体の組織が緩むとともに食道裂孔も緩んで食道裂孔ヘルニアとなる人もいます。背中の曲った(亀背(きはい))人が食道裂孔ヘルニアを合併していることは、まれではありません。

 そのほか、喘息(ぜんそく)慢性気管支炎などの慢性の咳嗽性(がいそうせい)疾患のある人は、腹圧が上昇するので食道裂孔ヘルニアになりやすくなります。また、肥満の人も腹圧上昇による食道裂孔ヘルニアが現れやすいといわれています。

症状の現れ方

 食道裂孔ヘルニアがあるだけで自覚症状がなければ、単にヘルニア状態にあるだけで問題となりません。自覚症状や逆流性食道炎を合併して初めて、“ヘルニア症”ともいうべき病態を呈します。

 自覚症状としては①胸やけ、②胸痛、③つかえ感が三大症状で、これは逆流性食道炎の症状と同じです。症状をとくに強く自覚するのは夜間就眠時(とくに明けがた)、かがんで草取りなどしている時、食後しばらくした時、酒・たばこ・コーヒー・ココア・チョコレート・油ものなどを摂った時などです。

検査と診断

 診断には①バリウムによるX線造影、②内視鏡が一般に用いられます。特殊なものとして食道内圧測定があります。

 X線造影所見から、①滑脱(かつだつ)型、②(ぼう)食道型、③混合型に分類されています(図5)。滑脱型食道裂孔ヘルニアの頻度が高く、大部分がこの型です。

 X線造影を行うにあたっては、あお向けとするだけでなく、頭を下げたり、息ごらえをして腹圧をかけたりするとはっきり造影されます。横隔膜上食道憩室(けいしつ)との区別を要することがあります。

治療の方法

 形態的変化であるため、治療は外科的手術になります。脱出している胃を腹腔内に引きもどし、開大している食道裂孔を縫縮し、逆流防止手術を追加します。食道のまわりに胃底部を全周性に巻きつけるニッセン法、亜全周性のトペー法、ドール法、噴門(ふんもん)部を正中弓状靭帯(じんたい)に縫合するヒル法などがあります。最近では腹腔鏡下にニッセン法が行われています。

病気に気づいたらどうする

 つかえ感や胸やけ・胸痛があったら消化器科に受診して、上部消化管造影と内視鏡の検査を受けるとよいでしょう。

 食道裂孔ヘルニアが軽ければ、とくに治療の必要はありません。逆流性食道炎があればH2受容体拮抗(きっこう)薬やプロトンポンプ阻害薬を服用します。傍食道型食道裂孔ヘルニアは原則的に手術を行う必要があります。食道裂孔ヘルニアも、程度と逆流性食道炎の合併により手術の対象となります。

関連項目

 食道炎胃食道逆流症(GERD)

幕内 博康


食道裂孔ヘルニア
しょくどうれっこうヘルニア
Esophageal hiatal hernia
(子どもの病気)

どんな病気か

 食道が横隔膜を貫通する部位に発症します。全年齢を通して発症し、さまざまな症状があります。

原因は何か

 食道は脊椎(せきつい)に沿って下降します。この部位で食道を取り囲む横隔膜組織がもろいと、腹腔の内圧により横隔膜が後縦隔(こうじゅうかく)方向に陥凹し、腹部食道と胃の上部が陥入して発症します。

症状の現れ方

 胸やけ(食道炎)、貧血(食道炎から潰瘍ができ出血する)、嘔吐、栄養障害、発育障害(胃が陥入しているので、十分な経口栄養摂取ができない)などを示します。

検査と診断

 上部消化管造影検査、内視鏡検査で診断が可能です。噴門(ふんもん)機能の低下を伴うことがあるので、噴門内圧検査を行います。

治療の方法

 開腹して腹部食道、胃を腹腔内に引き下ろし、食道裂孔部を縫縮(ほうしゅく)補強します。同時に逆流防止術を行います。腹腔鏡による手術も行われています。予後は良好です。

