アウトバーン(読み)あうとばーん(英語表記)Autobahn ドイツ語

精選版 日本国語大辞典 「アウトバーン」の意味・読み・例文・類語

アウトバーン

(Autobahn) ドイツの自動車専用高速道路。正しくはライヒス‐アウトバーン。一九三三年ヒトラー起工
新西洋事情(1975)〈深田祐介〉植民都市歓迎の背景「アウトバーンを二時間ばかり走って」

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デジタル大辞泉 「アウトバーン」の意味・読み・例文・類語

アウトバーン(〈ドイツ〉Autobahn)

ドイツとオーストリアにまたがる、自動車専用の高速道路網。建設は1933年にヒトラーが着手。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アウトバーン」の意味・わかりやすい解説

アウトバーン
あうとばーん
Autobahn ドイツ語

自動車専用の高速道路を意味するドイツ語普通名詞であるが、狭義にはドイツの高速自動車道をさす。アウトバーンの建設、維持管理は、ドイツ連邦政府の管轄であるが、実際の業務は州政府に委託されている。近代的な自動車専用の高速道路は1920年代からドイツに存在した(1932年完成のケルン―ボン間の高速自動車道は有名)が、ナチス政権下の1933年からライヒス・アウトバーンReichsautobahn,Reichs-Autobahn(ドイツ帝国高速自動車道路)の名で建設に着手され、現代の高速自動車道の先駆となった。当初は約1万4000キロメートルの建設が目標とされ、最初のライヒス・アウトバーンは1935年フランクフルト―ダルムシュタット間に開通し、第二次世界大戦中の1942年に中止されるまでに約3860キロメートルを完成させた(そのうち約2100キロメートルが西ドイツ国内に残った)。戦後は東西ドイツとも国内の幹線道路としてアウトバーンの建設を進め、その延長は、1973年には西ドイツで5258キロメートル、東ドイツで1390キロメートルに達し、1985年には西ドイツで8198キロメートルとなった。1990年の東西両ドイツの統一以降もアウトバーンの建設・整備は続けられ、1992年の総延長は1万0995キロメートル、1997年に1万1246キロメートル、2000年には1万1515キロメートルとなった。2012年の総延長は1万2845キロメートルである。さらに隣接する各国の高速道路とも国境で接しており、国をまたいだ人や貨物の移動を可能にしている。

 アウトバーンはかつて速度無制限の道路として有名であったが、現在は大型トラック(時速80キロメートル)やバス(多くの場合時速100キロメートル)などで制限速度が課されているほか、合流部や工事箇所、大都市周辺の区間でも制限区間が設けられている。

 自然環境や景観の保護と経済性との兼合いの問題、老朽化した施設の維持管理、交通量増大に伴う4車線から6車線、6車線から8車線への拡幅、路盤の更新、さらに必要となる財源の確保などアウトバーンの課題は多い。

[青木栄一・青木 亮]

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改訂新版 世界大百科事典 「アウトバーン」の意味・わかりやすい解説

アウトバーン
Autobahn

ドイツ語で〈自動車道路〉の意。ドイツのアウトバーンの最初の区間ボン~ケルン線は,1932年に完成した。ヒトラー政権は翌年に1万4000kmの建設計画を立て,〈ライヒス・アウトバーンReichs-Autobahn〉として,42年までにそのうち3859kmを完成させた。路線は旧ドイツ,プロイセン領にまたがり,その主目的は失業対策と軍用輸送であったが,一般自動車交通の費用の節減効果についても十分検討したうえでの計画であった。第2次大戦後の東西分割により西ドイツに残されたのは2110kmのみであったが,63年の鉱油税の道路目的税化やアウトバーン推進政策によって建設が進み,戦後は名もブンデス・アウトバーンBundes-Autobahnと改めた。現在の完成区間は旧東西ドイツ両方の路線を合わせて1万1000kmである。旧西ドイツのアウトバーンは,主要交通軸では2~3本の路線が平行し,主要都市の周辺では環状路線によって各路線が有機的に連結されており,高度な利用がなされて混雑区間もふえ,主要区間の6~8車線化が進められ,全国交通量の25%を担っている。2012年を目標とする連邦交通路計画では,あと2237kmの建設を行うこととしている。1995年から,ベネルックス3国,デンマークとの協定によって,12t以上の重量トラックの自動車道路の通行に対して5ヵ国で共通の料金をかけることになった。
高速道路
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アウトバーン」の意味・わかりやすい解説

