アンボイナ事件(読み)あんぼいなじけん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アンボイナ事件」の意味・わかりやすい解説

アンボイナ事件
あんぼいなじけん

インドネシア東部のアンボイナAmboina島(アンボン島)で起きた、イギリスオランダの衝突事件。17世紀初頭、オランダ、イギリス両東インド会社はアンボイナ島に商館を設立して、香料貿易で激しく競争していた。1623年2月11日夜、イギリス人に雇われていた七蔵という日本人傭兵(ようへい)が、たまたまオランダ要塞(ようさい)の衛兵と雑談していたことから嫌疑を受け、11名の日本人が捕らえられ、拷問を受けて、日本人が要塞奪取の陰謀を企てているということを自白させられた。オランダは、これをイギリス人との共謀によるものとし、イギリス商館長以下商館員などを捕らえた。そして拷問の結果得た「自白」をもとに日本人9名、イギリス人10名、ポルトガル人1名が処刑された。

 この事件の結果、イギリス東インド会社は日本、東南アジアから撤退し、インドに活動の場を求めることとなり、香料諸島モルッカ諸島)におけるオランダ東インド会社の優位が確立した。一方、この事件をめぐってイギリス、オランダ本国の間に論争が生じ、1654年にオランダはイギリスに賠償金を支払ったが、最終的な解決は1667年のブレダ条約によって初めてなされた。

生田 滋]

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旺文社世界史事典 三訂版 「アンボイナ事件」の解説

アンボイナ事件
アンボイナじけん
Amboina

1623年に起こった,オランダ人によるイギリス人虐殺事件
モルッカ諸島中の小島アンボイナ島に1605年,オランダ人はニューヴィクトリア城をつくって香辛料貿易を始めた。イギリス人も同島に商館を開設して競争が生じるなか,1623年日本人傭兵の挙動不審からオランダ側はイギリス人商館長以下10名,日本人傭兵9名を捕らえて拷問・虐殺し,イギリス勢力を駆逐した。この紛争は第2次英蘭戦争後のブレダ条約(1667)で解決したが,以後,イギリスは東インド諸島から手を引き,インド進出に専念した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「アンボイナ事件」の解説

アンボイナ事件(アンボイナじけん)
Amboina

アンボン事件ともいう。モルッカ諸島のアンボン島で1623年に発生したオランダとイギリスとの紛争事件。イギリス商館の日本人傭兵の様子に不審を抱いたオランダ商館長が,オランダ商館襲撃を企てたとみなし,イギリス商館長以下全員を処刑。この事件以降,イギリスは香辛料産地のインドネシア東部から撤退し,インド進出に専念した。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アンボイナ事件」の意味・わかりやすい解説

アンボイナ事件
アンボイナじけん
Amboina Massacre

1623年,アンボイナ (現アンボン ) 駐在オランダ守備隊がイギリス商館員を殺害した事件。イギリス人のインドネシアからの退去の端緒となった。

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