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内科学 第10版 「食道裂孔ヘルニア」の解説

食道裂孔ヘルニア(食道疾患)

定義・概念
 陰圧環境である胸腔と陽圧環境である腹腔を境する構造物である横隔膜には抵抗減弱部位が存在し,その1つが食道裂孔である.抵抗減弱部位が拡大すると,陽圧環境にある腹腔内臓器が陰圧環境の胸腔内に脱出していく.食道裂孔が拡大すると,胃を中心とする腹腔内臓器が胸腔内へ脱出し食道裂孔ヘルニアとよばれる.食道裂孔ヘルニアは成人の横隔膜ヘルニアの大部分を占める【⇨7-16】.
分類
 滑脱型,傍食道型,混合型に分類されるが(図8-3-4),ほとんどは滑脱型である.
1)滑脱型:
横隔膜と食道を固定する横隔食道靱帯が延びて,食道胃接合部が食道裂孔よりも胸腔側へ移行した状態となる.これに伴って胃底部,体部が釣り鐘状に胸腔内に押し上げられ,胃底部,体部の一部が胸腔内に存在している.
2)傍食道型:
食道胃接合部は,食道裂孔ヘルニアに一致する部位に存在するが,すぐその側を胃底部と体部の大弯が食道裂孔を介して胸腔内に脱出した状態を示している.まれである.
3)混合型:
滑脱型と傍食型の両方の特徴を有しているものをいう.
原因・病因
 不明である.ただ,加齢に伴う横隔食道靱帯の脆弱化,肥満などによる腹腔内圧の上昇,円背による腹部の圧迫に伴う腹腔内臓器の胸腔内脱出,胃食道逆流症に伴う食道縦走筋の攣縮や線維化による食道の短縮,などが滑脱型の食道裂孔ヘルニアの形成に関与していると考えられている.
疫学
 食道胃接合部をどのように判定するか,食道胃接合部と食道裂孔のずれをどの程度まで正常と判断するかによって食道裂孔ヘルニアの頻度は変わってくる.一般的には内視鏡検査受検例の10〜30%とされており,特に高齢の女性での有病率が高い.ただし近年,中年の男性での有病率が高くなっていると報告されている.
病態生理
 滑脱型では食道胃接合部の位置と横隔膜食道裂孔の位置にずれが生じるため,横隔膜脚は食道胃接合部ではなく胃体部を外部から圧迫することになる.このため胃内容物の食道への逆流を防ぐ下部食道括約筋部の逆流防止能が低下してしまう(図8-3-5).さらに,食道胃接合部と横隔膜脚に挟まれたヘルニア囊内に逆流物が停滞し食道クリアランス能も低下をする.またヘルニア囊内で胃酸分泌が起こるため胃食道逆流症を発症しやすい.食道裂孔ヘルニアの存在は,胃食道逆流症(逆流性食道炎)を発症する最大のリスク因子の1つである.
臨床症状
 ほとんどの例で自覚症状はなく身体所見にも異常は認めない.胃食道逆流症を合併した場合には,胸やけ,呑酸などの逆流症状が出現しやすい.大型の食道裂孔ヘルニアが存在する場合には,嚥下障害や食後の心臓の圧迫症状が出現することもある.
診断
 上部消化管の内視鏡検査,X線透視検査,胸腹部CT検査で,食道胃接合部と横隔膜食道裂孔のずれ,または食道裂孔を通した胃底部,胃体部の胸腔内への脱出を証明する.
経過・予後・合併症
 滑脱型であれば胃食道逆流症を合併することがある.どの型でも程度が強い場合には胸腔内に脱出した胃が捻転することもある.
治療
 軽度のものや症状がない場合には治療の必要はない.滑脱型で胃食道逆流症を伴う場合でもほとんどの場合は胃酸分泌抑制薬を用いることで症状を消失させることができる.薬物治療に反応せず,程度が強い場合には手術治療が行われることがある.ヘルニアの程度が強く,胸部臓器への圧迫症状が出現したり胸部へ脱出した胃の捻転が生じる場合にも手術治療が行われる.[木下芳一]
■文献
Kahrilas PJ, Kim HC, et al: Approaches to the diagnosis and grading of hiatal hernia. Best Pract Res Clin Gastroenterol, 22: 601-616, 2008.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「食道裂孔ヘルニア」の意味・わかりやすい解説

