アブラムシ(読み)あぶらむし(英語表記)aphids

改訂新版 世界大百科事典 「アブラムシ」の意味・わかりやすい解説

アブラムシ (蚜虫)
aphid
plant louse
Blattlaus[ドイツ]
puceron[フランス]

半翅目アブラムシ上科Aphidoideaに属する昆虫総称。江戸時代の子どもが,草木に群がるこの類をつぶして,その液を髪の毛にぬってつやを出して遊んだことからアブラムシの名が生まれたが,アリと共生し,アリに排出物を与えて守ってもらう種類が多いので,アリマキ(アリの牧場の意)の名も広く用いられる。

 セミやウンカに類縁が近く,世界で約4500種,日本で約700種が知られる。微小で多くは体長1~5mmほど。体は太って丸く,表皮は柔らかい。ふつう腹端に角状管と呼ばれる1対の管をもつ。4枚の薄い翅をもつ個体と翅のない個体がある。細長い口吻こうふん)をもち,それから繰り出される鋭い口針を植物体に刺し込み,師管から吸汁する。師管の液はアブラムシが必要とするアミノ酸に乏しいので,十分なアミノ酸を摂取するためには,糖分の摂取量が過剰となる。アブラムシの排出物はこの余分な糖を含んでいるので甘く,甘露(かんろ)と呼ばれる。中近東などの乾燥した気候の地方では,甘露が乾いて塊状となったものを集めて食用に供することがある。甘露にはハチやハエなど各種の昆虫が集まる。なかでもアリ類はよく甘露を集め,アブラムシを土でつくった覆いで保護することもある。このような共生関係が強いアブラムシは,アリがいないとうまく繁殖することができない。アブラムシは雌だけで繁殖し,増殖能力が大きいので,1匹の雌からでも短期間に大きな群れをなすまでになる。

 寄生が激しくなると,吸汁によって植物は生長を阻害され,枯死することもまれではない。このため農作物や樹木の害虫として知られる種類が多い。アブラムシはまた植物ウイルス病の媒介者として重要で,モモアカアブラムシワタアブラムシのように,1種で数十種から100種を超すウイルス病を媒介するものがある。さらに葉や枝をぬらした甘露には黒色のすす病菌が発生して光合成を妨げ,かつ美観を損なう間接的な被害も生ずる。

 アブラムシの生活環は複雑で,一つの生活環の中にいくつかの形や性質の異なる個体が出現する。有性世代は年に一度,ふつうは秋に出現し,冬を越すための受精卵を産む。春から夏の間は単為生殖を続け,カサアブラムシおよびフィロキセラと呼ばれるグループでは卵を産むが,その他のグループは子虫を生む。単為生殖世代には有翅と無翅の個体が見られ,有翅型は移動・分散,無翅型は増殖の能力に優れる。エゴノネコアシアブラムシなど一部の種類では,生殖には関与せず,もっぱら自分のコロニーを守る〈兵隊〉として働く個体が存在する。受精卵から始まり,単為生殖世代を経て再び受精卵に終わる生活環はふつう1年で完了するが,なかには2年を要する種類もあり,また寒い冬のない地方では,周年単為生殖のみで経過する生活環がふつうになる。さらに一つの生活環が同じ種類の植物の上で完了するものと,類縁のかけ離れた2種類の植物の間で季節的な移住(寄主転換)が起こるものがある。

 寄主植物の範囲は,モモアカアブラムシやワタアブラムシなど一部のアブラムシでは多岐にわたり,このような種類は種々の作物の重要な害虫になっている。しかしアブラムシの多くは寄主範囲が狭く,農業とは無縁な種類も多い。アブラナ科植物を寄主とするダイコンアブラムシや,ブドウを寄主とするブドウネアブラムシなどのように,その寄主範囲に作物が含まれるものでは,その作物に特有の害虫となっている。植物体上での寄生部位もアブラムシの種類によってほぼ決まっていて,あるものは葉に,あるものは枝や幹,根に寄生する。なかには葉を縮らせたり,袋状,いが状など,種類によって特徴のある虫こぶを形成するものがある。ヌルデシロアブラムシの仲間がヌルデ類に形成する虫こぶは五倍子と呼ばれ,タンニンをとる原料となった。少し変わったアブラムシの利用法としては,吸汁中のアブラムシの口吻(こうふん)をレーザー光線などを用いて切断すると,その切口から師管の汁液が出てくるので,植物体を切断することなく師管の汁液を採取でき,その汁液の成分分析などを行うことができる。

 アブラムシの防除にはMEP,DEPなどの有機リン剤,その他の殺虫剤が広く用いられている。これを虫体に直接かかるように散布したり,植物体への浸透性に優れた殺虫剤を茎葉や根から浸透させ,植物汁液とともにアブラムシに吸わせる方法がある。またテントウムシなどの捕食性天敵や,アブラバチAphidiidae(コマユバチに近縁で,アブラムシに特有の寄生バチ)などの寄生性天敵はアブラムシの個体群の制御に大きな役割を果たしている。またアブラムシに対する抵抗性の強い作物品種を用いたり,アブラムシの習性や生理的な特性を利用した対応策も考えられ,これら種々の手段を組み合わせた総合防除の研究も行われている。なお,ゴキブリもアブラムシと俗称されることがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アブラムシ」の意味・わかりやすい解説

