アレクサンドル ソクーロフ(英語表記)Alexander Sokurov

現代外国人名録2016 の解説

アレクサンドル ソクーロフ
Alexander Sokurov

職業・肩書
映画監督

国籍
ロシア

生年月日
1951年6月14日

出生地
ソ連ロシア共和国イルクーツク(ロシア)

本名
ソクーロフ,アレクサンドル・ニコラエヴィチ〈Sokurov,Alexander Nikolayevich〉

学歴
ゴーリキー大学歴史学科〔1974年〕卒,モスクワ映画大学監督科〔1980年〕卒

勲章褒章
旭日小綬章(日本)〔2011年〕

受賞
モスクワ国際映画祭国際映画批評家連盟賞(第15回)〔1987年〕,ロカルノ国際映画祭銅賞〔1987年〕「孤独な声」,山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞〔1993年〕「ロシアン・エレジー」,オーバーハウゼン映画祭グランプリ〔1996年〕「オリエンタル・エレジー」,サンクトペテルブルク国際映画祭グランプリ〔2005年〕「太陽」,ベネチア国際映画祭金獅子賞(第68回)〔2011年〕「ファウスト

経歴
ゴーリキー大学時代からテレビ局で働き、ここでフィルムに触れる。モスクワ映画大学卒業制作として、内戦後の帰還兵苦悩を描いた「孤独な声」(1978年)が“革命前の哲学の影響が見られる”と大学に認められず、テレビ時代の作品を提出して卒業。タルコフスキー推薦を受け、レンフィルムに入所。「格下げされた男」、次いで音楽家ドミトリー・ショスタコーヴィチを描いた「ヴィオラソナタ」(’81年)を制作するが、何れも公開禁止となる。続いてバーナード・ショウの戯曲に取り組むがこれも中止される。’87年ペレストロイカにより「孤独な声」が公開され、’88年にはモスクワテレビで「ソクーロフ特集」が放映される。’89年エリツィンの日常を撮った「ソビエト・エレジー」を発表。以後、10人以上のアーティストと共に結成したNorth Foundationを母体に活動。’99年作家・島尾敏雄の妻・ミホを奄美大島などで撮った「ドルチェ、優しく」を発表。2005年昭和天皇の終戦前後の苦悩を描いた「太陽」でサンクトペテルブルク国際映画祭グランプリを獲得。2011年には「ファウスト」でベネチア国際映画祭金獅子賞受賞。他の作品に「マリア」(短編ドキュメンタリー,1975〜88年)、「日陽はしづかに発酵し…」(’88年)、「セカンド・サークル」(’90年)、「ストーン/クリミア亡霊」(’92年)、「ロシアン・エレジー」(’92年)、「静かなる一頁」(’93年)、「精神の声」「オリエンタル・エレジー」(’95年)、「穏やかな生活」(’96年)、「マザー、サン」(’97年)、「モレク神」(’99年)、「牡牛座 レーニン肖像」(2001年)、「エルミタージュ幻想」(2002年)、「ファザー、サン」(2003年)、「ロストロポーヴィッチ 人生の祭典」(2006年)、「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(2007年)など。タルコフスキーの正統的後継者と目されている。1992年、’94年来日。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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