アース神族(読み)アースしんぞく(英語表記)Áss

改訂新版 世界大百科事典 「アース神族」の意味・わかりやすい解説

アース神族 (アースしんぞく)
Áss

北欧神話バン神族対立する,オーディンを主神とする一大神族。スノッリ・ストゥルルソンの《エッダ》の〈ギュルビたぶらかし〉によると,14の男神と後にふれる女神たちを含む。男神の中ではオーディンとトールがとくに活躍するが,そのほかにバルドルニョルズNjörðr(風,海,火,豊饒の神),フレイFreyr(豊饒と平和の神),チュールTýr(戦士の神),ブラギBragi(雄弁と詩の神),ヘイムダル,ホズ(盲目の神。ヤドリギでバルドルを射る),バーリ(ホズを討つ),ビーザル(怪狼を倒しオーディンの仇を討つ),ウルUllr(名射手),フォルセティ(和解の神),ロキ。これらのうちニョルズとフレイ,それに後でふれる女神フレイヤはもとはバン神族に属していたのだが,アース神の仲間にかぞえられる。ロキは巨人族の出身であるが,オーディンと血を混ぜて義兄弟となり,アース神族の一員となった。世界の終末にロキは巨人族のところにもどる。ニョルズもそのときバン神族のもとに帰ることになる。

 アース女神も多数かぞえられる。フリッグFrigg(オーディンの妻),フレイヤ,イズンIðunn(ブラギの妻。若返りのリンゴの管理者),シブ(トールの妻。黄金の髪をもつ)のほかは神話でほとんど目だった活躍を見せないが,スノッリ・ストゥルルソンにしたがってその名と役割をあげてみる。サーガ(巫女。フリッグと同一視する説もある),エイル(医師),ゲビウン(乙女の神),フッラ(フリッグの侍女),ショブン(恋愛の神),ロブン(縁結びの神),バール(男女の誓いの神),ベル(せんさく好きの神),シュン(扉の番人。訴訟の折の異議申立人),フリーン(後見人),スノトラ(礼儀作法の神),グナー(フリッグの侍女),ソール(太陽),ビル(時,瞬間),ヨルズ(トールの母。大地)など。

 アース神族は,世界の真ん中にあるアースガルズに住む。ここにオーディンはバルハラの宮殿をかまえ,ほかの神々もそれぞれ住居をもっている。神々はイザベルに会し,祭壇と神殿を高々と建て,鍛冶場を築き,金を鍛え,やっとこその他の道具をこしらえる。中庭では将棋にうち興じ楽しく時をすごす。また裁きの庭につどい協議をこらす。イズンの管理で若返りのリンゴを食べることにより年をとらない。バン神族との抗争,和睦,人質の交換については〈バン神族〉の項を参照されたい。アース神の世界はいつも平穏というわけではなく,しばしば巨人族の脅威にさらされる。そのたびにロキの狡猾な計略やトールの豪勇によって苦難を脱することができる。アース神たちにとってもっともいたましい事件は,オーディンとフリッグの最愛の息子バルドルの死であった。だが,さらに恐るべき世界の終末(ラグナレク)が,かずかずの不吉な前兆の後に神々の世界にも迫ってくる。これにそなえてオーディンはバルキューレValkyrjaを戦場に派遣し,勇敢な死をとげた勇士たちをバルハラ宮殿に召し集め,日ごろから武事を鍛錬させる。しかし来襲する巨人族との最後の凄絶な決戦で神々は死力をつくして戦うが,ついに全世界ともども滅びる。

 スノッリ・ストゥルルソンは《ユングリンガサガ》でアースássの名を,民間語源説的にドン川の東のアシーアの地と結びつけている。しかしこの語アースは原ノルド語ansurにさかのぼると考えられ,ゲルマン諸語のあいだに知られる。ルーン文字はアースの名をもち神名をあらわすが,クーンによれば古英語のルーン文字名ósはオーディンに結びつくという。6世紀のゴート人史家ヨルダーネスはその《ゴート民族史》の中でゴート人はアンシスansisと呼ばれる半神を崇拝していたと伝えている。アースは次の人名にも使用されている。Ásmóðr(古ノルド語),Ansmund(ドイツ語),Osmund(古英語),Æsmund(デンマーク,スウェーデン語),Åsmund(ノルウェー語)。ヤン・デ・フリースJan de Vriersにしたがえばこの語は古代インド語asu-(アベスター語añhus)と結びつき,〈息〉あるいは〈生命力〉をあらわすだけでなく,〈生存中の無意識状態および死後の肉体をはなれた魂〉をも意味する。そうすると死者の魂をあらわすのにふさわしい語となり,前述のゴート語ansis(半神)の支えとなり,この語は超自然的な摩訶不思議な力の担い手として畏怖される存在になる。古代インドの1対の神ミトラ/バルナにその表現がよく用いられ,しかもこれらの神とボーダン(オーディン)との密接な関係が認められるところから,ヤン・デ・フリースはオーディンとアース神の関係が生ずるとしている。比較神話の立場から北欧神話をインド・ヨーロッパ語族の神話の中に位置づけ,主権,戦闘,富の生産の3機能説を唱えるデュメジルは,アース神族とバン神族の対立と共存の問題を宗教戦争や政治的な征服戦争の反映とする説をしりぞけ,相互補完的な役割分担を意味するとし,オーディンは主権,祭祀,魔術などをつかさどる第1機能,トールは戦闘,暴力などをつかさどる第2機能,バン神族は豊饒と平和などをつかさどる第3機能をうけもつ神だとする3機能体系説を唱えている。
北欧神話
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百科事典マイペディア 「アース神族」の意味・わかりやすい解説

アース神族【アースしんぞく】

オーディンを主神とする北欧神話の神々の集団。世界の中心アースガルズに住み,バン神族に対立する。オーディン,トール,バルドル,ヘイムダルロキなどが代表的な神。ニョルズフレイフレイヤらも同神族に数えられる。

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世界大百科事典(旧版)内のアース神族の言及

【バン神族】より

…北欧神話でアース神族に対立する神族。豊饒,富,幸福をつかさどる神々で,ニョルズNjörðr,その子フレイFreyr,フレイヤなどがこの神族に属する。…

※「アース神族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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