《ニノチカ》(読み)にのちか

世界大百科事典内の《ニノチカ》の言及

【ガルボ】より

…スティルレルは失意のうちに帰国することになるが,《イバニエズの激流》(1925)でハリウッドにデビューしたガルボは,〈スウェーデンのスフィンクス〉と宣伝されてスターへの道をたどり,〈神聖ガルボ〉〈永遠の夢の王女〉と呼ばれるムードを作り上げる。R.マムーリアンの大作でジョン・ギルバートと共演した《クリスティーナ女王》(1933)をはじめ《アンナ・カレーニナ》(1935),《椿姫》(1937)などでとくにヨーロッパ市場で人気を集め,その魅力をアメリカナイズしようとしたルビッチ製作・監督の《ニノチカ》(1939)ののち,《奥様は顔が二つ》(1941)を最後に24本のアメリカ映画を残して36歳で引退。いくつかの復帰企画は実現しなかったが,数冊の伝記,評伝が書かれ,〈伝説〉が作られた。…

【ルビッチ】より

…サイレント映画はワーナー・ブラザースで,初期のトーキー映画の多くはパラマウントでつくり,35年からはパラマウントの製作部長も兼任し,37年には〈25年間におよぶ映画への貢献〉にたいしてアカデミー特別賞をあたえられ,また翌38年には,フランスのレジヨン・ドヌール勲章を贈られた。 マルレーネ・ディートリヒ主演の《天使》(1937),ゲーリー・クーパー主演の《青髯八人目の妻》(1938)につづくMGM映画《ニノチカ》(1939)は,〈ガルボが笑う〉と宣伝されたグレタ・ガルボ最初の喜劇でもあるが,政治とセックスをからませて共産主義国家ソビエトを痛烈に皮肉った才気あふれる作品である。また,《生きるべきか,死ぬべきかTo Be or Not to Be》(1942)は,反ナチ喜劇の傑作とされる。…

※「《ニノチカ》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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