食道裂孔ヘルニア
しょくどうれっこうへるにあ

横隔膜ヘルニアの一種。食道は横隔膜にある食道裂孔を通り胃につながっているが、本来は腹腔(ふくくう)内にある胃の一部もしくは全部が、この孔(あな)を通って胸腔内に脱出した状態をいう。腹腔内臓器(ほかに結腸や小腸など)が胸腔内に脱出する横隔膜ヘルニアのなかで、胃が約95%を占める。先天的に食道が短く胃が胸腔内に引き込まれて脱出している短食道胸胃もあるが、後天的に脱出する場合が多く、鉗子(かんし)滑脱型と傍食道型およびその混合型に分類される。鉗子滑脱型は食道胃接合部の噴門部分と胃の一部が胸腔内に脱出したもので、全体の約80%を占める。傍食道型は食道胃接合部は腹腔内のままで、胃の一部が食道周辺を通り、胸腔内に脱出している。加齢による食道裂孔の弛緩(しかん)および開大によって起こり、また肥満、妊娠、喘息(ぜんそく)、慢性気管支炎、努責(どせき)(息張ること)、前傾姿勢などによる腹圧上昇も原因となる。40歳代以上の女性に多い。自覚症状がない場合も多いが、逆流性食道炎(胃食道逆流症)を併発する場合があり、胸やけ、胸痛、胸部不快感などを伴う。夜間睡眠時や食事の直後に症状が強く現れることがあり、喫煙飲酒、脂肪分の多い食事なども影響するとされる。診断はX線造影や内視鏡検査により臓器の位置および状態を確認して行う。予防のためには、消化のよい食事を少量ずつ何回もとる、摂食後の横臥(おうが)を避ける、肥満に注意し便秘を起こさないなどの事項を心がける。自覚症状がない、または症状が軽い場合はそのまま放置してもよいが、逆流性食道炎の症状が著しい場合の治療は、H2受容体拮抗(きっこう)薬(ブロッカー)やプロトンポンプ阻害薬(PPI:Proton Pump Inhibitor)の投与による内科的な薬物療法が第一選択となる。難治例では、脱出した胃に加え食道も腹腔内に引き入れ胃ごと縫い合わせるニッセン手術(Nissen fundoplication)やヒル法(Hill method)などの外科的療法を用いる。傍食道型食道裂孔ヘルニアでは手術が第一選択となる。近年では腹腔鏡下手術も可能となり、短期入院でも治療できるようになった。

[編集部]

