アウグスティヌス[カンタベリーの](英語表記)Augustinus

  • アウグスティヌス
  • カンタベリーの

世界大百科事典 第2版の解説

?‐604
〈イギリスの使徒〉と呼ばれる,初代カンタベリー大司教。教皇グレゴリウス1世によってアングロ・サクソン人の改宗のためにイギリスに派遣され,ケント王エテルベルトの後援をえてカンタベリーに司教座聖堂と修道院を建設した。アウグスティヌスのまいた福音の種子がイギリス全土で開花するのは,664年ホイットビー司教会議においてケルト教会とローマ教会との合同が成立した後のことである。【稲垣 良典】

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世界大百科事典内のアウグスティヌス[カンタベリーの]の言及

【イギリス】より

…初期の伝道はスコットランドのニニアン,アイルランドのパトリック,アイオナ修道院の創始者コルンバらによって推進されたが,アングル族,サクソン族の侵攻によって布教活動はしばしば中断した。教皇グレゴリウス1世によって派遣されたアウグスティヌスは,597年初代のカンタベリー大司教となり,イギリスの教会を西方教会の一員として再編する方向を定めた。以後宗教改革期まで,国民国家の台頭による王権と教皇権の対立にもかかわらず,イギリスの教会はカトリック教会の枝として存続した。…

【カンタベリー】より

…ローマ時代は〈川の町〉を意味するケルト系の名称ドゥロウェルヌムDurovernumとよばれたが,サクソン人はこれを〈ケント人の町〉カントワラブルフCantwaraburhと名付け,七王国時代の560年ころケント王国の首都とした。キリスト教布教のために教皇グレゴリウス1世が597年に派遣した修道士アウグスティヌスら一行は,王の許可を得てこの地にベネディクト派修道院を建立し,さらに司教に叙任されてのちクライストチャーチChristchurchとよばれる最初の司教座聖堂(大聖堂)を設立した。その後北方のデーン人にしばしば破壊されたが,ノルマン征服後大司教ランフランクやアンセルムによって再建された。…

※「アウグスティヌス[カンタベリーの]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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