イスラエル・トルコ軍事協定(読み)いすらえるとるこぐんじきょうてい(英語表記)Israel-Turkey Military Training Cooperation Agreement

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イスラエル・トルコ軍事協定
いすらえるとるこぐんじきょうてい
Israel-Turkey Military Training Cooperation Agreement

1996年2月に結ばれた軍事協定で、軍事訓練での相互協力を柱とする。同年8月には軍事協定を補完する「軍事産業協力協定」が締結された。
 軍事協定により両国空軍は相手国内で軍事訓練を行うようになり、1998年1月には、地中海でアメリカ、イスラエル、トルコの海軍が共同訓練を実施した。この海上訓練にはイスラエルと和平条約を結んだヨルダンがオブザーバーとして招かれた。また、軍備の近代化と国内軍事産業の育成に力を入れるトルコに対し、イスラエルからの技術移転を伴う武器の売り込みが盛んになった。
 当時、領土、水問題、クルド問題などでトルコとも対立関係にあったシリアは、この軍事協定がシリアを仮想敵国にしたものであるとして強く反発した。
 そもそもレコンキスタによってスペインを追放されたユダヤ教徒をオスマン帝国が迎え入れた歴史に始まり、イスラエルとトルコ両国の国民感情には友好の土壌がある。また、共産主義の脅威やアラブ民族主義が席巻(せっけん)した1950~1960年代にかけて、中東地域の非アラブ国家として、両国は軍事的に緊密な関係にあった。しかし、その後、トルコのキプロスへの軍事介入、イスラエルによるレバノン侵攻、オイル・ショックなど、両国を含む中東地域の情勢によって政治的な関係が冷え込んだ。両国の関係が一気に改善、緊密化に向かったのは、1990年代に入って中東和平の機運が高まり、トルコにとってもイスラム諸国への気がねが不要になったことによる。
 イスラエル・トルコ軍事協定が調印された直後、イスラエルでネタニヤフ政権が誕生して中東和平に暗雲が立ちこめるようになったが、両国は軍事協定が第三国を想定したものではないとしてアラブ諸国の理解を求めた。
 しかし、2001年からのシャロン政権下でパレスチナ問題が混沌とし、イスラエルによるパレスチナ自治区への攻撃で多数の死傷者が出る事態が繰り返されるにつれ、トルコはイスラエルへの批判を強めた。両国関係は、2010年5月、トルコからパレスチナ自治区のガザに救援物資を運ぼうとした支援船団がイスラエル軍によって強襲され、9人の死者が出た事件でさらに悪化した。イスラエルからの謝罪と補償を求めるトルコに対し、イスラエルは同国軍の対応は合法的だったとして譲らず、翌2011年9月、トルコはイスラエル大使を追放すると同時に軍事協定を停止すると発表した。
 2012年秋ごろから関係改善を模索する両国の水面下の動きが伝えられるようになり、2013年3月、イスラエルを訪問したアメリカのオバマ大統領の強い働きかけで、ネタニヤフ首相がトルコのエルドアン首相と電話会談し、トルコ国民への謝罪を伝えた。トルコは謝罪を受け入れ、補償に関する協議を始めることになった。[勝又郁子]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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