高橋源一郎(読み)タカハシゲンイチロウ

デジタル大辞泉 「高橋源一郎」の意味・読み・例文・類語

たかはし‐げんいちろう〔‐ゲンイチラウ〕【高橋源一郎】

[1951~ ]小説家広島の生まれ。「さようなら、ギャングたち」で作家デビュー、吉本隆明の激賞を受ける。「優雅で感傷的な日本野球」で三島由紀夫賞受賞。他に「競馬探偵の憂鬱な月曜日」「ペンギン村に陽は落ちて」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「高橋源一郎」の意味・わかりやすい解説

高橋源一郎
たかはしげんいちろう
(1951― )

作家。広島県尾道市生まれ。1969年(昭和44)横浜国立大学経済学部に入学。しかし大学紛争の最中で授業は行われず、自身も活動家として街頭デモなどに積極的に参加、逮捕・留置されることを繰り返し、やがて起訴されて東京拘置所に拘置される。この間の経験は、以後失語症の体験とともに言語に対する徹底的な疑いとその上に立つ信頼というかたちで彼の文学に大きく影を落としている。72年以後、10年にわたって肉体労働従事、職を転々とする。77年、大学を除籍中退。

 81年、「すばらしい日本の戦争」が『群像』新人文学賞の予選を通過したが受賞にはいたらず、同年、編集者のすすめで応募した『群像』新人長篇小説賞の優秀作に「さようなら、ギャングたち」が選ばれる。吉本隆明の「現在のイメージ様式そのものが高度で、かなり重い比重の〈意味〉に耐えることがはじめて示された」という激賞などもあって注目を集め、『虹の彼方に』(1984)、『ジョン・レノン対火星人』(1985)、『優雅で感傷的な日本野球』(1988)、『ペンギン村に陽は落ちて』(1989)などの小説を次々に発表。『さようなら、ギャングたち』以来の作品に貫かれているのは、現在の言語の水準に対する強い関心と、その関心そのものを物語に反転して辛うじて小説という形式にとどまるというきわどい方法論である。『優雅で感傷的な日本野球』の場合、野球をめぐる言葉を集めて作品を成り立たせようとするが、物語の一貫性はそれらの言葉を集めている「わたし」の存在がどうにか保っている。けれどもそれはけっして世界からばらばらに集められた野球をめぐる言葉たちといった表現になることはなく、その表現自体がもう一度解体され、意味をもつことを拒絶する。結果として野球をめぐる言葉は自由な言葉そのものとして作品のなかでふるまうが、そこで野球の言葉から文学の言葉を生み出すある種の錬金術が行われているとみるべきだろう。『ジョン・レノン対火星人』はポルノグラフィーの言葉についての、『ペンギン村に陽は落ちて』は漫画の言葉についての、それぞれ工夫は異なるが錬金術と見なすことができる。『優雅で感傷的な日本野球』は、選考委員の江藤淳がその言葉の自由さを賞賛し、大江健三郎がそれに同調して第1回三島由紀夫賞を受賞した(1988)。

 しかし言葉を問う彼の作品は、どうしてそれを問わなければならないのかという作品の動機自体を置き去りにしてしまう傾向をもつ。『惑星P‐13の秘密』(1990)を境目として次第に小説を書きあぐねるようになり、彼は日本の明治期の文学作品を読みながら方法論を模索しはじめるが、その過渡期の作品として『ゴーストバスターズ――冒険小説』(1997)を挙げることができる。原型となった雑誌掲載の作品から5年を経過していることからも明らかなように、そこには作者の混迷が映されている。明治期の文学との内的な対話は、やがて現在の言葉と明治期の文学の言葉を重ね合わせるという方法論に貫かれた『日本文学盛衰史』(2001)として結実し、同作は伊藤整賞を受賞(2002)、そこで得られた手ごたえは以後の旺盛な執筆活動を支えている。

 小説の方法論にきわめて意識的な作家として文芸批評にもすぐれたものが多く、『文学がこんなにわかっていいかしら』(1989)、『文学じゃないかもしれない症候群』(1992)、『文学なんかこわくない』(1998)などがあり、ユーモアのあるエッセイにも定評がある。翻訳にジェイ・マキナニーJay Mcinerney(1955― )『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』、リチャード・ブローティガン『ロンメル進軍』、マーカス・フィスターMarcus Pfister(1960― )の絵本等がある。

[田中和生]

『『日本文学盛衰史』(2001・講談社)』『『さようなら、ギャングたち』(講談社文芸文庫)』『『虹の彼方に』『ジョン・レノン対火星人』『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』(新潮文庫)』『『優雅で感傷的な日本野球』(河出文庫)』『『文学がこんなにわかっていいかしら』(福武文庫)』『『ペンギン村に陽は落ちて』(集英社文庫)』『『惑星P‐13の秘密』(角川文庫)』『『文学じゃないかもしれない症候群』(朝日文芸文庫)』『『ゴーストバスターズ――冒険小説』(講談社文庫)』『『文学なんかこわくない』(朝日文庫)』『リチャード・ブローティガン著、高橋源一郎訳『ロンメル進軍』(1991・思潮社)』『ジェイ・マキナニー著、高橋源一郎訳『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(新潮文庫)』『吉本隆明著『マス・イメージ論』(1984・福武書店)』『吉本隆明著『新・書物の解体学』(1992・メタローグ)』『清水良典著『作文する小説家』(1993・筑摩書房)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高橋源一郎」の解説

高橋源一郎 たかはし-げんいちろう

1951- 昭和後期-平成時代の小説家。
昭和26年1月1日生まれ。全共闘運動に参加して横浜国大を中退し,土木作業に従事する。昭和56年「さようなら,ギャングたち」を発表,断片でつくられたポップ文学として注目される。63年「優雅で感傷的な日本野球」で三島由紀夫賞。平成14年「日本文学盛衰史」で伊藤整文学賞。17年明治学院大教授。24年「さよならクリストファー・ロビン」で谷崎潤一郎賞。広島県出身。ほかに「競馬探偵の憂鬱な月曜日」など。

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