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イブラーヒーム・パシャ Ibrāhīm Pasha

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世界大百科事典 第2版の解説

イブラーヒーム・パシャ【Ibrāhīm Pasha】

1789‐1848
ムハンマド・アリー朝の第2代エジプト総督(ワーリー)。ムハンマド・アリーの長子。養子とも言われる。上エジプト地方での旧支配階層マムルーク勢力の掃討,対ワッハーブ派戦役,ギリシア解放戦争に出兵,第1次,第2次シリア戦争に司令官として従軍,数々の戦果を挙げる。シリア領有をめぐって東方問題が激化したときには,最前線にあって難局にあたる。1840年のロンドン条約締結によって帰国。48年には第2代エジプト総督となるが,就任直後に病没した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のイブラーヒーム・パシャの言及

【ギリシア解放戦争】より

…蜂起軍の主体は農民だったが,23年から指導部内にコロコトロニスと新興地主層(コジャバシ),コジャバシと船団所有者の間に対立が生じた。さらに25年スルタンのマフムト2世がエジプトのムハンマド・アリーに援軍を要請し,その子イブラーヒーム・パシャの軍隊がモレア半島を攻略するに及んで蜂起軍は苦境に立たされた。イブラーヒーム軍はついでギリシア人が英雄的な抵抗を示したミソロンギを攻略して全滅させ(1826年4月),アテネも占領した。…

※「イブラーヒーム・パシャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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