アルベルトゥスマグヌス

精選版 日本国語大辞典 「アルベルトゥスマグヌス」の意味・読み・例文・類語

アルベルトゥス‐マグヌス

(Albertus Magnus) ドイツのスコラ哲学者、神学者、自然科学者。新プラトン主義的思想にアリストテレス哲学を取り入れ、哲学と神学理性信仰領域区別トマス=アクィナスの師。(一二〇〇頃━一二八〇

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「アルベルトゥスマグヌス」の意味・読み・例文・類語

アルベルトゥス‐マグヌス(Albertus Magnus)

[1193ころ~1280]ドイツのスコラ学者・神学者・自然科学者。ドミニコ会修道士。アリストテレス学説を取り入れて、理性と信仰の領域を区別した。トマス=アクィナスの師。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「アルベルトゥスマグヌス」の意味・わかりやすい解説

アルベルトゥス・マグヌス
Albertus Magnus
生没年:1200ころ-80

スコラ神学者,自然研究家。南ドイツ,ラウインゲンで騎士の家に生まれ,パドバ大学在学中にドミニコ会に入り,ケルンその他の修道院で神学を学び,また教えて後,1245年パリ大学神学部教授。このころトマス・アクイナスがアルベルトゥスの弟子となる。48年ケルン大学の前身であるドミニコ会神学大学ストゥディウム・ゲネラーレ創設のためケルンに移る。この後レーゲンスブルク司教,および教皇庁所属の神学者として活躍した時期を除くと,主としてケルンを本拠著作,教育および仲裁・和解活動に従事。彼は当時の学問領域の全般にわたる学識のゆえに,〈全科博士doctor universalis〉と呼ばれ,存命中すでにアリストテレス,アビセンナイブン・シーナー),アベロエスイブン・ルシュド)と並ぶ権威ある著作家とみなされたが,その多方面な研究活動の中心はつねに神学であり,キリストの福音の宣教をめざしていた。彼は哲学,つまり経験世界についての包括的で根元的な研究が神学にとって不可欠であることを認識し,アリストテレスの全著作を,彼自身の解釈と創見を加えた形でラテン世界に紹介することでこの要求を満たした。その成果は彼の著作のほぼ半分をしめ,百科全書の観を呈している。また,自然現象動植物の観察に強い関心を示し,さまざまの魔術伝説が生まれたほどであるが,実際には彼の自然研究者としての功績は,当時優勢であった数学的方法による自然現象の説明に対抗して,固有の対象と方法をもつ自然学を確立したことである。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアルベルトゥスマグヌスの言及

【キリスト教文学】より

… 13世紀はキリスト教文芸復興として,多くの有名な神学者,論説家が輩出した。アルベルトゥス・マグヌス,その弟子であるトマス・アクイナス,フランシスコ会のR.ベーコンらはそのおもな者であるが,トマスには教皇ウルバヌス4世の命で聖体日のために作った数編のすぐれた賛歌や続唱があり,ことに《シオンよ,救主をたたえまつれ》は美しい詩である。しかし中世を通じ最大のラテン宗教詩は,トマーソ・ダ・チェラノTommaso da Celano(1190ころ‐1260ころ)の作とされる《怒りの日》で,最後の審判の日を歌い,今でも死者の葬送法会に常用される。…

【自然誌】より

…イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団(イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。この傾向はルネサンス時代にさらに進み,いわゆる〈地理上の発見〉によって珍しい動植物がヨーロッパにもたらされたうえ,印刷技術が進んだので各種の図譜が刊行され,ついに16世紀にゲスナーやアルドロバンディによって正確で網羅的な自然誌が出された。…

【スコラ学】より

…この時期,普遍(類と種)をめぐる論争(普遍論争)が盛んに行われた。 13世紀の盛期スコラ学の特徴は,学としての神学の成立であり,いいかえると,アルベルトゥス・マグヌス,トマス・アクイナス,ボナベントゥラなどにおける,信仰と理性との偉大な総合である。その背景にはパリ,オックスフォードなどの大学における活発な学問活動,アリストテレス哲学の導入,ドミニコ会,フランシスコ会を先端とする福音運動の推進などの積極的要因が見いだされる。…

【人相学】より

… 占星術を好んだ神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の寵を受けたM.スコットの《人相論》,三次方程式の解法で知られるG.カルダーノの《占星術的人相学》,教皇アレクサンデル6世に破門されて焚刑に処せられたG.サボナローラの伯父M.サボナローラが著した《人相学》など,いずれも占星術による人相学である。他方,11世紀のアラビア科学を代表するイブン・シーナーの《動物の諸本性》は,霊魂と動物の形態とを目的論的に説明して神の摂理を説き,これに触発されたアルベルトゥス・マグヌスは《動物について》の中で人相学を論じている。 そしてルネサンス期にはアリストテレスの作と信じられていた《人相学》が人文主義者たちに広く読まれて,動物類推の人相学も流行していった。…

【本草学】より

…P.ディオスコリデスの《薬物誌De materia medica》には約600種の植物とその用法が記され,1世紀に公にされてから長いあいだ植物薬学の基準となっていた。その後,13世紀のアルベルトゥス・マグヌスの《植物論De vegetabilibus》を除けばめぼしい業績はなかったが,16世紀に至ってディオスコリデスの追加訂正の形でブルンフェルスO.Brunfels,フックスL.Fuchs,クルシウスC.de Clusiusらの植物の図解が次々と世に出たほか,16世紀末にはA.チェザルピーノの《植物学De plantis libri》がまとめられた。コルドゥスV.CordusやボーアンG.Bauhinらが薬物学としての植物学を大成させていくのと並行して,17世紀末から18世紀初頭にかけて,レイJ.RayやトゥルヌフォールJ.P.de Tournefortが種や属の概念を確立し,18世紀のリンネによる近代植物学への基礎固めが始められることになる。…

※「アルベルトゥスマグヌス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android