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家庭医学館 「食道裂孔ヘルニア」の解説

しょくどうれっこうへるにあ【食道裂孔ヘルニア Esophageal Hiatus Hernia】

[どんな病気か]
 食道は横隔膜にある食道裂孔という孔(あな)を通り、胸腔(きょうくう)から腹腔(ふくくう)に入り、胃とつながっています。その食道裂孔から胃の一部が胸腔内に入り込んだ状態が食道裂孔ヘルニアです。滑脱(かつだつ)型、傍食道(ぼうしょくどう)型、混合型の3種に分けられますが、ほとんどが滑脱型です。
[症状]
 無症状のため、検診で発見されることがほとんどです。症状がある場合は、ほとんど合併する逆流性食道炎によるものです。これは酸性の胃液が食道内に逆流するためで、胸やけ、胸骨の裏側が圧迫されるような痛み、つかえ感があります。胸やけは食後、夜間、明け方によく生じます。吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)もみられます。ヘルニアが大きい場合は、胸内苦悶(きょうないくもん)(胸が苦しい)などが出現することもあります。
[原因]
 生まれつき食道裂孔が広かったり、横隔膜の形成が不良の場合は幼小児や青少年に発生しますが、老壮年期に発生するもののほうが多くみられます。これは加齢(かれい)によって横隔膜裂孔の靱帯(じんたい)が弱くなったり伸びきったりして噴門部(ふんもんぶ)(食道と胃がつながっている部分)の固定状態が悪くなるためではないかと考えられています。
 そのほか、肥満も原因の1つと考えられています。また、外傷によるものもあります。
[検査と診断]
 食道胃透視、内視鏡でヘルニアの程度と逆流性食道炎の有無が調べられます。また食道内圧や、食道内の酸性度も調べられます(pH検査)。狭窄(きょうさく)の程度が大きい場合は食道がんとの鑑別が重要です。
[治療]
 症状が何もなければ治療の必要はありません。症状があり、その改善を要する場合は、まず保存的(内科的)治療が行なわれます。
 日常生活上の注意として、食後すぐに横にならないこと、就寝時には胃液の逆流を防ぐため頭部を高くすることを心がけます。また肥満予防をはかることもたいせつです。
 さらに、胃での酸の分泌を抑えるH2ブロッカーや、消化管運動賦活促進薬(ふかつそくしんやく)、粘膜保護薬(ねんまくほごやく)などを服用します。
 保存的治療で改善がみられなかったり、胃の大部分が胸腔側に脱出して圧迫症状が強いものや、もとの位置にもどらなくなる嵌頓(かんとん)のおそれのある傍食道型は手術をしなければなりません。
 手術の大半を占める滑脱型ヘルニアの手術は、脱出した噴門部を腹腔内にもどし、裂孔を縫い縮めて、胃液が食道に逆流しないように工夫するものです。
 最近は、腹腔鏡(ふくくうきょう)を利用した侵襲(しんしゅう)(身体的負担)の少ない手術が行なわれ始めています。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「食道裂孔ヘルニア」の意味・わかりやすい解説

食道裂孔ヘルニア
しょくどうれっこうヘルニア
esophageal hiatus hernia

胃が食道裂孔を通って胸腔内に入り込んだ状態をいう。横隔膜ヘルニアの約 80%を占める。食道裂孔は食道が横隔膜を通る生理的な裂隙であるが,これが弛緩,拡大すると腹腔内臓器が胸腔内に脱出する。次の3型がある。 (1) 傍食道型ヘルニア 食道の長さは正常であるが,胃の一部である胃底部が胸腔内に脱出したもので,左側に多い。 (2) 滑脱型ヘルニア 腹腔内食道と胃の噴門部がともに脱出したもので,食道は2次的に短縮する。この型が最も多い。 (3) 混合型ヘルニア 横隔膜は正常であるが,先天的に食道が短いために胃の下降が不十分で,胃の一部が胸腔内にとどまったもの。症状は食後の腹部膨満感,吐き気,嘔吐,食欲不振,胸やけ,胸部から上腹部の痛み,貧血,呼吸器障害などである。治療は,症状がない場合は特に必要なく (逆流性食道炎の合併が多い) ,重症例には手術を行う。保存的には上半身を 60度ぐらい挙上したり,食餌療法などを行う。

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栄養・生化学辞典 「食道裂孔ヘルニア」の解説

食道裂孔ヘルニア

 横隔膜ヘルニアの一種で,食道裂孔を通って食道の一部や胃が胸腔に入る症状.

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世界大百科事典(旧版)内の食道裂孔ヘルニアの言及

【ヘルニア】より

…大腿のつけ根が膨隆する大腿ヘルニアfemoral hernia(股ヘルニアともいう)は中年以降の女性にみられる。内ヘルニアとしては,横隔膜を通して腹部の内臓が胸腔内に脱出する横隔膜ヘルニアdiaphragmatic herniaが代表的で,これにはボホダレック孔ヘルニアと食道裂孔ヘルニアが含まれる。これら以外の網膜ヘルニア,十二指腸空腸ヘルニアなどの内ヘルニアはまれである。…

※「食道裂孔ヘルニア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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