世界大百科事典(旧版)内の《国民百科大辞典》の言及
【百科事典】より
…独学で学んだ社主下中弥三郎は,万人の自学の手段として完備した百科事典を構想し,31年に刊行を開始した《大百科事典》全28巻(1935完結)は,初めて〈辞典〉ではなく〈事典〉という言葉を用い,日本の百科事典としての視点も明確にした編集で,第2次大戦前の日本文化の到達点を示すものであった。続いて冨山房も《国民百科大辞典》全15巻(1934‐37)を刊行した。 第2次大戦の敗戦から,文化国家として立ち直ろうとするなかで,その基礎を作る役割を果たしたのは事典出版に力を注ぐ平凡社で,林達夫を編集長とした《世界大百科事典》は,戦後間もなく編集に着手し,1955‐59年に全31巻と索引を刊行した。…
【冨山房[株]】より
…ついで天野為之《万国歴史》,前橋孝義《日本地理》などを続刊,中等教科書に採用され,この分野の先駆となる。他方,吉田東伍《大日本地名辞書》全7巻(1900‐07),芳賀矢一・下田次郎編《日本家庭百科事彙》全2巻(1906)などをはじめとする辞典類に力を注ぎ,上田万年・松井簡治共著《大日本国語辞典》全5巻(1915‐28),大槻文彦著《大言海》全5巻(1932‐37),《国民百科大辞典》全12巻(1934‐37)などで成功をおさめて辞典出版社としての名声を不動のものとした。第2次大戦中も上智大学編《カトリック大辞典》全5巻(1940‐60)のような名著を手がけたが,戦後は児童書,全集類などの出版が多い。…
※「《国民百科大辞典》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」