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アルダシール[1世] Ardashīr I

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世界大百科事典 第2版の解説

アルダシール[1世]【Ardashīr I】

ササン朝ペルシア初代の王。在位224‐240年。その名は古代ペルシアの王アルタクセルクセスに由来する。ペルセポリスに近いイスタフルの王であったパーパクの子。ペルシア地方を制圧したのち,バビロニアに進出し,224年にアルサケス朝のアルタバヌス4世を敗死させて,ササン朝の支配を開始した。その後,東方遠征においてクシャーナ朝を服属させたが,彼の称号〈イランの諸王の王〉が示すように,その帝国の基本的部分はイランとメソポタミアにとどまっていた。

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世界大百科事典内のアルダシール[1世]の言及

【ササン朝】より

…パールス地方にはアケメネス朝の伝統が強く保存され,パルティアの支配のもとに王を称する土着の君侯が存在していた。3世紀初めころ,ササンの子パーパクPāpakがイスタフルの王となり,パーパクの子アルダシール1世のときに,イラン南部からバビロニアに進出して224年にアルサケス朝のアルタバヌス4世を敗死させ,首都クテシフォンにおいて新しい帝国支配を開始した。第2代のシャープール1世は対外的発展につとめ,西方では3度ローマ軍を破り,東方ではクシャーナ朝を併合し,シル・ダリヤ地方まで勢力を拡大した。…

【ササン朝美術】より

…建築遺構は宮殿,神殿,城砦,橋梁(きようりよう),堰堤(えんてい)などで,数も少なく,保存状態も概して悪く,ほとんどが廃虚と化している。 宮殿の遺構は13ほど知られるが,最も初期のものとしてフィルザバードの,ササン朝初代の王アルダシール1世(在位224‐240)の宮殿址がある(図)。103m×55mの長方形プランで,南北の長軸を中心に左右対称形にレイアウトされている。…

【フィルザバード】より

…直径約2km。町は古くはグールGūrと呼ばれたが,ササン朝初代の王アルダシール1世がアルサケス朝のアルタバヌス5世を破った後に,パルティアの都市プランにならって建設し,〈アルダシール・フルラArdashīr‐khurra(アルダシールの栄光)〉と命名。その後10世紀にブワイ朝の支配者が現在の名称に改名した。…

※「アルダシール[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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