アブラムシ
あぶらむし / 蚜虫
油虫
aphids
plantlice

昆虫綱半翅(はんし)目に属するアブラムシ科Aphididae、タマワタムシ科Pemphigidae、カサアブラムシ科Adelgidae、フィロキセラ科Phylloxeridaeの昆虫の総称。別名アリマキ。植物体に群生。体は小さく、1~4ミリメートル。紡錘形から球形のものが多く、柔らかい体をしている。腹部背面の後方に1対の突出した角状管をもつ。形態的には多型で、いろいろな変異がみられる。はねは無翅、長翅、短翅型がみられ、色彩にも個体変異が大きい。全世界で3000種以上、日本に700種以上が知られている。多くの植物に寄生し、汁液を吸収して生活する。生活史は複雑で、典型的なものは1年の大半を胎生する雌(幹母)だけで繁殖し、秋になって両性生殖をする個体が出現し、受精卵で越冬する。また季節的に寄生植物をかえる移住型の種類が多い。たとえばモモアカアブラムシは、モモやウメなどの樹木に卵で越冬し、春に孵化(ふか)して寄生ののち、有翅虫が出てナスやキャベツなど野菜類へ移り、秋まで繁殖を続け、秋の有翅虫がモモへ戻って産卵する。種によっては、有翅虫は風にのって上空を数百キロメートル以上も長距離飛行することが可能である。アブラムシは農業や園芸上の害虫となるものが多い。直接的な害は、吸汁されることにより葉や茎の成長が止まり、やがて黄変して枯死する。なかには、その寄生によって虫こぶを形成する種がある。また間接的な害としては植物ウイルス病を媒介し、作物を全滅させることもある。アブラムシの排出物には好んでスス病菌が発生し、葉などを黒く汚す。アブラムシの出す甘露はアリ類に好まれ、アリ類により保護を受けて共生するものが多い。別名のアリマキ(アリの牧場の意)はそれに由来する。個体群の増減は急激で、天敵にテントウムシ、ヒラタアブ、クサカゲロウなどの捕食性昆虫や、アブラムシヤドリコバチ類などの寄生性昆虫が知られるが、とくに春はアブラムシより天敵の発生が遅れるので、防除にはエストックス乳剤などを使う。なお、ゴキブリ類をアブラムシとよぶ地方もあるが、これはまったく別の種類である。

[立川周二]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アブラムシ」の意味・わかりやすい解説

アブラムシ
Aphididae; aphid; ant cow

半翅目同翅亜目アブラムシ科に属する昆虫の総称。別名アリマキ (蟻牧) ともいうが,これはアリとの共生関係でアリが保護することによる。有翅型と無翅型があり,体形にも多くの型がある。一般に体は小型,軟弱で短太。頭部は小さく,触角は普通細長く,3~6節から成り,第3節から先の節にある感覚器の特徴は分類上重要である。複眼は3個以上の個眼群から成る。腹部は大きく,腹端に近い背面に1対の角状管がある。植物に寄生し,吻を差込んで吸液するために大害を与えるほか,ウイルス病などを媒介する種もある。生活環は複雑で,季節により両性生殖と単為生殖を交互に行うため,世代交代の例にあげられることが多い。また卵生のほかに卵胎生も普通にみられる。季節的に寄生植物を変える種が多い。排泄物は甘露と呼ばれ,多くの昆虫類の栄養源となり,生態系のなかで重要な部分を占めると考えられる。同じく重要な植物害虫であるカイガラムシコナジラミキジラミなどと近縁である。 (→同翅類 , 半翅類 )

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百科事典マイペディア 「アブラムシ」の意味・わかりやすい解説

アブラムシ

一名アリマキ。半翅(はんし)目アブラムシ科とその近縁の科に属する昆虫の総称。微小で軟弱,セミやウンカに近い。多くの種類があり,日本には650種以上。種類によって特定の植物に寄生する場合と,広範囲の植物を選ぶ場合とがある,農業・園芸上重要な害虫も少なくない。季節によって寄主転換をするものもある。胎生の単為生殖で増殖するが,有性生殖もする。甘液を分泌しアリを誘い保護される。なおゴキブリをアブラムシと俗称することもある。
→関連項目ダイアジノン

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世界大百科事典(旧版)内のアブラムシの言及

【テントウムシ(天道虫)】より

…卵から成虫までの期間は4~6月では約1ヵ月間で短い。幼虫は成虫と同様にアブラムシ類を捕食する。黒い幼虫の体はやがて黄赤色紋にいろどられ,紋の形(第1腹節から第5腹節まで左右に帯状紋)などで他種から区別できる。…

※「アブラムシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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