アウトバーン
Autobahn

ドイツの高速自動車国道。ヒトラーが産業・軍事上の目的と失業対策を兼ねて企画,土木技師 F.トートを道路総監とし,自動車国道営団に工事と道路経営を命じ,1933年9月に起工したのが始りで,当初はライヒスアウトバーンと称した。自動車専用道路を全国的な幹線交通網として整備する構想は世界的にも先駆的な試みで,大規模な計画,設計,工事方法など世界道路史上,画期的なものであり,陸上交通の中心が自動車に移り,高速道路の代表として世界の注目を集めた。最初の計画では,総延長1万 4000kmであったが,第2次世界大戦中,42年の工事中止までに,3859kmを完成。戦後,西ドイツでは,このうち 2110kmを引継ぎ,55年から修理と延長工事に着手,その延長は 4000km以上となり,85年までに 8500kmの延長工事を計画,実施中である。 90年に東西ドイツが統一されたのちは,旧東ドイツ地域においてアウトバーンが優先的に建設整備されている。道路設計は 3.5~5mの中央緑地帯をはさんで,両側に 7.5m幅の車道を設け,車道には,緑地帯に接して 0.4m,外側に 1m幅の2本の側道がつく。コンクリートとアスファルトで,平均 22cmの舗装をし,平均 30~40kmごとに給油所,平均 150km間隔で休憩所,3kmおきに非常用電話を設置。また立体交差方式の採用など,近代的高速道路の典型である。

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百科事典マイペディア 「アウトバーン」の意味・わかりやすい解説

アウトバーン

ドイツの高速自動車道路。1925年ごろから各地で建設企画を開始,1932年ケルン〜ボン間にヨーロッパ初のアウトバーンが開通した。1933年ヒトラーのもとで,高速自動車国道(ライヒス・アウトバーン)1万4000kmの建設計画が開始され,1942年までには延長3859kmとなった。その後東西両ドイツで政府事業として継続され,西独では戦後ブンデス・アウトバーンと改称。
→関連項目高速道路

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デジタル大辞泉プラス 「アウトバーン」の解説

アウトバーン

西ドイツ出身の電子音楽ユニット、クラフトワークの曲。アルバム「アウトバーン」(1974年)からのシングル。アルバムでは22分以上の長い曲だが、シングルカットの際3分程度に再編集された。1975年に全英第1位・全米第25位を記録。アルバムは現代音楽の1ジャンルであった電子音楽を初めて大衆化し、商業的に成功させた例として音楽史上重要である。原題《Autobahn》。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「アウトバーン」の解説

アウトバーン
Autobahn

ドイツ語で「自動車専用道路」の意。1920年代にはすでに建設計画があり,32年には一部が竣工していた。ヒトラーは失業解消と軍事力充実のためにそれを引き継いで推進し,ナチスの成果として宣伝した。45年までに約3800kmが建設された。

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世界大百科事典(旧版)内のアウトバーンの言及

【高速道路】より

…また首都高速道路や阪神高速道路などもこの概念に入る高速道路である。なお,ドイツのアウトバーンAutobahn,イギリスのモーターウェーmotorway,イタリアのアウトストラーダautostrada,フランスのオートルートautorouteなども同じ概念に入る。
[歴史]
 高速道路の歴史は,アメリカで帯状の公園の建設とともにつくられた道路で,トラックやバスなどの商業車の通行を禁止したパークウェーparkwayを始まりとするが,本格的な近代高速道路は,1933年にヒトラーが政権を握った以降のドイツのアウトバーンの建設からである。…

【高速道路】より

…また首都高速道路や阪神高速道路などもこの概念に入る高速道路である。なお,ドイツのアウトバーンAutobahn,イギリスのモーターウェーmotorway,イタリアのアウトストラーダautostrada,フランスのオートルートautorouteなども同じ概念に入る。
[歴史]
 高速道路の歴史は,アメリカで帯状の公園の建設とともにつくられた道路で,トラックやバスなどの商業車の通行を禁止したパークウェーparkwayを始まりとするが,本格的な近代高速道路は,1933年にヒトラーが政権を握った以降のドイツのアウトバーンの建設からである。…

※「アウトバーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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