日本大百科全書(ニッポニカ) 「イブン・ハズム」の意味・わかりやすい解説
イブン・ハズム
いぶんはずむ
‘Alī ibn azm
(994―1064)
中世スペインのアラビア語著述家、神学者。コルドバでウマイヤ朝高官を父として生まれた。ウマイヤ朝が衰退し、父が没するとともに迫害を受け、1013年にはコルドバを離れてアルメリアへ移った。ここでウマイヤ派とみなされて投獄、追放されてバレンシアへ行った。ここでまたも投獄され、1019年にコルドバに戻り、1023~1024年にアブドゥル・ラフマーン5世‘Abd al-Ramān Ⅴ(在位1023~1024)のもとで7週間大臣となったが、このカリフ(最高指導者)が暗殺されるとまた投獄され、次にハティバへ行き、ここで『鳩(はと)の頸(くび)飾り』を書いた。こののちは、イスラム正統派からは異端視されていたザーヒル派の立場から激しい神学的論争を行い、各地で禁圧を受けてマジョルカ島へ難を避け、疲れ果てて最後にバダホス近くのカサ・モンティハの家族のもとで没した。著作は400もあったといわれるが多くは散逸し、10種ほど残っている。なかでも『アル・ミラル・ワン・ニハル』(諸宗派の書)はイスラム思想史上重要であるが、文学的には『鳩の頸飾り』のほうがよく知られている。これは恋愛および恋する人についての諸例を30章に分けて書いたもので、スタンダールやモーロアの『恋愛論』の先駆をなす、と評されている。
[矢島文夫 2018年4月18日]
『黒田寿郎訳『鳩の頸飾り』(1978・岩波書店)』