アウグスティヌス(神学者)(読み)あうぐすてぃぬす(英語表記)Aurelius Augustinus

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

アウグスティヌス(神学者)
あうぐすてぃぬす
Aurelius Augustinus
(354―430)

古代末期最大のラテン教父、神学者、哲学者、聖人。11月13日ヌミディア(北アフリカ)の小村タガステ(現、アルジェリアのスーク・アラス)に生まれる。父パトリキウスPatricius(315―371)はローマ人、母モニカはベルベリ人で中産階級(小地主)に属していた。タガステ、マダウラ、カルタゴ初等、中等教育を受けたが、その後は独学でラテン文学、とくに古代ローマ第一の詩人ウェルギリウスを愛読し、自らも修辞学に秀でていた。女性と同棲(どうせい)して1子をもうけたりする生活のなかで迎えた19歳のとき、キケロの哲学的対話編『哲学のすすめ(ホルテンシウス)』を読んで、にわかにフィロソフィア(知恵への愛=哲学)に目覚めた。こうして真の知恵を求め始める過程で、母の宗教でもあるキリスト教に初めて触れる。だが聖書の素朴な文体カトリック教会の保守性に飽き足らず、光と闇(やみ)の二元論を説いて当時盛んであったマニ教の合理主義的主張と美的宗教性にひかれていった。以後9年余りをマニ教的雰囲気のなかで過ごし、マニ教的美学書『美と適合』を著すが、383年ローマで新アカデメイア学派の懐疑主義思想に出会って、マニ教からも離れていった。翌384年、知事への出世の道を求めて、ミラノの修辞学教授となった。

 386年、32歳の5~6月、プロティノス、ポルフィリオスらの新プラトン主義の書物を読んで、「不変の光」を見るという神秘的体験を与えられ、懐疑主義を去って真理の存在を確信するに至った。さらに、ミラノ司教アンブロシウスの説教を聞いて、母モニカとともに感動し、同年8月ついにミラノの自宅の庭で、「とりて読め」という声を聞いて回心を経験することになる。回心後、彼はただちに教授の職を辞して、ミラノ郊外のカッシキアクムの山荘に仲間とこもり、討論と瞑想(めいそう)のなかから哲学的対話編(『独語録(ソリロクイア)』など)を著し始める。そこで聖書の「詩編」第4編を読んで、高ぶりと正反対の敬虔(けいけん)を学んだことは、彼の精神に大きな転換をもたらした。

 388年に故郷タガステに帰り、親しい仲間たちと修道院的共同生活を営むかたわら、391年ヒッポの司教ウァレリウスValerius(?―396)の求めに応じて司祭となり、さらに396年ウァレリウスの死とともにヒッポ司教となった。こうして民衆との日々の接触を通して、アウグスティヌスの思索は、聖書の文言の奥に神の言そのものをみいだし、伝達しようとする「解釈学的」な方法をとることによって、いっそう深められていく。その間、マニ教徒、堕落した聖職者による秘蹟(ひせき)を認めないドナティスト、さらに晩年には、人間の自由意志による罪なき生活の可能性を認めるペラギウス派のような異端との論争、ローマの元老院にくすぶる異教主義に対する弁明などを契機に、数多くの神学的、哲学的な作品を生み出していった。430年、ローマ帝国に侵入したゲルマン系のバンダル人がヒッポの町を取り囲むなかで、8月28日世を去った。

加藤 武 2017年11月17日]

思想

〔1〕人間学 若き日のアウグスティヌスはその著書『独語録』において、神と魂のほかにはいかなる関心も抱かないと断じたが、そのとき彼の思想はすでに古代哲学の宇宙論的関心から脱して、人間学的地平を開きつつあった。宇宙のなかの微小な存在である人間存在への、存在の源泉である神によって与えられる特別なめぐみへの感謝と賛美の念こそ、彼の哲学の基底をなす原動力である。そして彼は謎(なぞ)めいた怪物として映る人間への洞察を深めながら、人間を心身一如の統一体としてとらえようとするのである。

〔2〕ウティutiとフルイfrui 人間は幸福を求めてやまないが、幸福とは「魂において神を所有すること、すなわち神を享受すること」deo fruiにほかならない(『幸福な生活』4巻3の4)。『キリスト教の教え』第1巻冒頭部ではさらに、享受は利用utiとかかわると説く。神の享受とは、神をそれ自身として尊び、愛し、神にとどまることであるが、用いる(ウティ)とは、もの(レース)をそれ自体としてではなく、他のもの(レース)のために利用することである。ゆえに本来利用するにとどめるべき、神以外のすべてのものをそれ自身として愛することは、倒錯的な愛におぼれることである。しかしまた、弱い人間には唯一の神への愛にとどまることはできない。そこでキリストの助けが必要となり、神のキリストにおける受肉の教理の承認は、脱現世的な新プラトン哲学の限界を超えさせる。この世界への執着から脱しながら、しかも積極的にこの世界を用い尽くす彼の思想は、このようにして生まれたのである。

[加藤 武 2017年11月17日]

著作

17世紀に出版された大型のマリウス版で11巻に及ぶほど多くの著作を全集として残した。哲学的著作、神学的著作のほかに、日常の牧会活動に基づく多くの説教、また『詩編講解』『ヨハネ伝講解』のような聖書注解、異端や異教徒らとの論争的弁明の書も多く、書簡類も残されている。そのなかで今日まで、もっともよく読まれたものを紹介する。

(1)『独語録(ソリロクイア)』2巻(386~387) 初期の代表的な哲学的小品。「神と私とを知りたい。……そのほかには何も」という有名な自己と理性との対話で知られる。

(2)『キリスト教の教え』4巻(397~427) 聖書の内容をみいだす方法(第1~3巻)と、それを伝達する方法(第4巻)としての解釈学的方法が述べられる。

(3)『告白録』13巻(397~400) 第11~13巻は「創世記」の冒頭をめぐって将来の生を論じている。

(4)『三位(さんみ)一体論』15巻(400~421) 神の三一性と人間の魂の三一性の類比を論ずる。

(5)『神の国』22巻(413~426) 第10巻までは異教徒への反論、第22巻までは神の国と地の国の相関を歴史神学的に論じている。

[加藤 武 2017年11月17日]

『中沢宣夫訳『三位一体論』(1975・東京大学出版会)』『山田晶訳『世界の名著16 アウグスティヌス 告白』(1978・中央公論社)』『『アウグスティヌス著作集』30巻・別巻2(1979~2013・教文館)』『『石原謙著作集8 キリスト教の源流』(1979・岩波書店)』『宮谷宣史著『人類の知的遺産15 アウグスティヌス』(1981・講談社)』『金子晴勇著『アウグスティヌスの人間学』(1982・創文社)』『P. BrownAugustine of Hippo (1967, London)』

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