鵜殿余野子(読み)うどの・よのこ

朝日日本歴史人物事典 「鵜殿余野子」の解説

鵜殿余野子

没年:天明8.11.20(1788.12.17)
生年:生年不詳
江戸中期の歌人。別称清子。瀬川,凉月院と号す。儒学者鵜殿士寧の妹。享年60余歳という。紀州徳川家中屋敷に仕え,世子宗将と正室富宮に近侍する女性歌人の中心となった。和歌賀茂真淵門。同門では士岐筑波子,油谷倭文子と並び称され,「三才女」と呼ばれることも多い。兄の士寧の影響を受け詩文の才もあったと伝えられる。家集『佐保川』『凉月遺草』。<参考文献>丸山季夫「村尾家系譜」(『国学史上の人々』),中村幸彦紀伊殿の閨秀歌人達」(『中村幸彦著述集』12巻)

(久保田啓一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鵜殿余野子」の解説

鵜殿余野子 うどの-よのこ

1729-1788 江戸時代中期の歌人。
享保(きょうほう)14年生まれ。鵜殿士寧の妹。紀伊(きい)和歌山藩につかえる。賀茂真淵(かもの-まぶち)にまなび,油谷倭文子(ゆや-しずこ),土岐筑波子(とき-つくばこ)とならんで,県門の三才女とよばれた。天明8年11月20日死去。60歳。江戸出身。通称は瀬川,きよい子。家集に「佐保川」「凉月遺草」など。

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